第26話 またの名を「女神のおっぱいで窒息死しかけた漢」
――かつて、彼がまだ一人のLAOプレイヤーだった頃。
アルティリアの友人の一人であるクロノは、彼の事をこのように評した。
「アルさんですか?すごく頼りになる人ですよ。普段の言動はちょっとアレですけど……レイド戦とかGVGの時に居ると安心できますね」
「よく水中特化のネタビルドとか言われてますし、本人もそう言ってますけど……地上でも普通に廃人下位~準廃上位くらいのスペックはありますし、コンボ精度とかのPスキルもかなり高いです。ていうかメインの
「あと、度胸というか……精神力が凄いですね。うちのギルドはマスターが先頭に立って突撃するようなタイプなんで、集団戦だと後衛のアルさんが指揮をする事が多いんですけど、あの人ピンチの時とか想定外の事があった時でも、すぐ切り換えて立て直してくるので。失敗しても『よし、じゃあ次の策でいくぞ』って感じで。そういう所は頼りがいがありますね」
「あー……でもあの人、たまに信じられないようなミスする事が割とよくあるっていうか……。いや、戦闘とか作戦面では大丈夫なんですけどね?そういうのとは関係ない部分で物凄くドジというか、抜けてる部分があって……そこがちょっと心配ですかね……」
*
拘束され、身動きを封じられた地獄の道化師は、それでもなお不敵な笑みを浮かべていた。その笑いがいつまで続くか楽しみである。
「一体どんな手を使ったのか見当もつきませんが……いやはやお見事。どうやらワタクシの負けのようですね」
そう言いながら、地獄の道化師は油断なく魔法を唱えようとしていた。無詠唱だが、魔力の流れをよく観察すれば、奴が魔法を使おうとしているのは見え見えだ。使おうとしているのは
「……何をした?」
「答える必要はない……が、お前の魔法は封じさせて貰った。ついでに気付いていないようだが、足も動かせないようにしておいたぞ」
「ぬっ!?こ、これは……!」
今更ながらに足が動かない事に気付いたようで、自身の動かない足に視線を送りながら、驚愕の表情を浮かべる。
「……成る程、これは詰みというやつですか。無念ですが仕方がありませんな。煮るなり焼くなり、好きになさるがいいでしょう」
観念したように殊勝な台詞を吐く地獄の道化師だったが、奴が自身のコピーを生み出す増殖能力を持つ事は既に割れている。ここで奴を殺したところで、また次の奴が出てくるだけだろう。よって……
「地獄の道化師。私はお前に対して、三つの罰を与えた」
そう宣言しながら、俺は『
ちなみにこの水球、サイズは小さいが、中には圧縮された大量の水が詰まっている。
「一つ目の罰は、魔法の使用を禁じるものだ。次に二つ目の罰だが、これは足の動きを封じるもの。これらは既に味わっただろう」
生み出した水球を手元で弄びながら、俺は続ける。
「そして最後の罰だが……それは痛覚を剥き出しにして、受ける痛みを数十倍に引き上げるというものだ」
俺の言葉を聞いて目を見開く地獄の道化師。俺はその頭上に水球を放ち、弾けさせた。それによって地獄の道化師が、頭から全身に大量の水を浴びる。
「つまり……ただの水を浴びただけでも、全身に激痛が走る!」
「ぐ……ぎゃああああああああああっ!!」
想像を絶する激痛に、地獄の道化師がもんどりうって倒れ、地面を転がる。
「なんという恐ろしい罰……これが神に刃向かった者への報いか……!」
「だが、良い気味だぜ。散々好き勝手しやがったからな、あの野郎!」
その哀れな姿を見て、人間達が口々に感想を述べた。
「どうせお前は殺したとしても、別のお前に記憶を引き継ぐのだろう?ならば精々、苦しんだ記憶を持ち帰って貰おうか」
楽に死ねると思うなよ。地面に倒れる地獄の道化師を見下ろしながら冷たくそう言うと、奴は恐怖に歪んだ顔でこちらを見上げた。
「ま、待ってください……!どうかお慈悲を!せめて一思いにトドメを!」
地獄の道化師は一切躊躇する事なく土下座をして、そう懇願した。いっそ清々しいくらいの、哀れみを誘う三下っぷりだ。
「……良いでしょう。そこまで言うなら私は赦そう」
俺がその言葉を与えると、奴は思わず驚きと喜びが入り混じった表情で顔を上げた。
周りの人間達も、俺が奴を赦した事に対して驚いた顔をこちらに向けている。俺は彼らに視線を送った後に、地獄の道化師に向かって言った。
「だが
地獄の道化師の表情が絶望へと変わる。
忘れたのだろうか。彼の周りには、奴への敵意を漲らせた人間達が大勢いるという事を。
「住民の皆様はお退がりください。ここは我々軍人にお任せを」
「いやいや、兵士さん達は引き続き、住民の皆さんの警護をお願いします。魔物退治は俺達、冒険者の専門分野ですから」
「いえ……ここは私達、神官団が引き受けましょう。これほどの邪悪な魔物を相手にするには、我々が使う神聖魔法が一番でしょう」
「おっと待ちねえ。確かに俺達ゃ何の力も無い市民だが、ここまで嘗めた真似をされちゃあ、俺達だって黙ってられねえぜ」
兵士、冒険者、神官、そして住民達……彼らの思いは一つだった。
そんな殺気立つ連中の前に、一組の男女が立った。
「待ちな……!最初は俺がやる。これは譲れん……!おい貴様ぁ、よくもうちの自慢の息子に、ふざけた事をしてくれたなぁ……!」
「ちょいとお待ちよ、お前さん。……アタシが殴る場所も、ちゃんと残しておくれよ……!」
彼らは人質に取られていた少年、ハンスの両親だった。その怒りは、この場の誰よりも強く、激しいものだった。
……それを一身に受ける地獄の道化師の末路は……まあ、俺がわざわざ語るまでもないだろう。
おっと、そういえば。奴に人質にされていたハンス少年の事を忘れていた。
時間停止中に地獄の道化師から奪い取って、そのまま抱きかかえたままだったのを今思い出した。
「ハンス、もう大丈夫ですよ。立てますか?」
声をかけながら目線を下に下げて、ハンスを見る。
返事が無い。そしてハンスが動かない。
おかしいとよく見てみるとハンスの頭部全体が、俺の双乳にがっちりとホールドされて、胸の谷間に埋もれていた。
「……あっ」
よくよく思い返せば俺は、ハンスを救出する際に抱きかかえて、落とさないようにしっかりと抱いていたのだが……どうやら彼の顔を思いっきり胸に押し付けた上に、爆乳で頭全体を両サイドから包み込んでいた。
……その結果どうなるかといえば、当然、息が出来なくなって……
「やばっ……」
俺は青ざめながら、すぐにハンスをおっぱいの束縛から解放した。
よほど息苦しかったのだろう。ハンスの顔は真っ赤に染まっていた。
そして……ハンスは、呼吸をしていなかった。
「ハンスぅぅぅぅぅ!目を開けろぉぉぉぉ!」
その後、どうやらハンスは気を失っていただけで死んではいなかったので、回復魔法による治療で何とか息を吹き返す事が出来た。
*
ハンス=ヴェルナー。
ローランド王国の港町、グランディーノにてヴェルナー家の長男として生を受ける。
幼少期に魔物の襲撃に遭遇し、A級魔物『地獄の道化師』に人質に取られるも、女神アルティリアによって救出された。
それが契機となったのか、当時よりかの女神や、彼女に仕える海神騎士団の面子とも親交があったようだ。
長じては海神騎士団の一員となり、すぐに頭角を現す。
後に海神騎士団6番隊の隊長に抜擢され、魔神将の軍団との戦いでも活躍した。
彼の有名なエピソードといえば、上記の幼少期に人質にされた出来事だ。
幼い少年が邪悪な魔物に捕えられ、恐怖しなかった筈がない。しかし彼は自身の命よりも家族や隣人、そして女神アルティリアの事を案じて、己の命を懸けて魔物に抵抗した。
成長してもその勇敢さは消える事なく、より一層その輝きを増していった。
常に先頭に立ち、どんな困難にも一歩も退かずに立ち向かう彼を、人はこう呼ぶ。
『
(ローランド英雄譚より抜粋)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます