第25話 時よ止まれ。世界よ、俺のほうが美しい
状況を整理しよう。
現実に戻った俺の視界内では、今も人間達と地獄の道化師が対峙している。
地獄の道化師は確かに強力な魔物だが、それはあくまで普通の人間にとってはの話だ。俺がこの場に居る以上、普通に戦えば敗北はありえない。
ただ厄介な点が二つある。一つは奴が増殖……自身のコピーを作り出す能力を持っており、そのため何度死んでも蘇ってくる上に、自分の命を使い捨てての自爆等の玉砕戦法を、躊躇なく実行してくるという事。
そしてもう一つは、この場に来ていたハンスという名の少年を人質に取っている事だ。これがある為に、俺は奴に手出しが出来ずにいた。
だが、それらの問題を解決する手段は既に入手してある。それが、先ほど精神世界で会った二人から受け取ったものだ。
それらを使って、これから奴を倒す。
「地獄の道化師よ」
俺がそう話しかけると、騒いでいた人間達が一斉に静まり返り、俺のほうに注目した。話しかけられた地獄の道化師も、こちらに視線を向ける。
「一応、最後に提案しておこうか。今すぐその子を解放して、大人しく帰るというなら見逃してやるが、どうする?」
「……ハッ。何を言うかと思えば」
俺の提案を、奴は鼻で笑い飛ばして、馬鹿にしたような目を向けてくる。
……まあ、きっとそうなるだろうとは思ったよ。
「状況を分かっていないので?それともまさか、この土壇場で突然、この状況をどうにかできる手段を思いついたとでも?」
「ああ、そうとも。私はここから人質を無事に救出し、その上でお前を完膚なきまでにぶちのめす、とっておきの策を思いついたぞ。どうだ、怖いか?恐ろしければ逃げても構わんと言っているのだ」
俺がそう言い放つと、地獄の道化師の顔が歪んだ。
「苦し紛れの下らんハッタリを。良いからさっさと邪魔な布きれを脱いで、無駄に育ったその下品なデカ乳を信者の前に晒せってんだよ、クソ女神が……!」
「何だと貴様ァ!許さんぞ!」
荒っぽい口調になって俺を罵る地獄の道化師。それに対してロイドがキレた。
「構いませんよロイド、好きに言わせておきなさい。所詮これから死ぬ愚か者の戯言です」
俺がそう窘めると、ロイドは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、頷いた。
「……はっ。確かに、このような輩の言う事など聞くに値しませんな。耳が汚れるし時間の無駄です」
俺達の言葉にいよいよ怒りが限界を超えたのか、地獄の道化師は右腕に力を込め、ハンスの細い首を掻き切ろうとする。
「ああ、もういい。だったら望み通り、まずはこのガキから殺してやるよ……」
あと一秒もしない間に、その鋭い爪がハンスの頸動脈を切り裂くだろう。それを止める手段は無い。仮に無詠唱で魔法を放ったとしても、それが届くより奴がハンスを殺すほうが早い。だから手出しが出来なかった。
……ただしそれは、少し前までの話だ。
「『
俺がその魔法を発動させると、一瞬にして周囲の全てが色を失い、まるで凍り付いたかのようにその動きを止めた。地獄の道化師の爪も、ハンスの首を掻き切る寸前で停止している。
精神世界において、俺がキングとネプチューンから受け取った力……それは、彼らが持つ技や魔法を行使できるというものだった。
今使った『
その効果は神の力で時間の流れに干渉し、絶対零度の冷気の魔力でその流れを強制的に停止させる……つまり早い話が、時間停止である。
動きを止めた世界で、俺だけが何にも縛られる事なく、自由に行動する事ができる。その効果で、まずはダッシュで地獄の道化師に近付き、奴に捕まっているハンスの体を抱き上げ、救出する。1秒経過。
無事にハンスを救出できたところで、次は地獄の道化師への対処だ。
人質が居なくなったところで
そもそもの話、どうせこいつは
こいつは以前、俺と戦った時の事を覚えていた……という事は、本体とコピー、あるいはコピー同士で記憶の共有が出来ているという事に他ならない。
それは、本来ならば利点なのだろう。なにしろ倒してもこちらの情報を持ち帰られ、いくら殺しても湧いて出てくるというのだから厄介極まりない。
だが、そこを逆手に取って、二度とこちらに手出ししたくないと思うくらいに痛い目を見せてやり、精神をズタボロにしてやるのが俺の狙いである。
「まずは……『封魔穿孔』!」
俺は人差し指を、地獄の道化師の側頭部にある経穴(ツボ)の一つに突き入れた。
これはキングが使う技の一つで、HPではなく相手のMPに大ダメージを与えつつ、更に一定時間、魔法の発動を封じるという魔法使い殺しの必殺技だ。
リーチが短く、発動もあまり速くないのでタイマンではそうそう当たるものではないとはいえ、俺のような魔法系ビルドのキャラが食らったら最後、魔法を封じられて一方的にボコられる未来が見える、恐るべき技である。キングとPVPをする際には最も警戒すべき技の一つだった。
ちなみにキングのメイン
本来、奴の種族である小人族は
さて、これで2秒が経過した。今の俺では、時間を止められるのはあと1~2秒が限界だろう。
「魔法を封じたところで……次はこれだ!『封足撃』!」
続けて、俺は地獄の道化師の両腿へと、左右それぞれの手で突きを放った。足を痺れさせ、移動や足を使う技の発動を封じる経穴を突いたのだ。
「ラストォ!『惨痛穿孔』!」
最後に、胸の中心に向かって突きを放つ。
その効果は、痛覚を鋭敏にさせることで、一定時間の間、受けるダメージを倍加させるというものだ。
これでやるべき事は全てやった。
俺は救出したハンスを抱きかかえたまま、『時空凍結』を発動した際に元々立っていた場所に戻り……
「時空凍結、解凍」
そして時は動き出す。
世界に色が戻り、停止していた俺以外の者達が一斉に、再び動きだした。
「……えっ?」
最初にそれに気が付いたのは、地獄の道化師だった。
当たり前だろう。何しろ抱えていて、今から殺そうとしていた人質が、忽然とその姿を消していたのだから。
そして、その人質が俺に抱きかかえられているのを見て、地獄の道化師は呆気に取られた顔をしていた。
続いて、他の者達もそれに気が付いて、その視線が俺へと向けられる。彼らもまた、信じられないという表情で俺を見ていた。
「見ての通り、人質は救出させてもらったよ。さて……私の大脱出マジックは如何だったかな?」
俺は地獄の道化師を挑発するように、得意げに笑ってそう言った。
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