第24話 なんてゲスな野郎だ。レーティングを上げる気か

 この場に集まった者達は皆、空中にいきなり現れて、大袈裟な動きをしながらハイテンションな口調でペラペラとやかましく喋る、派手な恰好をした道化師を見て、何事かと目を白黒させていた。


「アルティリア様……何者ですか、あの怪しげな男は」


「魔神将の手下らしいですよ。あんな見た目と口調ですが、強さ自体は本物です。油断しないように」


 俺はともかく、ロイドや他の連中にとっては相当格上の相手だ。気を付けるように声をかけておく。

 俺の言葉に彼らが警戒を強めると同時に、ドラゴンが地獄の道化師を見上げながら不機嫌そうな唸り声を上げた。前回けしかけて来た時と同じく、今回もこいつに狂化をかけたのは奴の仕業なのだろう。


「それにしても貴様、よく生きていたな。氷漬けにして海に沈めてやった筈だが」


「フッフッフ……道化師として、脱出マジックくらいはお手の物ですとも。とはいえ痛い目に遭わされたのも事実。折角ですので貴女様に復讐するチャンスを伺っていたところ、紅蓮の騎士めが襲撃計画を立てていたので、便乗してそこの飛竜ドラゴンをけしかけてみたのですよ」


 そう言って、地獄の道化師はドラゴンに目を向けた。その視線は冷たい。


「ところがこの駄竜と来たら、まさか一人も殺せずに降伏するとは……なんと情けない。仕方がないのでワタクシが自ら出張ってきたと、こういった次第であります」


 勝手に洗脳しておいて勝手な事を、とでも言いたそうにドラゴンが不機嫌そうに吼えるが、地獄の道化師はそれに対して、うるさそうに侮蔑的な視線を向ける。


「アテが外れて残念だったな。張り切って出てきたのは良いが、わざわざ負けに来たのか?この私がここに居る以上、お前に勝ち目は無いぞ」


 俺の挑発に、地獄の道化師はニタリと歪んだ笑みを浮かべると、


「では、試してみましょうか?」


 そう言って、その姿を消した。無詠唱での短距離転移ショートテレポートを発動させたのは明らかだ。

 一瞬の後に、地獄の道化師が別の場所にその姿を現す。奴が転移した先は俺……ではなく、ロイドの背後だった。

 地獄の道化師が右手を伸ばし、長く鋭い爪をロイドの首筋に向かって突き出す。しかしその不意討ちは、


「悪いが読み通りだ」


 事前にそれを察知していた俺が放っていた流水の刃アクア・カッターが、地獄の道化師の肘から先を切り飛ばした事で未遂に終わる。

 この卑劣漢の事だ。どうせ俺ではなく、誰か別の奴を狙おうとするだろうと思っていたがドンピシャだった。


「ロイド、やりなさい!」


「はっ!」


 俺が放った流水の刃によって負傷し、一瞬動きが止まった地獄の道化師に対し、振り向きざまに抜刀したロイドが斬撃を放つ。


「ちぃッ!」


 残った左手を使い、地獄の道化師はそれを咄嗟に受け止める。魔力を纏っているとはいえ、素手で刀を受け止めるとはなかなかの頑丈さだ。しかし流石に無傷でとはいかなかったようで、僅かな切り傷を受けると共に後退を余儀なくされる。


「くっ、浅かったか!」


 被害を最低限に留め、受け流された事に歯噛みするロイドだったが、


「いいえ、よくやりました」


 後退した地獄の道化師に向かって、俺が一気に踏み込んで槍を突き出す。俺の槍、海神の三叉槍が、地獄の道化師の胴体を深々と貫いた。致命傷である。

 俺は槍で貫いた奴の体を持ち上げ、そのまま放り投げようとするが……その時、まだ息があった地獄の道化師が、左手で自身の体を貫いている槍を掴んだ。

 貫かれた胸と口から血を流しながら、地獄の道化師がしてやったりといった風に嘲笑を浮かべる。


 それを見て、強烈に嫌な予感が膨れ上がった。

 何かヤバい。絶対に何かやらかして来るという、予感というより確信に近いそれに突き動かされ、対応しようとした瞬間に、


「『自爆セルフ・ボム』」


 地獄の道化師が魔法を唱えた。

 自爆セルフ・ボム……文字通り、自身の生命力と魔力を全て犠牲にして、大爆発を引き起こす禁じ手である。

 自身の命を対価にするという重過ぎるデメリットと、それに見合った強力無比な威力と絶大な効果範囲を持つ極悪な魔法だ。


「『短距離転移ショートテレポート』ぉぉッ!!」


 俺は咄嗟に、槍で貫いた地獄の道化師ごと、短距離転移で上空へと瞬間移動した。

 あの場で自爆などされたら、至近距離に居る俺は勿論、他の人間達まで自爆に巻き込まれて確実に死んでいた。

 それを防ぐ為にはこのように、地獄の道化師ごと範囲外に転移テレポートする以外に無かった。これで他の者が自爆に巻き込まれる事は防げるが、


「があああああっ!」


 それは同時に、俺自身はヤツの自爆を回避する手段を失うという事だ。

 咄嗟に魔力で体を覆って防御をするが、それでもかなりのダメージを食らってしまった。

 至近距離で自爆の直撃を食らった挙句に、そのまま高所から無防備に落下して地面に叩きつけられた俺の全身に、激痛が走る。頭がクラクラして、耳鳴りも酷い。おまけに服もボロボロだ。


「ぐぬぬ……『上位治癒グレーター・ヒール』、『自然回復力向上リジェネレイト』……!」


 流石の俺でも放置するとヤバいレベルのダメージを受けた為、即座に回復魔法を使って傷を癒す。それで負った傷はほぼ完璧に治療できた。

 しかし、この世界に来てから初めてまともにダメージを受けた事や、一歩間違えば他の連中ごと死んでいた事もあって、精神的なダメージもかなりの物だ。


「アルティリア様ああああああ!」


 俺が敵の自爆に巻き込まれた事で、心配したロイド達が慌てて駆け寄ってくる。兵士や一般人も同様にだ。


 ……これは、かなりまずい状況だ。

 皆が冷静さを失っている上に、何よりあのクソ野郎が後先考えずに自爆なんて真似をするだろうか?


「全員、止まりなさい!警戒を解いてはいけません!」


 俺の言葉に真っ先に反応し、刀の柄に手をかけたのはロイドだった。続いて冒険者や兵士達も、すぐに警戒態勢を取る。しかし……


「冷静で的確な判断、流石でございます。しかし一手遅かったですねェ」


 その時既に、俺の視線の先には、地獄の道化師の姿があった。

 『自爆』を使ったにもかかわらず五体満足で生きており、その体には先程の戦いで負った傷も見当たらない。

 しかも、その腕の中には一人の少年が捕らえられていた。

 奴の声に反応し、それを見た兵士や住民の顔に驚きや恐怖が浮かぶ。


「なっ……貴様、いつの間に!?」


「ハンス!おのれ……息子を離せ!」


 捕らえられている少年の父親らしき男が、そちらに手を伸ばしながら駆けだそうとするが……地獄の道化師が、鋭い刃物のような爪を少年の首筋に当て、そこから血が僅かに流れ出た事で、その足が止まる。


「おぉっと、動かないで。そんなに大勢に詰め寄られては、ワタクシ恐怖のあまり、うっかり手が滑ってしまうかもしれません」


 言葉とは裏腹にニヤニヤと笑いながらそうのたまう地獄の道化師だが、その目は全く笑っていない。それどころか油断なく、俺を観察している。

 ……クソが。何とか隙を突いてあの少年を助けたいところだが、残念ながらその隙が見つからない。ならば何とか作るしかないかと、俺は口を開いた。


「派手な演出で目を奪って、その間に仕掛けを発動させたか。チンケな手品だが、なかなかどうして上手くやった物だな」


「お褒めにあずかり恐悦至極。お楽しみいただけましたかな?」


「そうだな。ついでにお前の手品のタネがわかったぞ。分身……あるいは増殖。恐らくは後者だ。それがお前の能力だろう」


 氷漬けにして海底に沈めてやったのに、何事もなかったかのように再び出現し。

 一度、手も足も出ずに惨敗したのにもかかわらず、無警戒に姿を見せ。

 そして自爆を使って死んだ筈が、直後に五体満足のまま再び活動した。

 違和感しか感じないそれらの不可解な状況は、その能力で説明がつく。


「過去に倒したお前も、先ほど自爆したお前も、そして今こうして話しているお前も、本物ではないコピーだ。そうだろう?」


「さて、どうでしょうか……ちなみに、そう考えた根拠をお聞きしても?」


 根拠だと?簡単な事だよワトソン君。


「根拠も何も、お前はそういう奴だからに決まっている。安全な場所から他人を見下し、支配する事しか考えていないゲス野郎。お前のような奴に、1%でも負ける可能性がある相手の前に出てくる勇気などあるものか」


 以上の理由で目の前にいるコイツは増殖能力で作ったコピーである。証明終了。

 俺の答えを聞いた地獄の道化師のニヤケ面が、僅かに引き攣るのを俺は見逃さなかった。


「どうした、手品の種が割られて頭に来たか? 笑えよ道化師」


 俺がそう言って嘲笑すると、地獄の道化師の顔から一切の表情が消えた。目も死んだ魚のように光を失っており、一切の感情が読み取れない。


「……もういいでしょう。武器を捨てなさい。僅かでも抵抗する素振りを見せれば、すぐにこの子供を殺します」


 その口調も、ハイテンションで狂ったようなものから一転して機械的だ。


 ……しまった。こいつ怒ると逆に冷静になるタイプだったか。怒らせて隙を作るつもりだったが、こうなると余計にやりにくくなった。

 やむなく、俺は手にしていた海神の三叉槍を後方に放り投げた。


「武器は捨てた。すぐにその子を解放しなさい」


「まだです。その水で出来た羽衣もです。ああ、ついでにその服も脱いでいただきましょうか」


 このゲス野郎が……

 俺は言われるままに水精霊王の羽衣を脱ぎ捨て、奴の自爆を食らってボロボロになったワンピースを破り捨てた。

 身に着けているのは白いビキニの水着と靴、それから幾つかのアクセサリのみといった格好だ。

 あられもない恰好になった俺を見て、周りの者達が痛ましそうに目を伏せる。


「これで満足か?それともこれも脱げと?」


 そう言って俺が、水着のブラの紐を軽く摘むと……


「それはいい。是非とも脱いでいただきましょうか」


 地獄の道化師は、一切躊躇する事なく肯定した。

 うわ、マジかよコイツ。想像を上回るゲス野郎だったわ。

 おいやめろ馬鹿、ロストアルカディアシリーズは(一応)全年齢対象だぞ。このままだとこいつのせいでR-18待ったなしなんだが?


 ……しかし遺憾ながら、ここは要求に従うしかないか。

 あるいは俺の生おっぱいを見て、こいつが興奮して隙が出来る可能性もあるかもしれんし。

 俺は油断なく敵の様子を観察しながら、覚悟を決めてブラ紐の結び目に手をかけた時だった。


「野郎共ぉぉぉ!今すぐ目を塞げええええええ!」


 ロイドが目隠しをしながら、そう叫んだ。それに従って男共が一人残らず、己の視界を両手で覆う。

 ……うん、こいつらは良い奴らだ。同じ男でも目の前のカスとは違う。こいつらのおかげで、少し心が和んだ。


「ロイド、目を閉じる必要はありません。戦いの最中に敵から目を離すなど、戦士としてあってはならない事ですよ」


「しかしアルティリア様!」


「目の前の戦局に集中しなさいロイド。最も大切な事を見失わないように。今重要なのはあの子を無事に助け出し、次にあの男を叩き潰す事。それだけを考えなさい。それに比べたら肌を晒す事など些細な事です」


 ピンチの時こそ冷静に、そしてピンチの後にチャンス有り、だ。こういう時こそクールにならねば。

 まあ、俺も当然腸が煮えくり返るくらいに怒ってはいるが、ここは我慢だ。


「くっ……!」


 ロイドは苦々しい表情を浮かべながら俺から顔を逸らし、地獄の道化師を睨みつける。

 それを横目で見つつ、俺はいつでも魔法を撃てるように準備をしながら、意を決して水着を脱ごうとしたが、その時。


「女神様!僕に構わずこいつを倒してください!」


 そう叫んだのは、地獄の道化師に捕まっている少年だった。


「ハンス、何を言うんだ!早まるんじゃあない!」


「いいんだ父さん。これ以上、僕のために女神様や町の皆を危険な目に遭わせたくないんだ」


 父の制止に対して精一杯の笑顔を作って、少年はそう言い……その後、彼はまっすぐな瞳で俺の方を見て言った。


「女神様、どうかお願いします。僕はどうなってもいいから、父さんや母さん、グランディーノの町の皆の事を助けてください」


 まだ幼い少年だ。死への恐怖が無い筈がない。だと言うのにそれを必死に堪えながらそう訴える彼の、純粋でまっすぐな覚悟を前にして、俺は……


「私の名前はアルティリアだ。勇敢な少年よ、どうか君の名前を聞かせてはくれないか?」


「アルティリア様……僕の名前は、ハンス。ハンス=ヴェルナーです」


「よろしい。ハンス、君のその勇気を、私は誇りに思う。どうかいつまでも、それを忘れないでいてほしい」


 この身がどうなろうと絶対に、彼を助けなければならないと決意を新たにした。

 そう決意した瞬間……俺の視界が、急激に切り替わった。


 地獄の道化師や、奴に捕まっているハンス、ロイド達や住民の姿が全て消え去り、それどころか俺の立っている場所は、神殿のある丘ではなくなっていた。いや、そもそも陸ですらない。


 見渡す限り、どこまでも果てしなく広がる海。その水面上に、俺は立っていた。


「こ、これは一体……どういう事だ……!?」


「案ずるな。ここはお前の精神世界だ」


 突然の出来事に狼狽える俺の背中に、何者かの声がかけられた。思わずその声の方向へと振り向いた俺が見たのは、二人の男だった。


 一人は子供のような小さな、しかし鍛え抜かれた体の男。黒髪の小人族で、LAO時代の俺の友人、うみきんぐ。

 そしてもう一人は、身長は2メートル程で筋肉モリモリの、青い髪の大男だ。この男も、俺がLAOでよく会っていた相手だ。ただしこちらの大男はプレイヤーではなく……NPCノンプレイヤーキャラクターである。


「キング……それにネプチューン……!?」


 そのNPCの名は、ネプチューン。LAOでは海底の秘境に隠れ住んでいるユニークNPCであり、この世界における海を支配する大神グレーター・ゴッドだ。

 俺の使っている槍『海神の三叉槍トライデント・オブ・ネプチューン』や、超級魔法『海神の裁きジャッジメント・オブ・ネプチューン』は、彼の課す試練をクリアした事で授かった物であり、LAO時代は色々とお世話になった神様だ。


「アルティリア。新たに生まれし大海の女神よ。汝、奇跡を欲するか」


「アルティリア。重き宿命を背負いし我が友よ。汝、新たな力を望むか」


 威厳たっぷりの声で、ネプチューンとキングが俺に問いかける。

 俺はその問いに、はっきりと頷いた。


「ああ。あの勇敢な少年や、俺を信じてくれる連中の為に、俺はそれを望む!」


「「ならば受け取るがいい!!」」


 俺の答えを聞いた二人が右手を俺に向けると、そこから謎のオーラのようなものが俺の体に流れ込んでくる。


「ゆくがいい、新たな小さき神よ!汝の往く新たな航路に幸あれ!」


「俺はいつでもお前を見守っているぞ!さらばだ友よ!」


 二人はそう言い放って背を向け、その姿が遠くなり、やがて見えなくなっていった。それを見送っていると、やがてまた視界が切り替わり……

 俺は再び、現世へと戻ってきていた。

 どうやら今起きた出来事の間、時間の流れは止まっていたようで、何事も無かったかのように地獄の道化師と人間達が睨み合っている。


 先程まで見ていたのは白昼夢だったのかと錯覚しそうになるが、俺の中で新たに発現している力が、それを否定する。

 俺の覚悟に、神の力が応えて奇跡が起きたのか。それともあの二人が何かをしたのか。或いはその両方か。

 何にせよ、おかげで打開策と俺のやるべき事は見えた。


 ……しかしネプチューンに関しては、ここがLAOと同じ世界なら彼も存在しているという事で、干渉してきてもまあ、おかしくはないだろう。彼からすれば俺は海神としての後輩にあたるわけで、力を貸してくれるのもわからんでもない。

 だがキングはいったい何者なのか。あいつ、しれっと人の精神世界に干渉して新たな力を授けていきやがったんだけど。

 前々からキングNPC説とか、キング異世界人説が囁かれるくらいにはLAシリーズの世界について詳し過ぎる男ではあったが……ガチでこの世界の住人なのか?

 まあ聞いても多分、いつも通りに「キングだからだ!」って返ってきて有耶無耶にされるんだろうけど。

 ま、そこらへんの話は結論が出ないので一旦置いておくとして、何はともあれ反撃開始と行こうじゃないか。

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