第21話 見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ※

「決断する……というのは、とても大事な事だ」


 男が語る。

 こちらに背を向け、海を見つめながらそう語る彼の身長は130cmと、子供並に小さい。耳はエルフ程ではないが細長く、先が尖った形をしている。どちらも小人族という種族の特徴だ。

 その小さな体は無駄なく鍛え抜かれ、幼い顔には歴戦の古強者特有の貫禄が宿っている。

 彼の名はうみきんぐ。俺の友人の一人だ。俺達は親しみと敬意を込めて、彼をキングと呼んでいる。


「大なり小なり、俺達は生きていく上で、様々な決断をしていく。今日の夕飯は何を食べようかという小さな悩みから、かのデンマークの王子が言った『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』といった命題に至るまで。それら全てに対して俺達は決断し、答えを出さなければならない」


 随分と勿体ぶった言い回しをする。

 この男は時々このような大仰な、芝居がかった台詞を言う事があった。今回もそれだろうと、俺は当たりをつけた。


「しかし、より大切なのは、決断した後だと俺は考える」


「決断し、行動したならば、当然それよって結果が生じる。成功か、失敗か……結果がどちらに転ぼうとも、自身の決断とその結果を全て受け入れ、それを後悔しない事……その覚悟こそが、最も重要なのではないだろうか」


 俺は、自分の右隣に立つ黒髪の、鎧を着て白い槍を背負った少年、クロノに視線を向けた。彼は気まずそうに目を逸らした。

 次いで逆側の左隣に立つ赤髪の大男、バルバロッサに目をやると、そいつはニヤニヤと愉快そうに含み笑いを浮かべていた。

 それを見て全てを悟った俺は、キングの背中に向かって語りかけた。


「キング、また爆死したのか」


「ああ、そうだよ畜生」


 キングは心底悔しそうに拳を握りしめて、その小さな体を震わせていた。


「……天井まで5回回して、全部PUすり抜けだそうです」


 クロノが悲しそうに、ぼそりと呟いた。

 天井とは、課金ガチャを回しても最高レアの景品が引けない状態が一定回数まで続いた場合、そこで必ず最高レアが引けるようになるという、一種の救済措置の事だ。

 しかし、そこで引ける最高レアが、アップデートで新たに実装された目玉商品であるとは限らない。最高レアの中にも複数の景品があり、目玉商品はPUピックアップ――同レアリティの他の景品よりも出現確率を多めに設定されている事だ――されているが、それを外して目当ての物とは違う品を引き当ててしまう事を、俗にすり抜けと言う。


「頭では分かっていても……難しいものだな、己の決断の結果を受け入れるという事は」


 なんか恰好いい事言ってるキングだが、実際はガチャに大金を突っ込んで大爆死をキメただけである。

 そうなった時のキングはこのように、ちょっと情緒不安定な感じになってキャラが崩壊するが、まあ割とよくある事だ。

 ちなみにこの後、俺もガチャを回して、最初の10連で目玉商品を含む最高レアの景品を2つ引いた。キングには内緒だ。


 俺は、そんな事もあったなぁ……と、懐かしく感じながら思い出していた。

 決断と、その結果を受け入れる覚悟。果たして今の俺に、それがあるのかと、ふと考える。


「だが今更後戻りはできん。なら、突き進むだけだ」


 神として信者を導き、魔神将やその配下の魔物達との戦いを始める為には、揺るぎない覚悟が必要だ。

 だから今、その決意を固めよう。


 この世界にやってきた日に、俺は『アルティリア』として生きると決めた筈だ。

 女神アルティリアとして、俺は……この世界の人々と共に生きていく。

 俺は、そう決断した。


「……さて、そろそろ時間か」


 俺は昨日、ロイドとの定時連絡にて、神殿が完成したという連絡を受けた。

 その際に俺は今日、神殿に向かうと返事をした。

 いよいよロイドとその仲間達以外の信者達と対面する事になった為、柄にもなくナーバスになって、決心を固めたりしていた訳だ。


 迷走しまくった一人ファッションショーから数日が経ち、人前に出ても恥ずかしくない恰好も見繕う事ができた。

 今の俺の服装は、清楚な白いワンピースの上に水精霊の羽衣を羽織っている。いつもの恰好に服と靴を足しただけとも言う。

 ちなみにこの服は、持っていた布系素材を使って裁縫スキルで作った物だ。

 俺の高い縫製技術で作った為、生半可な鎧よりも防具として優れている。俺レベルの廃人が戦闘時に装備するには頼りないが、普段着としては上出来だろう。


「……行ってきます」


 地球と、かつての『俺』だった頃の自分と、友達への別れを告げて。

 俺はEX職業『小神マイナー・ゴッド』の技能アビリティ『神殿への帰還』を使用した。


 頭の中に、神殿の位置が浮かび上がってくる。今いる無人島からずっと南の方角に一箇所。その神殿に向かって、俺は転移した。



  *



 ……一方その頃。

 同時刻、ロストアルカディア・オンライン 日本サーバー内の、とある島にて。


「……ああ、行ってこい」


 一人の男が、島の南に広がる海に向かって、そう呟いた。

 彼の頭上には『OceanRoad』というギルド名とギルドエンブレム、それからギルドマスターである事を示すマークと共に、『うみきんぐ』というプレイヤー名が表示されている。

 擦り切れてボロボロになった赤いマントと褌のような形の腰布ロインクロス、海獣の鱗で表面を覆った手甲と脚甲を身に着けた、小人族の男だ。


 彼がいるのは、エリュシオン島という名の孤島だ。記念すべきシリーズ第一作、ロストアルカディアの舞台となった広大な島である。


 伝説に曰く、そこは大洋を超えた世界の中心にあり、神話の時代に人々が神と共に暮らしていた場所である。

 しかし長い時を経て、その島の場所や向かう方法を知る者は、誰もいなくなった。

 広い大洋の果て、嵐の海に囲まれ、誰もそこに辿り着く事が出来ない島。

 そんな忘れ去られた楽園ロストアルカディアに一人の冒険者が辿り着いたところから、全ての物語は始まった。


 このLAOにおいても、シリーズ第一作の舞台であるエリュシオン島の存在は、サービス開始当初から噂になっていた。

 しかし原作通りに、常に吹き荒れる嵐に囲まれていたこの島に辿り着くのは至難の業であり、またゲーム内に実装されているか否かも定かではなかった。

 だが、このうみきんぐという男は「ある」と信じ、幾度の失敗にも挫けずに挑戦し続け、遂には嵐の海を踏破し、この島へと辿り着いた。

 その偉業を讃えて、運営チームは彼にEX職業『大海の覇者ロードオブオーシャン』及びとある神器アイテム、そしてエリュシオン島の領有権を与えた。


「実装はしていたが本当に辿り着けるプレイヤーが居るとは思っていなかった。サービス終了時にでも行き方を発表するつもりだったが、まさか正攻法で嵐を超えてくるとは予想も出来なかった。潔く敗北を認めよう。彼はまさしく海の王者であった」


 運営チームが上記の発表をするような異例の事態であり、エリュシオン島到達の報告がなされた時には世界中のプレイヤーがお祭り騒ぎになったものだ。


 そんな偉大なる大海の覇者たるうみきんぐは、彼の領地となったこのエリュシオン島にて、とある物を作っていた。

 それは……


「なあキング、そりゃあ一体何だ?」


 友人である巨人族の海賊王、バルバロッサがうみきんぐが作っていた巨大な建造物を見上げながらそう尋ねる。その横には人間の騎士、クロノも居る。

 彼ら二人はうみきんぐがギルドマスターを務めるギルド『OceanRoad』のメンバーであり、エリュシオン島への航路を知る数少ないプレイヤーだ。

 うみきんぐは作業をする手を止める事なく、彼らに答えた。


「見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ」


 彼が作っていたのは、巨大な女神像であった。

 しかもただの女神像ではない。貴重な神聖石ホーリーストーンを惜しげもなく素材に使った、自由の女神くらいのサイズの巨像である。

 更にその女神像の姿は、面積の少ない水着を着た、爆乳巨尻の豊満で扇情的な体つきをした、エルフの美女であった。

 うみきんぐはそれを、たった一人で作り上げていた。完成は間近である。


「……どうするクロノ、またキングがおかしな事を始めやがったぞ」


「どうするも何も……」


 顔を見合わせて困惑する二人だったが、うみきんぐが作っているドスケベエルフ女神像を見ると、不思議と懐かしい気持ちが胸の内に湧きあがってきた。


「しかし、なんだ……あの女神像を見てると、なんか懐かしいっていうか……どっかで会った事があるような気がしてきてな……」


「バルさんもですか……?俺もなんだか親近感っていうか、よく知っている人のような気持ちが……」


「あんな特徴的な見た目のキャラ、一回会ったら忘れらんねぇと思うんだがなぁ……何かこう、喉の奥に引っ掛かってるようなモヤモヤする感じがな……」


 その会話が示す通り……彼らの記憶から、アルティリアというキャラクターおよび、そのプレイヤーの存在は消滅していた。

 何故ならば、その人物はもはや存在せず、ある日忽然と、地球およびゲームサーバー上から消え去ったのだ。しかもその原因は、このゲームの舞台と酷似した異世界への転移という異常事態であり、常識的に考えればありえない事だ。万が一にもそれが知れ渡れば、大混乱になるのは火を見るよりも明らかだ。

 その為、そのような人間およびキャラクターは最初から存在しなかったという修正力が働き、人々の記憶と記録は改竄されてしまった。

 最早アルティリアとそのプレイヤーを知る者は、地球上には残っていない……筈であったのだが。


「丁度いい、お前達もこの女神像に祈っていけ。この女はアホだが泳ぎが上手いし、ガチャやボスドロップの引きが良い。信仰を捧げればご利益があるかもしれんぞ」


「それは良いんだがよ……なあキング、いったい誰なんだ?その女は」


「森じゃなくて海に住んでて、乳と尻がやたらとデカい新種のエルフ、通称海産ドスケベエルフだ。ちなみに魔法は水属性だけは超得意だが、それ以外はゴミで弓も一切使えん。槍はそこそこ使えるが」


「エルフの特徴全否定じゃないですか……何なんですかその人……」


「……変なエルフの女神様で、俺の友達さ」


 うみきんぐはそう言って、作業の手を止めた。彼の手によって、女神像が完成したのだ。

 最後に彼は、女神像を支える台座に、その女神の名前を彫った。


 アルティリア。


 その名前は確かに、そこに刻まれていた。

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