第13話 一夜明けて※
騒動から一夜明けた次の日。ロイドは冒険者組合の酒場にて、知己の神官クリストフと合流していた。
「やあ、わざわざ来てもらってすまんな」
「いえいえ、とんでもない。むしろすぐに声をかけていただき、感謝しかありません」
クリストフはグランディーノの町から少々離れた場所にある、神殿に勤める神官だ。サラサラした金髪の、柔和な雰囲気の優男で、細身で身長は170cmにやや届かない程度。黒い法衣をしっかりと着こなしている。
ロイドがアルティリアに捧げ物をする為に使っている祭壇は、『神饌の祭壇』という名の聖遺物であり、元々はこのクリストフから――より正確に言えば、彼が所属している神殿組織から――借り受けているものだ。
「それで、アルティリア様の神殿を建てたいとの事でしたが」
「ああ。神がそう直々に仰られたのだ。是が非でも叶えてさしあげたい。可能か?」
神殿を建てると一言で言っても、それを成す為には様々な問題をクリアしなければならない。
まずは神殿を建てるには、当然だが土地を確保する必要がある。そして実際に建築する為の資材や人員、それらを確保するための資金なども必要である。
また、それらの用意が整ったからと言っても、いきなり建築をおっ始める訳にもいかない。何かしらの手続きが必要なのだろうが、ロイドにはそのあたりの知識や伝手も無かった。
そこで昨夜、神殿に所属する神官であるクリストフに状況を伝えた。
組合に所属している高位の冒険者の一人に馬術の達人がおり、彼が早馬を飛ばして手紙を届けてくれたのだ。
それを受け取ったクリストフは急ぎ支度を整え、こうして足を運んでくれたのだった。
「まずは土地の選定ですが……こちらをご覧ください」
クリストフが机の上に地図を広げる。ここグランディーノ周辺一帯の地図だ。その地図の一箇所に、大きく丸印が付けられている。
「なるほど、東の丘の上にか」
グランディーノは北側に港があり、その先には海が広がっている。西と南にはそれぞれ、他の町に繋がる街道が伸びており、南西には街道沿いに幾つかの農場が存在し、更に先に進むと、魔物が生息する森林がある。
そして東側には、小高い丘があった。
「先に下見を済ませてきましたが、町と海を一望できる景観の良さや面積、町から近く通いやすい点といい、素晴らしい立地です。何故開発されずに手つかずで残っているのかが不思議なくらいでしたよ」
「なるほど……確かに良さげな場所だな」
「この土地の利用と、神殿の建築については領主や町長に許可を求める必要がありますので、ロイドさんも同行をお願いします」
「えっ……俺もか?」
「貴方が代表者なのですから当たり前でしょう」
「お偉いさんの相手とかは苦手なんだがな……仕方がないか。他にやるべき事は?」
「資材の調達は商店組合に、人足の手配は労働者組合に、それぞれ話を持っていきましょう。資金に関しては冒険者組合や海上警備隊、それから恐らく神殿本部からも援助金が出ますので、それで何とかなると思います。各組合への交渉や折衝は私が行ないますので、ロイドさんには代わりに、宣伝と広報をお願いしたいのです」
クリストフの言葉に、ロイドは渋い顔をした。
「宣伝か……アルティリア様は、あまり目立つ真似は避けるようにと言っていたが」
その事はロイドからの手紙にも書かれており、クリストフも承知の上だった。
「存じております。恐らくアルティリア様が気にされておられるのは、混沌の勢力。そしてその頂点である魔神将かと」
混沌の勢力とは一部の亜人や
魔神将は複数存在し、全部で何体存在するのかを正確に知る者は居ないが、これまでの歴史上で、合計で七体の魔神将の存在が確認されている。
その内の四体は、過去の英雄達の手で滅ぼされているが、残る三体は未だ健在であり、今も人の目が届かない闇の中で暗躍していると噂されている。
「魔神将……」
ごくり、と唾を飲む音が、ロイドの耳にはやけに大きく聞こえた。
魔神将と英雄達の激闘は、この世界の誰もが知る英雄譚で、子供の頃はその強大な存在に立ち向かう、雄々しき勇者に憧れたものだ。しかしまさか、この歳になって自分がそのような物と関わる事になるとは、想像もしていなかった。
「神が新たに降臨する……その一大事に、混沌の勢力が動かない筈もなく。アルティリア様もまた、彼らの動きを察知しているのだと考えます。我々は今、歴史の転換点に立っているのかもしれません」
「……ならば、尚更慎重に動いたほうが良いのでは?」
「しかし、もはや事は動き始めており、新たに神殿を建築し、そこに新たな神が降臨するともなれば、隠し通すのは不可能です。いえ、もうとっくに気付かれていると私は考えています。思えばここ最近の魔物の活発化や、本来出現しない筈の強大な魔物の出現といった予兆はありました。身に覚えがあるでしょう?」
そう言われて、思い浮かんだのは先日討伐した、大量発生したゴブリンの事や、アルティリアと出会う切っ掛けとなったクラーケンの事だった。
「もしや、あのクラーケンは……アルティリア様を誘い出す為に仕組まれたものだと?」
「恐らくは……」
「糞ッ!」
ロイドは思わず拳でテーブルを叩く。
かの女神の優しさに付け込んだ、混沌の勢力の悪辣な策略についての怒りや憎しみもあるが、何よりも許せないのはそれに助けられながら、危機感もなく過ごしていた自分の能天気さだ。
彼の部下達も同じように、怒りと情けなさに拳を握り、体を震わせていた。
「そうである以上、我々がするべき事は先手を打つ事です。アルティリア様の名の下に一致団結し、混沌の勢力に立ち向かう準備を整えなければならない。私はそう考えます」
「……わかった。その件に関しては、俺からアルティリア様に話してみよう」
「ありがとうございます。では、さっそく動くとしましょう」
涼やかな笑顔を浮かべるクリストフを見て、やはりこの男に相談して正解だったと思うロイドだったが、彼はふと疑問に思った事を口にした。
「しかしアンタ、若いのに随分と物知りだな。もしかして貴族だったりするのか?」
この世界の教育レベルは高くはなく、クリストフの教養は平民のそれとは思えない物だった為、ロイドは彼が貴族の出身なのではないかと思い、そう質問した。
「貴族とは言っても、妾腹の四男坊ですけどね。家を継げる筈もないので神殿に入り、そのまま神官にという、よくあるパターンですよ」
本人が言うように、家督の継承権が低い貴族の子弟には神官になる者が一定数いる。その他の進路は官僚や軍人が多い。また、ごく稀にだが冒険者や商人になる変わり者も現れる。
彼らがそんな話をしていた時、酒場に入ってきて、まっすぐにロイドのもとへと駆け寄り、声をかけてくる者達がいた。
「お疲れ様です、ロイドの兄貴!」
そう元気よく挨拶をしたのは、先日ロイドに絡んできた男達のリーダーだ。
彼の名はバーツ。以前はどうしようもない、ゴロツキ同然の底辺冒険者だったのだが、女神の奇跡に触れて改心し、一からやり直そうとしているF級冒険者だ。
「ようバーツ、仕事帰りか?」
「へい、また農場の近くにゴブリンが現れたっていうんで、とっちめてきた所でさあ。苦戦しやしたが、何とか勝てやした」
見れば、彼らの体には多少の切り傷や殴打の痕が残っている。
今まで怠けていたせいで、弱小モンスターの代表格であるゴブリン相手でも苦戦はしたものの、それでも彼らはしっかりと、受けた依頼をやり遂げたのだった。
「よく頑張ったな。だがあまり無理はするなよ」
ロイドはそう言ってバーツ達を労った後に、彼らにクリストフを紹介した。
「神官様でしたか。やはり神殿の件で?」
「ああ、色々と動いてもらっているところだ。クリストフ、こいつらは俺と同じ、組合に所属している冒険者で……」
ロイドに彼らを紹介されたクリストフは、興味深そうな表情を浮かべてバーツに近付いた。
「貴方達の事は、昨日の騒ぎの件も含めて聞き及んでいます」
「へい、昨日は女神様に対して、大変な失礼を……」
「クリストフ、こいつらも十分に反省しているし、アルティリア様はお許しになられた事だ。あまり厳しい事は……」
クリストフの追及に対し、反省の色を見せるバーツ達と、そんな彼らを庇おうとするロイドだったが……
「そんな事はどうでもいいんじゃい!」
「「「!?」」」
バァン!と大きな音を立て、クリストフがテーブルを叩く。
「君達!君達が昨日食したという、アルティリア様の手料理について詳しく聞かせてくれたまえ!神が作りたもうた料理を口にする機会を逃すなど、このクリストフ一生の不覚だが、それならせめて己の手で再現を!しなければならないのです!」
そう言ってバーツに詰め寄るクリストフの表情は、鬼気迫っていた。対するバーツ達はその剣幕にたじたじである。
「えっ……ちょっ、ロイドの兄貴、この人なんなんすか……」
俺が知るかよ、とロイドは心中で呟いた。
「さあ教えてください!はやく!」
「えぇ……あの、ちょっと落ち着いて……」
「たのむ!!!」
「えぇ……」
あまりの必死さに、その場にいた全員がドン引きしていた所に、ロイドが助け舟を出す。
「あの料理なら、ここの料理長が再現しようと試行錯誤している最中だから、後で話を」
聞かせて貰え……と続けようとしたところで、既にクリストフは厨房に突撃していた。
「……すまんな。悪い奴じゃあないんだが、知的好奇心が強すぎるというか、神様関連の物に対する執着心が凄まじい奴でな」
さて、とりあえず連れ戻しに行くかと、ロイドが席を立とうとした時だった。
彼らの視界に突然、空中に浮かぶ文字が現れた。
「これは……アルティリア様からのメッセージ!」
驚愕する彼らの前に、次々と文章が現れては消えていく。
それによると、彼ら信者の信仰が高まったおかげで、神が新たな力を行使できるようになった事や、彼女が与える加護によって、信者は水の魔法を使えるようになったり、体力や生命力、水泳の技術が強化される事、神からの贈り物を受け取る事が出来るようになった事が伝えられる。
全てのメッセージが表示された後、彼らの前には透き通った青緑色の液体が入ったガラス瓶が現れていた。
神からの贈り物であり、様々な状態異常を治癒する事ができる霊薬だ。
「アルティリア様……ありがとうございます」
それを受け取り、ロイドはアルティリアに祈りを捧げた。彼の部下やバーツ達、それから酒場内にいる、昨日の一件を見てアルティリアを信仰するようになった冒険者達も同様だ。
「お頭、そういえば魔法が使えるようになったとの事でしたが……」
「あ、ああ……そうだったな。驚きすぎて忘れるところだったが……魔法か……」
この世界において魔法は、それを専門に学んだ者でなければ使えない希少な技能だ。稀に独学で身につける者も居るが、大半は大都市の魔法学園で学んだり、魔導士に弟子入りして学ぶ事になる為、一般庶民にとってはあまり縁のない物だ。
それを、信者であれば誰でも使えるようになる等、普通に考えれば信じられないような事だが、
「今更、アルティリア様の言葉を疑うものか。俺は魔法が使えると信じる」
一片の疑いもなく、ロイドは女神の加護により、自分が魔法を使えるようになったという事実を受け入れた。
ロイドは右腕を突き出し、掌を上に向けると、そこに水が現れる事を強くイメージし、教えられた呪文を唱えた。
「水よ、此処に生じよ。『
すると、ロイドの右手が淡く発光し、その掌から数センチ上に、野球ボールくらいの小さな水の塊が生まれていた。
ロイドは驚きつつも、その水の塊に対して、『動け』と念じると、それはロイドの意志に従って上下左右に、ゆっくりと動きだした。
最後に、ロイドは空の水筒を取り出すと、水に対してその中に入るようにと念じた。すると水は水筒の中へと、吸い込まれるように入っていく。全ての水が水筒の中に入り、見えなくなったところで、ロイドは生み出した水と、自分の間にあった繋がりが断たれた感覚を覚えた。
それを見た周囲の者達が騒ぎ出しながら、自分もやってみようとする。酒場内はあっという間に、魔法の練習場と化した。
そんな騒ぎが、しばらく続いていた時だった。
突然、建物の外に繋がる入口の大扉が、大きな音を立てて勢いよく開き、外から人が転がり込んできたのだった。
その人物は若い男だった。ここまで大急ぎで走ってきたらしく、息を切らせて汗だくで、ひどく慌てた様子だ。
彼は必死の形相で、冒険者達に訴えた。
「た、大変だ!農場のほうで魔物が大量に発生した!急いで助けにいってくれ!」
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