第14話 緊急依頼※

 飛び込んできた男からの知らせに、冒険者と組合員達はすぐに動き出した。

 まず最初に声を張り上げたのは、カウンターの奥に立つ受付嬢だ。


「緊急依頼を発令します!手空きの冒険者の皆さんは、準備が出来次第すぐに農場に向かって下さい!」


 また、職員が知らせを持ってきた男に水を差し出しながら、男に襲ってきた魔物の特徴や大凡の数、被害状況などを質問する。

 男は差し出された水を一気に飲み干し、一息ついた後に、質問に答える。


「大きい蜂のような魔物が、数えきれないくらい大量に……農作業をしていた皆は無事に逃げられたけど、近くの街道を通っていた馬車が襲われているのを見ました」


「敵は殺人蜂キラービーか。馬車は貿易馬車か……?積荷はあったか?」


「いえ……積荷はありませんでした。豪華な装飾があって、周りに護衛の兵士が居ました」


「……という事は、貴族の馬車か?まずいな……」


 殺人蜂キラービーはその名の通り、巨大な蜂の姿をした魔物だ。危険度や討伐難易度を表すランクはE級。強さ自体はそれほど高くはないが、凶暴で、常に群れで襲い掛かってくる上に、素早く飛行し、尾が毒針という、色々と厄介な性質を持つため、嫌う冒険者は多い。


「聞いての通りだ!敵は殺人蜂の大群!農民や、たまたま通りかかった貴族が襲われている!すぐに出撃するぞ!」


「おう!」


「いつでも行けるぜ!」


 状況を確認した冒険者達は、大急ぎで準備を済ませると、外に向かって飛び出していった。


「俺達も行くぞ!」


 ロイドもまた、手下達やバーツの一行を率いて出撃する。その時、走り出す彼らをクリストフが追いかけ、声をかけてきた。


「ロイドさん、私も同行します」


「クリストフ!戦いの心得はあるのか?」


「棒術や護身術を少々。それと癒しの魔法も使えますので、お役に立てるかと」


「それはありがたい。よろしく頼む!」


 集団にクリストフを加え、彼らは町を駆け抜け、街道へと出る。その途中、彼らはある事に気が付いた。


「なんだか、全力疾走しても全然疲れないな!」


「ああ。アルティリア様が仰っていた、頑健の加護のおかげか?」


「ありがてえ。これなら休む間もなくすぐに戦えるぜ」


 アルティリアの加護により体力VITが上がった事や、昨夜食べた料理の効果がまだ続いている事で、彼らは無尽蔵のスタミナを手にしていた。


「見えたぞ!殺人蜂だ!」


「まずは逃げ遅れた人を助けるぞ!」


 冒険者達が殺人蜂の群れに襲い掛かる。ロイドはその先頭に立ち、女神より授かった刀『村雨』を振るった。


「セイヤッ!」


 抜刀からの一閃で、殺人蜂の一匹を真っ二つに切り裂き、更にもう一匹に斬りかかるロイドだったが、次の一撃は危険を察知した殺人蜂が、飛行して空中に逃れた事で空を切った。

 ロイドの攻撃を回避した殺人蜂は、攻撃が届かない上空に逃れながら、歯をガチガチと鳴らして警戒を露わにしている。


「チィッ、これだから飛行タイプの魔物は……!」


 周囲を見れば、他の冒険者も何匹かの殺人蜂を切り伏せているが、それを見た他の個体が上空に避難したせいで、ロイドと同じように攻めあぐねているようだ。

 だがその時、冒険者の一人が声を上げた。


「アンタ達、よく見ておきなさい!飛行タイプの魔物は、こうやって倒すのよ!」


 そう言ったのはリンという名の冒険者だ。

 十代半ばくらいで、茶色い髪を長く伸ばした、背の低い少女だ。右手には杖を持ち、つばの広い先が尖った帽子と、ローブを身に着けている。その見た目からわかるように、彼女の職業クラスは攻撃魔法を得意とする魔術師メイジである。

 彼女が杖を掲げると、その杖の先、空中にサッカーボール大の水の塊が現れた。


「『水の弾丸:拡散アクアバレット:マルチプル』!!」


 リンが呪文を唱えると、水の塊が八つに分かれて、それらが別々の殺人蜂に向かって高速で飛んでいき、魔物の肉体を貫き、撃ち落とした。

 一撃で八体の殺人蜂を倒した彼女の魔法に、冒険者達が喝采を上げるが、それを成した当の本人は、とても驚いた様子を見せる。


「えっ、嘘っ!?」


「おいおい、なんで本人が驚いてるんだよ!?」


「昨日までは一度に四発しか撃てなかったのよ!それに威力も明らかに上がってるわ!」


 初級魔法とはいえ、彼女の年齢で一度に四発もの魔法の弾丸を放てる事は、素晴らしい才能の証明と言えるのだが……それが一夜にして、倍の数を放てるようになった原因は明らかだ。


「ロイドさん、あたし一生アルティリア様に仕える事に決めたわ。というわけでパーティーに入れて?」


「ハハッ、了解。よかったら今度、魔法のコツを教えてくれよ」


 リンの頼みを了承しながら、ロイドは空いた左手を前に突き出し、掌を空中にいる殺人蜂に向けた。

 そして、『水の創造クリエイトウォーター』で水を作り出し、それを標的にぶつけるイメージを頭に浮かべる。


「『水の弾丸アクアバレット』!!」


 ロイドの左手から放たれた水弾が、殺人蜂を貫く。リンが放った拡散形態の魔法は高等技術の為、今のロイドに真似る事は難しいが、このように単発の魔法ならば、問題なく発動できるようだ。


「流石!」


「やるじゃねえかロイド!よっしゃ、俺もやってみるか!」


 ロイドに続き、他の冒険者達も魔法で水弾を放つ。こうなれば空を飛べるという敵の利点は無いも同然だ。そうして敵の数を着実に減らしている内に、


「待たせたな!逃げ遅れた人々の救助は完了したぞ!」


 一般人の救助・保護のために動いていたチームが、人々を連れて戻ってきた。彼らが連れている人々は、およそ二十人ほどだ。半数は怯えた様子を見せているが無傷だが、残りの半分ほどは魔物の攻撃を受けたせいか、苦しそうな表情で倒れている。


「頼む、娘を助けてくれ!殺人蜂の毒針を受けてしまったのだ!」


 そんな人々のうちの一人が、必死の形相で冒険者達に訴える。身なりのいい服装の若い紳士で、腕には十歳くらいの、幼い少女を抱いている。

 育ちの良さそうな、美しい少女だが、整ったその顔は苦痛に歪み、白いドレスは血や泥で汚れてしまっている。

 恐らくは彼ら親子が、襲われていた貴族なのだろう。


「クリストフ!急いで霊薬を飲ませるんだ!」


 ロイドは腰に付けていたポーションホルダーから、女神から授かった霊薬を抜き取ると、それをクリストフに渡して少女に飲ませるように指示する。

 クリストフは頷くと、それを手に貴族のもとへと走った。


「すぐに治療いたします。彼女をこちらに」


「し、神官殿か……!た、頼む……!」


 法衣姿のクリストフを見て信頼したのか、安堵の表情を浮かべる貴族から娘を預かり、その小さな体を支えながら、クリストフは少女の口に、霊薬が入った瓶を運ぶ。


「もう大丈夫です。この薬を飲んで……そう、ゆっくりでいいですよ」


 少女は涙を流し、苦しそうにしながらも、喉を鳴らして少しずつ薬を飲んでいく。すると、あっという間に彼女の体内から毒が消え去り、毒針によって負った傷が癒えていく。致命傷を負っていた筈の少女の体は、一瞬で健康な状態へと戻ったのだった。


「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」


 クリストフの言葉に安らかな微笑みを浮かべながら、少女は目を閉じた。どうやら安心して眠ってしまったようだ。そんな幼子を父親へと返すと、クリストフは彼らに背を向けて、魔物の群れを睨みつける。

 その彼の顔に浮かぶのは、先程まで浮かべていた穏やかなものとは正反対の、怒りに燃える表情だ。


「このような幼気いたいけな子供まで手にかけるとは……赦さん!」


 クリストフは、背負っていた棒を引き抜き、両手で握って構えを取った。彼の持つ棒は霊木を削って作られた、長さ1メートル少々の細長い木の棒だ。頑丈で、魔法の触媒としても高い適性を持つ逸品であり、たかが木の棒と甘く見れば痛い目を見る事になるだろう。


「『粘液の弾丸スライミーショット』!」


 クリストフが魔法を発動させ、水の弾丸を連続で射出する。だがそれは今まで見た物とは異なり、殺人蜂に命中すると、その体に纏わりついて動きを鈍らせた。

 クリストフが放ったのは、粘液を撃ち出す事で敵の動きを鈍らせる事を重視した、妨害用の魔法だ。

 何匹もの殺人蜂がその攻撃を受けて、素早く飛行する事が困難になる。


「今です、トドメを!」


 動きが鈍った殺人蜂を、冒険者達が次々と武器で殴り倒したり、魔法で撃ち落としたりしながら倒していく。クリストフ自身も、棒を振り回して殺人蜂を叩き殺して活躍する。


「やるなぁ、あいつ。俺達も負けてられんぞ!」


 彼の思わぬ活躍ぶりを見て、ロイド達も奮起し、他の誰よりも勇敢に魔物の群れに攻撃を仕掛けて、大量の殺人蜂を駆逐していった。


 形勢は完全に冒険者達が有利な戦況だ。

 そうして、誰もが勝利を確信した頃に、それはやって来た。


「何だあれは!で、デカいぞ!」


「あれは……いかん、殺人女王蜂キラービー・クイーンだ!」


 C級魔物、殺人女王蜂。

 その名の通り、殺人蜂を束ねる女王であり、全長は2メートル以上。

 高速で飛行する特性はそのままに、力や生命力は殺人蜂の数倍を誇り、強力な猛毒や強酸による攻撃を仕掛けてくる難敵だ。


「糞っ!D級以下の者は下がって援護しろ!」


 そう言って先頭に立ちながら、盾を構えるのはC級冒険者の一人で、重い板金鎧プレートメイルに鉄の盾、戦槌メイスを持った重戦士だ。


「こっちだ、かかって来い!」


 挑発タウントを行ない、重戦士が女王蜂の注意を引く。しかし、その魔物の特徴をよく知る冒険者の一人が、その背中に向かって叫ぶ。


「待て、避けるんだ!そいつに盾は意味がない!」


 しかしその警告も遅く、女王蜂の攻撃が彼に向かって放たれた。

 その正体は、口から放たれる強酸のブレスだった。


「た、盾が!」


 咄嗟に盾で防御をする重戦士だったが、厚い鉄の盾が強酸のブレスを浴びて、どろどろに溶けていく。

 盾が溶けきって無くなれば、次は鎧が溶けて、最後には生身でそれを浴びる事になる。

 咄嗟に逃げようとする重戦士だったが、鈍重な鎧が邪魔をして素早く回避行動を取る事は不可能だ。


「く、糞っ!来るなら来やがれぇっ!」


 せめて後ろにいる仲間だけは守ろうと、重戦士は覚悟を決めた。だが強酸が彼に直撃する前に、その間に割って入った男が一人。


「させるかあああああっ!」


 ロイドだ。彼の持つ刀が、強酸のブレスを切り裂いて、重戦士の危機を救った。


「全員、援護しろ!俺がヤツをる!」


 その手に持った銘刀『村雨』の刀身は、鉄をも溶かす強酸にまともにぶつかりながら、傷一つなく清浄な光を湛えている。

 常に清らかな水が湧き出て、刀身を護っている特性を持つこの武器は、酸によって傷つけられる事がない。殺人女王蜂にとっては、天敵といっていい代物だった。

 そんな女神から授けられし刃を携えた男が、巨大な敵に向かって突撃する。


「ええい何でもいい、ロイドを援護しろぉッ!あいつを死なせるな!」


 冒険者達が、魔法の水弾や弓矢を放って、女王蜂の周囲を取り囲んでいる手下の殺人蜂を撃ち落とし、ロイドの突撃を支援する。

 それによって、ロイドは邪魔を受ける事なく、まっすぐに敵のボスとの距離を詰めていった。

 女王蜂は再度、ロイドに向かって強酸のブレスを放つが、


「邪魔だああああ!」


 ロイドが走りながら村雨を振るい、それを切り裂く。さっき一度見たばかりの攻撃だ。タイミングを見切る事は容易かった。

 飛び散った酸の飛沫がわずかに体に付着し、肌が焼かれるが、知った事かと走り抜ける。この程度はかすり傷、直撃さえ避ければ問題ない。そんな事より敵を倒す事が最優先と、ロイドは更に加速する。


「キシャアアアアッ!」


 肉薄するロイドに、今度は女王蜂が尾の毒針で攻撃を仕掛けた。殺人蜂のそれよりも格段に太く、長い毒針がロイドに向かって振り下ろされた。それをロイドは、刀を両手で構えて受け止める。


「このっ……負けるかあああッ!」


 鍔迫り合いのような形になり、互いに相手の攻撃を弾こうと渾身の力を込めて押し合う。僅かな時間、拮抗状態となるが、すぐにそれが打ち破られる。

 女王蜂が毒針での攻撃をしながら、六本の腕を動かして、ロイドを攻撃しようとしてきたのだ。その腕の先端は鋭利な刃物状になっており、獲物をズタズタに切り裂く事ができる。ロイドの腕は毒針を防ぐために使われており、その攻撃を防御する事は不可能だ。まさしく絶体絶命の危機だが、彼は一人で戦っているわけではない。


「させません!『薄氷の盾アイスシールド』!」


 クリストフが唱えた護りの魔法により、薄い氷の盾が形成されて、ロイドを襲った腕による攻撃を弾き返した。

 それだけに留まらず、攻撃を受けて砕け散った氷の盾が、幾つもの氷の破片となって逆に敵へと突き刺さった。攻防一体のカウンター魔法だ。


「ロイドさん、横に避けて!」


「……!おうっ!」


 そこに、リンが声をかける。その声を聞き、ロイドは迷わず毒針の攻撃に逆らわず、受け流しながら真横に向かって跳んだ。


「とっておきを食らいなさい!『流水の刃アクア・カッター』!」


 リンが放ったのは、圧縮された水を刃状にして射出し、敵を切り裂く水属性魔法だった。放たれたそれが、つい先程までロイドがいた位置……すなわち、女王蜂の毒針を、根本から斬り飛ばした。


「ギャアアアアアア!」


 びりびりと空気が震えるほどの大音量で悲鳴を上げ、空中でのたうち回る女王蜂に向かって、ロイドが跳躍する。リンの指示を聞いた時から、既にロイドはこの、とどめの一撃を放つ準備をしていたのだった。


 しかし、それを察知した女王蜂は、迷わず羽を高速で動かし、上空へと逃れようとする。

 命の危機を前にしたその逃走動作は恐るべき速さで、ロイドの攻撃は寸前で空しく空を切る事になる……と、思われた時だった。


「届けえええええええッ!」


 全身全霊の一撃を放ちながら、ロイドが強く念じた瞬間。

 ロイドが持つ刀『村雨』の刀身から大量の水が噴き出し、それが長大な刃の形を取った。その長さは本来の刀の長さの数倍にも達し、飛行して逃げようとする女王蜂にも、余裕で届きうる。


「こいつで……終わりだあああああああッ!」


 届かなかったはずの攻撃が、敵を捉える。水の剣が、女王蜂の巨体を斜めに切り裂き、真っ二つにした。

 二つに分かれた女王蜂の体は地面に落下し、ぴくりとも動かない。誰がどう見ても即死である事は疑いようがない。

 女王蜂が死んだ事で、僅かに残った殺人蜂は統制を失い、四散して逃げようとするが、その大部分は冒険者の手によって討ち取られた。


 殺人蜂に襲われた一般人の中に死者はなく、怪我人や毒に侵された者も、女神から齎された霊薬によって癒され、後遺症もなく五体満足で帰る事ができた。


「この戦い、俺達の勝利だ!」


 こうして冒険者達は町の危機から人々を救い、彼らに加護や聖なる武器、霊薬を与えた女神の名も、より高まるのだった。

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