第11話 海の向こうにいる友へ
夢を見ていた。俺がまだ地球にいて、LAOをプレイしていた頃の夢だ。
ただ俺の記憶と異なるのは、アルティリアの体で異世界にいる現在と同じように、アルティリアの一人称視点であるという事だ。
LAOをプレイしていた時、俺はPCのモニターを通して、アルティリアの後方から三人称視点でゲーム画面を見ていた筈だ。
「アルティリアよ……天に還る時が来たようだな」
そう言って構えを取り、こちらに相対するのは身長130cm程の、黒髪に赤い瞳の少年だ。その小さな体躯同様に、顔つきも子供そのものである。
彼の種族は小人族であり、文字通り体が小さく、幼い容姿が特徴だ。種族の特徴としては素早さや器用さが非常に高い反面、筋力や体力は平均よりかなり低めに設定されている。
だがその男のその小さな肉体は、細身ながら無駄なく鍛え抜かれた筋肉に覆われており、きりっとした表情からは歴戦の勇士である事が伺える。
上半身は裸で、両腕には表面が鱗で覆われた腕甲を装着しており、擦り切れてボロボロになった、赤いマントをマフラーのように首に巻いている。
下半身は七色に輝く鱗の装飾が付いた、褌のような腰衣と、腕甲同様に鱗で覆われた足甲を身に着けている。
その男の名は、うみきんぐ。
小さな巨人、海洋商圏の支配者、大海の覇者、海神の後継者、海皇、海のやべーやつ……等々、様々な二つ名で呼ばれる有名プレイヤーだ。
LAOのサービス開始時からこのゲームをプレイしており、他のプレイヤーが陸でメインクエストやモンスター討伐を行なう中で、釣り竿を持ってイカダに乗り、迷わず海に漕ぎ出した伝説の男である。
海をメインの活動場所にして、滅多に陸に戻らない海洋民と呼ばれるプレイヤー達、その原初にして頂点。海洋民でこの男を知らぬ者は皆無と言っていい程で、かく言う俺も初心者だった頃から、随分と世話になったものだ。
その男と、俺は海上で向かい合っていた。
「オーケー、まずは落ち着こうぜキング。いったい俺が何をしたって言うんだ」
「何をした……だと?とぼけおって。自分の胸に聞いてみるがいい」
言われた通りに視線を下に向けて胸に注目してみるが、そこには大きいお山が二つあるのみである。
「残念ながら、俺のおっぱいは身に覚えが無い、潔白だって言ってるぜ。言いたい事があるなら、はっきりと声に出して言ってもらおうじゃないか」
「そうか……ならば言わせてもらおう」
キングが俺に指を突きつけて叫ぶ。
「テメー何あっさりと結晶ドロップしてんだオラアアアア!!!」
「知らねえよ!俺だってビックリだわ!!!」
糾弾するキングに対して、俺は逆ギレして叫び返した。
ここで経緯を説明しよう。
まず状況だが、今は週に一回だけ出現するワールドボス、アイランド・ホエール(通称:島鯨)の討伐が終了したところである。
島鯨は週に一度しか出現しない上に、陸から遠く離れた海上に出現するため、戦うには戦闘用の船が必要という、単純に挑むにも少々ハードルの高いボスモンスターである。
だが、それだけあって討伐した際に得られるメリットも大きい。
島鯨からドロップするアイテムの多くは、高価な換金物や船を強化する為の素材だ。
また、島鯨を討伐した際に、参加者は確定で『大洋の欠片』というアイテムを1~2個、得る事が出来る。
そして、その欠片を100個集めて合成する事で入手できるのが『大洋の結晶』というアイテムだ。その結晶は、一部の神器を作成する為に必要なアイテムなのだが……前述の通り、週に一回のワールドボス討伐で1~2個しか入手できない為、作成するには最低50週間、最大で100週間……ほぼ一年から二年という長い時間がかかるのである。
しかも、大洋の欠片は取引不可アイテムである為、他のプレイヤーから買い取るという事も出来ない。集めるには毎週地道にボス討伐に通うしかないのだった。
だが、たった一つだけ抜け道があった。
大洋の結晶はアイランド・ホエール討伐時に、1/8192という超低確率でだが、直接入手する事が出来るのだ。
運営がそのデータを公開しているというだけで、今まで実際に結晶の直接ドロップを見た者は居なかった為、真偽は不明だったのだが……たった今、俺が入手してしまった事で、その話は本当だったという事が証明されたのだった。
そして、それを見たうみきんぐは激怒した。
彼はアイランド・ホエールが実装された頃から毎週討伐に通って、地道に欠片を集めていたプレイヤーである。
それを目の前でいきなり入手されたのだ。怒りたくなる気持ちもよくわかる。
「ええい、こうなったら決闘だ!」
「望むところだ!」
『うみきんぐさんから決闘の申し込みが来ています。決闘を受けますか?』
そのシステムメッセージと共に表示された選択肢から、俺は迷わずYESを押した。
この男と俺は友達であり仲間だが、同時に
仲間だからといって一切喧嘩をしない等という事はなく、なんなら週イチくらいのペースで下らない理由で殴り合ってるまである。
なので、このような決闘沙汰も日常茶飯事という事だ。
「おっ、喧嘩か?」
「いいぞ、やれやれー!」
「お前どっちに賭ける?」
「キングに100k」
「じゃあ俺エルフに100k」
周りのアホ共もすっかり見物モードに入っており、止める人間など誰もいない。
「行くぞアルティリアアアアアア!」
「来いよキング!うおおおおおおお!」
決闘が始まると同時に、俺は船から飛び降り、水上を走って距離を取りつつ、魔法『
精霊を召喚し、共闘するのが精霊術師の本領である。特に水属性に特化した俺が召喚する最上位の水精霊は、上位の狩場でも活躍出来るほど強力だ。
このまま距離を取り、二人がかりで遠距離から攻めたいところだが……
「甘いわぁ!」
水中から、全長10メートルくらいある黒い鮫が出現し、俺が召喚した精霊に食らいついた。
そのモンスターの名は、ブラック・エンペラー・シャーク。キングが捕獲し、育成しているペットの内の一匹だ。
こいつの相手をしながら俺を援護するのは、流石に厳しいと言わざるをえない。
最上位水精霊VS漆黒の皇帝鮫のバトルが開始すると同時に、キングが彼の操る巨船の舳先から跳躍し、俺に飛びかかってくる。
「流水螺旋脚!」
キングが放った蹴りが竜巻を巻き起こし、それが海水を巻き込んで巨大な螺旋を描き、こちらに迫ってくる。
「
それを魔法で水の壁を出して防ぐと同時に、俺は反撃の魔法を放つ。水の塊が砲弾の如く、キングに向かって放たれるが、キングは海面を蹴って跳躍し、回避する。そしてそのまま、空中で両手を腰だめに構えるポーズを取った。
「水竜破ァ!」
キングが両手を前に突き出すと、彼の腕から放たれた水が、ドラゴンの形になって俺に襲いかかる。キングの十八番で、強力な水属性のダメージを相手に与える必殺技だが……俺は、それが来ることを読んでいた。
「
それが水属性であるなら、どれほど威力があっても完全に無効化できる魔法。
現在の俺は『水精霊王の羽衣』を所持しているので、着ているだけで水属性の攻撃は無効化できてしまうのだが、この当時の俺は持っていなかった。
その為、キングが放った水竜破を完全無効化する為には、この魔法を使わざるをえなかったのだが、ともあれ奴の得意技を防ぎきった訳だ。
後はカウンターで魔法をお見舞いしてやろうと思った時だった。
「使ったな?」
してやったりといった風に、ニヤリと笑うキング。
「ならば、もうこれを防ぐ手段は無いという事だ!」
キングが右腕をまっすぐに、空高く掲げる。
その拳の先には青いオーラで出来た氣弾が浮かんでおり、足下の海から、そこに向かって海水が渦を巻きながら、どんどん集まっていく。
氣弾が際限なく海水を吸収しながら巨大化していくのを見て、背中に冷や汗が浮かんだ。
あれはヤバい。どう見てもヤバい。
撃たれる前に止めないと死ぬ。
「
次の一回のみ、水属性魔法の威力を大幅に上げる切り札を使い、
「
水を巨大なビーム状にして撃ち出す、俺が使える最大威力の魔法を放つ。
水属性を完全無効化できなければ、大半のプレイヤーは即死するレベルの必殺コンボだ。例えクロノであっても、無防備な状態でこれを食らえば沈むであろう。
だがキングは防御も回避もせず、俺の放った魔法に対し、真正面から自分の技をブチ当ててきた。
「海王拳……20倍だあああああああ!」
恐らくあれは、力を溜めた時間に応じて威力が上がるタイプの技なのだろう。
周囲の水を吸い込んで巨大化した氣弾が、俺が放ったビームと正面からぶつかり合った。
「くそっ、相打ちか……」
「くっ、あと数秒溜められれば、打ち勝てたものを……」
その結果、お互いの技と魔法が相殺し合うという結果に終わった。
「仕切り直しか……」
次はどう戦うかと、水面に立つキングを油断なく見据える。
だが、その時だった。
「おい、お前ら。ちょっと周り見てみようか?」
俺達に、そう声をかけてくる男がいた。
真っ赤な髪に赤い瞳、赤い髭の、筋肉モリモリの大男だ。
こいつも俺の友人で、『赤ひげ』『海賊王』などの異名を持つ、海洋四天王の一人、バルバロッサという名のプレイヤーだ。
種族は巨人族で、身長は2メートルを軽く超える巨漢だ。髑髏マークが付いた黒い眼帯に、まさに海賊といった服装のおかげで威圧感バリバリの見た目である。
彼の言う通りに周囲に目を向けてみる。
するとそこには、ボロボロになった幾つもの船と、HPが良い感じに減っているプレイヤー達の姿があった。
「むっ!?どうしたお前ら、誰にやられたんだ!?」
キングが彼らを心配して、そう声をかける。しかし……
「お前らの技の余波で皆ボロボロになってんだよなぁ!?」
怒りの形相でバルバロッサがそう叫ぶ。そう、この惨状は先程の、俺とキングの奥義のぶつかり合いによるものだった。
そして彼らが乗る、ボロボロになった船の大砲は、全て俺達のほうに向けられていた。
「つーわけで二人とも、一回死んどこうか?」
「ちょっ、ち、違うんだこれは、キングが勝手に!やめろー!死にたくなーい!そうだクロノ!助けてくれクロノさん!」
俺はクロノのほうに視線を向けて助けを求めた。
そこには青白い雷光を穂先に纏った
「
ブリューナク装備時のみ使える、EX職業『極光の槍騎士』専用技をこっちに向かって撃とうとしている馬鹿を見つけて、思わずそう叫んだ俺を誰が責められようか。あんなモン食らったら一発で蒸発するわ!
それから、生身で何十隻もの大型戦闘艦に追いかけ回されながら砲撃され、俺とキングは仲良く海の藻屑となったのであった。
「……懐かしい夢だ」
目を覚まして体を起こしながら、俺はそう呟いた。
最後は酷い目にあったが、ああして他のプレイヤー達と馬鹿みたいな事をやるのは、本当に楽しかったのだ。
あいつらは元気にしているだろうか。
きっと元気だろう。今日も大海原を舞台に馬鹿騒ぎをしているに違いない。
俺は突然、アルティリアの姿で見知らぬ世界に来てしまったと思ったら、なぜか神様に祀り上げられるという妙な事態になっているが、
「ああ。俺も、元気でやってるよ」
水平線に向かって、そう呟く。
寂しくなる気持ちが無いわけじゃないが、この広い海を見ていると、幾つもの楽しい思い出が蘇ってくる。
ふと、胸の奥に温かいものが広がっていく感覚を覚える。
それは自分の感情であるようで、そうではない、もう一人の自分のもののようにも感じられた。
「そうか、アルティリア。お前も楽しかったんだな」
この世界に来てから暫くして、分かった事がある。
現在の俺は、身体はアルティリアの物であり、人格はプレイヤーであった『俺』の物なのだが、頭の中には俺の知らない知識や記憶があったり、物の感じ方や考え方が、以前の『俺』とは異なっていると思う事があった。
知識や記憶に関しては、元々アルティリアというキャラクターが持っていた物なのだろう。魔法の使い方や釣り、料理といった技術に関する知識は、本来の『俺』の頭の中には無かったものだ。
一方、感情や感覚についてだ。
例えば本来の『俺』のままであれば、自分の性癖をそのまま反映させたキャラクターである、アルティリアの肢体が目の前にあり、しかもそれを自由にできるという垂涎の状況であるのだが、今の俺は不思議と、それに対していやらしい気持ちなどは湧いてこないのだ。
それどころか露出度の高い恰好をして、このドスケベボディを人目に晒す事に対して、僅かながら抵抗や羞恥心を感じている。
これも、本来の『俺』であればあり得ない事だ。
結論として、今の俺は『俺』と『アルティリア』の二人が入り混じった状態である……と推測する。
元々の、ゲームのキャラクターだったアルティリアに人格があったと仮定して、それがどのようなものだったのかは、ゲームの外にいた俺に推し量る事は出来ないが、現在の俺は身体がアルティリア、人格が『俺』ベースで、知識や記憶は両者の物を持っており、物の考え方や感じ方は、両者の物を足して2で割ったような感じではないか、と考えている。
実際、神様扱いにしてもそうなんだよな。かつての俺なら、
「やったぜ、うちのアルティリアたんが女神様だってよ!ヒャッホウ!」
くらいにしか思わなかった筈だ。
まあ、当事者目線だからというのもあるだろうけどな。
そして、その神様扱いの件なのだが。
なぜか昨日の夕方くらいから、ひっきりなしに人々の信仰が俺に向かってきているのが実感できる。
そして今確認したら、EX職業『小神』のレベルが2に上がっていた。
一体何がどうしてそうなったのだろうか。とりあえずロイドを問い詰めなくてはなるまい。
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