第9話 うるせえ!アジフライぶつけんぞ!

 現実逃避のために釣り竿を握り、一時間ほど魚を釣り続けたところで、俺はようやく落ち着きを取り戻した。


 異世界に来てから一週間ほど経過したが、その間行なっていた検証の結果、この異世界はどうやら、LAOと同じようなシステムで動いていると俺は結論付けた。

 『アルティリア』の持つ魔法や技能、所持していたアイテムが使用でき、ステータスや職業、スキルといった情報も、まるでゲームのように閲覧できる。

 極めつけはこの、EX職業だ。

 まるで全てが、LAOのシステムをそのまま現実世界に持ってきたような感じがする為、現状ではLAOの世界そのものに来てしまった可能性も十分ありえると思っている。


 条件を満たしたので、EX職業を自動的に獲得した。

 その条件や獲得したEX職業の名称については一先ず置いておくとして、まずは何が出来るのかを把握しなければならないだろう。


 自分に何が出来るのか、という事を知るのは、とても重要な事だ。

 LAOにおいても、自分が使う事の出来る技能や魔法の消費MP、射程、ダメージ量、効果範囲、CTクールタイムといった知識や、それらを使って狩れるモンスターは何か、そして狩りの効率はどうか……という情報は、ゲームを円滑に進めるために必要不可欠なものだった。


 ならば、俺が今するべき事は冷静に、自分に出来る事を把握する事である。

 念じる事でゲームの時と同じように、職業や技能、魔法についての情報を閲覧する事は出来るため、俺は新たに生えたEX職業『小神』についての情報を、改めて確認した。

 その結果、分かった事は次の通りだ。


 ・EX職業『小神』


 Lv:1/1

 信者数:19人

 FP:638/638(残り数値/累積値)


 ・出来る事一覧

 ①FPを消費してレベルを上げたり、技能や魔法、加護を獲得できる

 ②FPの累積値によって職業レベルが自動で上がる

 ③大量のFPを消費して奇跡を起こす事ができる(詳細不明)


 ・『加護』について

 俺ではなく、信者に対して作用する。

 俺を信仰し、FPを捧げた人間はその量に対して加護を受ける。

 その内容については俺が決める事ができる。


 ・『奇跡』について

 大量のFPを消費し、物理法則や確率なんかを無視して文字通りの奇跡を起こす事が出来る。

 現在はFPやレベルが不足している為か使用できない為、詳細もよくわからない。


 ・『FP』について

 人々から神に対して捧げられた信仰心を数値化したものである。

 信者が祈りや捧げ物をする事によって、神にFPが付与される。

 これを消費する事でなんか色々できる。


 ・注意事項

 信者が減れば、FPの累積値も下がる。

 FPの累積値が下がった場合、レベルダウンが発生し、500以下になった場合はLv0=EX職業『小神』を消失する。



 という事らしい。

 そんな訳で何故か俺は神に祭り上げられているようだが、犯人はわかっている。あのロイドという海賊だ。

 まあ俺が接触した人間が現状、奴とその手下しか居ないので当たり前だが。


 あの野郎、どうやらガチで俺の事を神か何かと勘違いしていたらしい。

 毎日のように送られてくる金や宝石は賽銭のつもりなのだろうか。


 この世界を支配するシステムがLAOの物と同じだと仮定して、俺がEX職業『小神』を獲得する条件……人々からの信仰を一定以上集めるのを達成できたのも、奴が毎日お祈りや贈り物をしてきたのが原因なのだろう。

 ……相変わらず遠距離からのトレードについては原理がさっぱり分からないが。この世界の神官には、そのような技能でもあるのだろうか。


 とりあえず原因についてはロイドが悪い、と結論が出たので、後はFPの使い道について考えていこうと思う。


 現在、小神Lv1で覚える事ができる技能を調べたところ、以下の三つを習得できるようだった。


 『信者との交信(アクティブ)』

  信者一人が対象。対象がどこにいても会話をする事ができる。

  (ただし、会話ができる状態である事が条件)

  会話中、一定時間ごとにMPを消費する。消費量は彼我の距離に比例する。

  使用する際、対象の名前と姿を知っている必要がある。


 『神殿への帰還(アクティブ)』

  あなたを祀る神殿ひとつが対象。選択した対象ひとつに瞬間移動する。

  消費MPは移動距離に比例する。


 『信者の状態把握(アクティブ)』

  あなたの信者の、おおよその居場所と状態を知る事ができる。

  職業レベルが上昇する事で、この技能の精度も上がる。


 各100FPで習得できる為、三つ全てを習得した。

 さっそく『信者の状態把握』を使用してみると、ここからずっと南のほうに、19人全員が集まっている事がわかった。状態は特に異常なし。

 消費MPはごく僅かで、俺のMPならば幾ら使っても問題のない量だ。


 さて……次は『信者との交信』を使ってみようと思う。

 俺が名前を知っているのは一人だけなので、必然的に対象はあいつになる。


「ロイド……聞こえますか。今、あなたの心に直接語りかけています」


 お約束の台詞でそう声をかけると、突然脳内に話しかけられてビビったのか、慌てた様子でロイドが返事をしてきた。

 そのままロイドを軽く問い詰めてみると、やはりこいつが俺の事を神だと触れて回っているようだ。

 実際にその後、神になってしまっているので神である事を否定はしなかったが、あまり目立つ気はないので大っぴらに話して回る事は控えるようにと釘を刺しておいた。


 正直、念願のEX職業を手に入れる事が出来たのは嬉しいし、この力でどんな事が出来るのかという興味は尽きない。

 その点に関してはこいつに感謝はしているのだが、来たばかりの見知らぬ世界で神様やれとか言われても、正直なんというか、その、困る。

 だが、なってしまった物は仕方ないので、ここはマイナー路線で細々とやっていきたい。

 この世界にも、他にメジャーな神様とか居るだろうし、新参者がいきなりデカい顔して目を付けられるような事は避けたいのである。


 その方針を伝えた後に、ロイドに一つお願いをしておく。


「それと、可能であれば一つ、頼み事をしたいのですが……」


「はっ、何でもおっしゃって下さい!この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」


 ん?今なんでもするって言ったよね?

 ではなく、別に命とか懸けなくてもいいから……


「えーっと、私を祀る神殿があれば、そちらに直接行く事が可能になるので、できれば神殿の建築を……」


「お任せ下さい!!必ず、アルティリア様に相応しい神殿を建立いたします!!!」


 声でけーよ馬鹿。もうちょっとテンション下げろ。


「いや……あの、本当に小さい奴でいいからね?……おーい、ロイド?ロイドさん?聞いてる……?」


 どうやら奴のクソデカボイスに驚いて無意識に通話を切ってしまったようだ。


 まあ、なるべく目立ちたくないって方針は伝えたことだし、奴も考え無しにデカくて立派な神殿とかを建てたりはしないだろう。


 ほんの少しだけ不安を抱きつつも、俺は神殿の完成を気長に待つ事にした。


 後はそうだな、加護を決めておこうかな。

 加護は前述の通り、俺を信仰する信者が受ける事のできる恩恵だ。これをゲーム的に表現すると、


 ・力や素早さなど、特定のステータスが上昇する

 ・剣技や炎魔法など、特定のカテゴリの技や魔法が強化される

 ・料理や鍛冶など、特定の生活スキルが強化される


 等があげられる。

 俺が選んだ物が、信者の信仰の深さ(捧げたFP量)によって強化される仕組みのようだ。


 加護を選ぶには、初回は100FPが必要らしいので、さっそく支払って選択する。

 俺が一つ目に選ぶ加護は……これだ!


 『技能強化:水魔法+』

 あなたの信者は職業に関係なく、水属性の魔法を習得できるようになる。

 また、捧げた信仰の量に応じて、水魔法の性能が強化される。


 ……ヨシ!

 やっぱり水魔法マスターであるこの俺の信者なら、初歩的な水魔法くらいは使えないといかんよね。

 炎や雷に比べると威力は控えめだが、攻撃・防御・補助・生活と一通り揃って、扱いやすく万能なのが水魔法の良いところだ。ぜひ使いこなしてほしい。


 さて、やる事もやったところで小腹が空いたので、そろそろ食事にしようと思う。

 その為には料理をする必要があるのだが、釣りと同様にアルティリアが持っていた料理スキルも問題なく使えた為、今の俺の料理の腕前はプロも裸足で逃げ出すどころか、泣いて土下座するレベルである。


 LAOでは職業レベルとは別に、生活スキルというものが存在する。

 生活スキルは鍛冶や裁縫、料理といった生産系、釣り、伐採、採掘のような採集系、それから水泳、乗馬、操船などの便利系に分かれており、プレイヤーの行動によって上昇するようになっていた。

 俺の料理スキルは968。上限が1000の為、極める一歩手前まで来ている。


 余談だがLAOの生活スキルには上限突破という物があり、1000まで到達した上で相当面倒なクエストをクリアする事で、更に上を目指す事も可能だ。それも踏まえて考えれば、俺もまだまだ未熟かもしれない。

 例えば俺の仲間の一人、キングことうみきんぐ氏などは全生活スキル2000オーバー、釣りや水泳、操船、貿易などの海や船に関するスキルに至っては3000を超えるような生活スキルの化け物である。

 そんな奴に対して、俺が唯一勝てていたのが水泳スキルで、その数値は5000。次の限界突破クエストは攻略途中だった。


 閑話休題。キングや一部の料理ガチ勢に比べれば未熟とはいえ、それでも俺の料理スキルは大半の料理はきっちり作れる程度には高いので、食材さえあれば食うには困らない。

 そしてここは海。釣り竿一つあれば、いくらでも食材は手に入るのだ。肉や野菜、卵、そして調味料の類は手持ちの物しかない為、いずれは尽きるので買い足しておきたいが……。


 料理をする前に、俺はアイテム袋からエプロンを取り出した。

 これは『匠のエプロン』というアイテムで、装備すると料理の品質や料理スキルの成長率にボーナスがかかる品だ。俺は水着の上からそれを装備した。


 そう、俺は白いビキニの水着姿である。

 その上からエプロンを付けるので、見る角度によっては……というか、水着もエプロンも同じ白色のため、その境界が曖昧になっており、かなり裸エプロンっぽい見た目になっていた。

 LAOの時は画面越しだったが、実際に改めて目の前で見てみると実にエロい恰好だ。すばらしい。

 しかし問題点が二つ。これが今は自分の体であるという点と、胸が大きすぎて料理をする時に手元が見えづらいという点だ。


 さて料理だが、今日のご飯はアジフライだ。

 先程の釣りで大量に釣れたアジを、ぜいごや鱗を取って頭、ヒレ、内臓といった余分な部位を取り除き、魔法で作り出した水で綺麗に洗ったら、同じく魔法で水分を取り除く。

 身を三枚に下ろして骨や皮を取り除いたら塩・胡椒で下味を付け、馴染ませたら小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして……高温に熱した油で揚げる!


 アジは俺の故郷、日本においては大衆魚であり、アジフライも実にありふれた料理だ。

 だが安価な大衆魚だからといって甘く見てはいけない。味が良いからアジと呼ばれたという説がある程、アジは美味い魚だ。そして大衆魚という事は、誰でも手に入れやすく、広く世間に普及し、受け入れられているという事だ。

 アジフライも、アジの身と衣だけで構成された、非常にシンプルな料理だからこそ、作り手の腕が試されるのだ。

 LAOにおいても、アジフライは食べると一定時間、筋力STR体力VIT敏捷AGIが上がる、なかなか性能が良い前衛向けの料理だった。


「……よし、完璧だ」


 皿の上にカラッと揚がったアジフライを乗せ、千切りにしたキャベツとタルタルソースを添える。

 そして、ご飯だ。アジフライを作りながら釜で炊いておいた、ふっくらと炊けた白いご飯である。

 当然だ。サックサクに揚がったアツアツのアジフライが出てきたところで、


「ところで、ご飯はどこだい?」


 と尋ねたら、


「そんな物、うちには無いよ……」


 などと言うふざけた答えが返ってきたならば、俺は全力の右ストレートをそいつの頬に叩き込むだろう。

 銀シャリは日本人の魂である。

 今は異世界でエルフをやっているが、元日本人としてお米は欠かせない品だ。


 ……ところで、この異世界に米はあるのだろうか。急に不安になってきた。

 LAOにもあったし、きっと存在すると信じたいが……。


 ともあれ、これでご飯とアジフライが完成したので、いただくとしよう。


 なお、ちょっとだけ魚を釣りすぎた為、大量に作って余った分はロイド達に押し付ける事にした。

 『信者の状態把握』で大体の位置は把握できているので、前に村雨を送った時の感覚で大量のアジフライを送りつけてやったわ。

 まあ、神殿作れとか無茶振りした詫びのようなものだ。手下共と一緒に食うがいい。

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