第8話 なぜかは知らんが私が神だ
それは、俺が異世界に送られた時から一ヶ月くらい前。
俺がまだ、アルティリアというキャラクターを使ってMMORPG『ロストアルカディア・オンライン』をプレイしていた時の事だ。
「アルさんアルさん、暇なら島鯨一緒に行きません?」
そう声をかけてきたのは、クロノという名のプレイヤーだった。
そいつは銀髪に紫色の瞳をした、金属製のプレートメイルを着た重装備の少年で、俺と同じく海をメインの活動場所にしている海洋民だ。
この少年は元々、古参の超大型ギルド『アブソリュート』のサブマスターとして、最前線でエンドコンテンツのレイドボスを相手にバリバリ戦っていた、最強候補の一人として常に名前が上がる程のトッププレイヤーだったのだが、色々あってギルドが内部崩壊を起こして解散してしまった。その大手ギルドの解散騒動は、当時プレイヤーの間でかなり大きな話題になっていたのを覚えている。
聞くところによると、その内紛の原因の一端となったのがクロノだったそうな。
そんな事があって、彼はギルドの解散にかなり責任を感じており、当時は相当落ち込んで、LAOを引退する事も考えていたそうだ。
そんな感じに落ち込んでいた彼は、海岸で海を見ながら黄昏れていたのだが、そこをたまたま船で通りかかった俺達に見つかったのが運の尽きだった。
「ヘイ、そこのボーイ。随分シケたツラしてるじゃないの。やる事ねえなら俺らと一緒に釣りでもしようぜ!」
仲間の一人であり、我々海洋民が集うギルドを作った男、ギルドマスターの『うみきんぐ』――俺達はキングと呼んでいる――という男がそんな感じに声をかけ、半ば無理矢理船に乗せて釣り竿を持たせた結果、奴は釣りにハマった。
その後もキングを筆頭に、俺たち海洋民が頻繁に声をかけては造船や海上貿易、巨大怪獣討伐といった海洋コンテンツに誘い、沼に沈めていった結果、クロノはすっかり立派な海洋民に変身しており、後に俺たちのギルドに合流する事になった。
後から聞いた話によると、キングはクロノが落ち込んでいた事を別の友人から聞かされており、何とか元気づけようと思って探していた所で、たまたま彼が海の近くに居た為、これ幸いにと偶然を装って話しかけたらしい。面倒見の良い彼らしい話だ。
そのクロノだが、俺達に恩義や友情を感じているようで、よくこうして話しかけてきたり、狩りや冒険に誘ったりしてくる。
ギルドに所属してはいても、基本ソロで動く事が多い俺をわざわざ誘ってくれるあたり、元大手ギルドのサブマスターだっただけの事はあり、世話焼きでよく気が利く奴だ。
ところで彼が先ほど口にした島鯨とは、正式名称をアイランド・ホエールと言い、その名の通りに巨大な島ほどもある超大型モンスターである。
島鯨は週に一度、土曜日の深夜にのみ出現し、その出現場所は陸地から遠く離れた海のド真ん中である。
出現場所への移動はもちろん、討伐も船を使って行なう。プレイヤーが作る事の出来る大型船舶には大砲などの兵器を搭載する事が出来、沢山の大型船による一斉砲火で超巨大モンスターを攻撃する、海の目玉コンテンツの一つだ。
「あー島鯨か……最近行ってなかったし、たまには行くかな」
島鯨は出現する時間が決まっており、最近は他の予定があったりして時間が合わなくて、なかなか参加できていなかった。
今日は暇だし、参加するのもいいな。島鯨の討伐報酬は結構いいのが多いし。
という訳で、俺はクロノの誘いを了承し、彼とパーティーを組み、船で島鯨の出現する海域に向かった。
島鯨の出る場所までは遠く、俺達ご自慢の高性能船舶を使っても結構時間がかかる為、移動中は自動運転モードにして、ダラダラとチャットをしながら移動をする事が多い。
この日も同様に、クロノとボイスチャットで雑談をしながら移動をしていた。その際に、俺は以前から気になっていた事を、何気なくクロノに訊ねた。
「そういえばクロノさぁ、ちょっと聞きたい事あるんだけど」
「何です?」
「
EX職業、それは少し前から掲示板やSNSで話題になっていた物で、その存在だけは確認されていたものの、詳細や取得条件などは一切謎のままという物だった。
それについての様々な噂はあるが、どれも具体性や信憑性に欠けたもので、運営からの回答も一切ない。
色々と隠し要素の多いLAOらしく、これも何らかの厳しい条件をクリアしなければ出現しない物と思われるのだが……
元々、最前線でトッププレイヤーだったクロノなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。そんな軽い気持ちでした質問だったが、
「あー……まあアルさんになら教えてもいいか……。でも、これ絶対秘密にしといて下さいよ?」
「お?やっぱ何か知ってるのか?」
「知ってるというか……俺、持ってます。EX職業」
「おファッ!?」
クロノがウィンドウをPT共有モード(パーティーメンバーにも見えるようにした状態)にして、こちらに見せてくる。
――職業情報:クロノ――
合計Lv:152
【メイン】
【サブ・最上級職】
【サブ・上級職】
【サブ・下級職】
――――――――――――
ここまで見て、特におかしい所は無い。
クロノのメイン
サブの騎士・神官系も最大までキッチリ上げきっており、海賊系は最上級職の海賊王を上げている途中といったところか。
正直かなりの化け物である。複数の最上級職のレベルがここまで達したプレイヤーなど、そう多くはないだろう。
ちなみにこのLAOというゲーム、下級職と上級職はそれぞれレベル10、最上級職はレベル15まで上げる事ができ、メイン職業に選んだものはレベルの上限が+5される。
サブクラスの取得数に制限は無いが、クラス数が多ければ多いほど、新たに取得する際に必要な経験点の量が跳ね上がる事、そして合計レベルが高くなるほど、レベル上げが大変になる事から、極端に多くの職業を取得するとメリットよりもデメリットの方が大きくなる為、取得は慎重に行なう必要がある。
話を戻そう。
ここまで読み進めたクロノの職業情報におかしな点は見つからなかったが、問題はその先を読み進めた所にあった。
【EX職業】
「これか……取得条件は!?」
「メインクラスが槍使い系の最上級職Lv20、かつ合計Lv100以上。そしてブリューナクを装備してボスモンスターを100体以上撃破……です」
「あぁ……そりゃ参考にならんなぁ……」
ブリューナクとは、俺の持っている『水精霊王の羽衣』や『海神の三叉槍』と同じく神器に属するアイテムの名前だ。
だが神器と一口に言ってもピンキリで、先に挙げた俺が持っている二つは、神器の中では取得難易度・性能ともに中~中の上くらいの代物だ。
とはいえ、そのレベルでも手に入れるのは相当難しく、手間がかかるのだが。
対して、ブリューナクは神器の中でも最上位に位置する伝説の槍である。
その取得の為に必要なクエストの難易度や、かかる手間は常軌を逸したもので、定期的に運営チームが発表している『冒険者国勢調査』という名のデータ発表会で、数ヶ月前に明かされた情報によると……ブリューナクの所持者は、日本サーバーにひとりだけ。そしてアジア、北米、ヨーロッパのサーバーには未だ0人。
すなわちブリューナクという槍を持っている人間は――あくまで数ヶ月前に公開された情報による物だが――世界でたった一人、このクロノという名のプレイヤーのみという事だ。
ゆえに、俺にとってはその取得条件は一切参考にならない。
「EX職業はそんな風に、取得職業やレベル以外にも特殊な条件が必要で、むしろそちらの比重のほうが大きいと考えられます」
クロノが言うには、それ以外のEX職業を取得した人も、何らかの変わった条件を満たした事で取得した、という者ばかりらしい。
またEX職業は本来の職業とはレベルの上げ方も異なる。普通は経験点を消費してレベルを上げるのだが、EX職業の場合は職業毎に設定された条件を満たす事でレベルが上がっていく。
例えばクロノの『極光の槍騎士』の場合は、ブリューナクを使ってボスモンスターをソロで一定数倒すといった具合にだ。
「へー……例えばキングとかバルのは?」
「キングは航海時間や距離、バルさんのは船で倒した海洋モンスターや沈めた船の数……あっ!」
うっかり口を滑らせたのに気付いて、クロノが焦った様子を見せた。
「ほほーう!やっぱりあいつらも持ってやがったか!」
うみきんぐ(通称キング)とバルバロッサ。
同じギルドに所属する仲間であり、俺やクロノと共に海洋四天王とか呼ばれている、常に海にいるやべーやつらの筆頭で、俺の仲間にしてライバルだ。
最近の奴等の様子を見て薄々、何か持ってるんじゃないかと思ってはいたが、やはりそうだったか。
「あーあー、お前ら三人だけEX職業手に入れて、俺は除け者かよ」
「いやいや、そういうつもりでは。どうせそのうちアルさんも手に入れると思ってたから、わざわざ言わなかっただけですよ。その証拠に、聞かれたらすぐ教えたじゃないですか」
「本当かぁ?お前ら三人で俺を仲間外れにしてたり……」
「してないですから……あくまで俺の勘ですけど、アルさんもそう遠くない内に取れるでしょう」
「本当だな?嘘だったらサブキャラで巨乳エルフ作るんだぞ?」
「アルさんが他人に巨乳エルフのサブキャラを作らせようとするのは、いつもの事だからスルーしますが……アルさんみたいな変わった構成や遊び方してる人って滅多に見ないですし、EX職業ってそういう変わった事してる人の所に、よく出てくる印象があるんですよ。だからアルさんの所にも、必ず相応しいEX職業が現れるって、俺は思いますよ」
……そのクロノが言った台詞を、今になって俺は思い出していた。
と言う訳で、申し遅れたがアルティリアだ。
一週間くらい前にゲームをしていたら異世界に飛ばされ、しかもゲームで使っていたキャラクター、爆乳エルフの精霊使い、アルティリアの体になっていた俺は、無人島を拠点にサバイバル生活を送っている。
幸いアルティリアが使える魔法や技能はこちらでも問題なく使えるようで、水を自在に操れるおかげで飲料水や生活水には困らない為、それなりに快適に過ごせている。
だが、そんなある日の事、突然異常事態が発生したのだ。
今日の朝、テント(島に生えてた木や手持ちの素材で作った)の中で目を覚ましてしばらく経った時、頭の中に通知音と共にメッセージが流れ始めたのだ。
それだけなら、
「ああ、またロイドの奴が何か送ってきたのか」
と思う所だ。数日前に金貨を送ってきて以来、奴は毎日のように俺に金貨や物を送ってくる。
今回もそれだと思ったのだが、今日のそれはいつもとは違ったメッセージだった。
『EX職業を取得しました』
「……!? 職業ウィンドウ、開け!」
反射的にそう叫ぶと、目の前……何もない空中に、SF映画のようにウィンドウが表示された。
そこに書いてある情報は、よく見覚えのある、アルティリアの職業構成だ。
――職業情報:アルティリア――
合計Lv:148
【メイン】
【サブ・上級職】
【サブ・下級職】
―――――――――――――――
いつも通りの見慣れたスキル構成だ。
サブ職業を五系統取得しているので成長は遅いが、魔法を中心に物理や回復・補助も一通りこなせる万能スタイル。
この先は司祭を10まで上げた後に、最上位職を順次取得していく予定だった。
その一番下に、見慣れない表記があった。
【EX職業】
俺がそれを凝視すると、職業情報ウィンドウの隣にもう一つ、詳細を記したウィンドウが表示された。
『
EX職業。
習得条件:一定以上の信仰を集めること
成長条件:信者を増やし、更に信仰を集めること
詳細:
あなたは神である。
人々から集めた信仰は
FPを消費する事で、あなたは神としての格を高めたり、神としての新たな技能や人々に与える加護を習得したり、奇跡を起こす事ができる。
人々からの信仰を失った時、この職業は消滅する。
「なあクロノ……お前の言った通り、手に入ったよ……EX職業。けど、何がどうしてこうなったんだ……?」
突如、お前は神だと一方的に告げられた俺は、一体どうすればいいのだろうか。
なあ、教えてくれよクロノ。
「無敵のブリューナクで何とかして下さいよォーーーーッ!」
当然、異世界からヤツの元に届くはずもなく。
俺の助けを求める声は、どこまでも広がる大海原に空しく響き渡るのだった。
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