第4話 私の名はアルティリアだ

「あー……その、頭を上げて、楽にして下さい」


 俺は目の前でDOGEZAをする屈強な男達に対して、そう言った。

 俺の言葉に恐る恐る顔を上げ、こちらを見上げる彼らの目は、真剣そのものだ。

 そのまっすぐな視線を正面から受けて、俺は思った。


(さてはこいつら……俺にビビってるな!)


 無理もないだろう。巨大イカは俺にとっては大した事のない雑魚だったが、様子を見るに男達にとっては強敵だったのだろう。

 LAOでも初心者がうっかり強敵に遭遇してしまったのを上級者が助ける際に、つい必要以上の火力でオーバーキルしてしまうのは、稀によくある光景だ。MMORPGプレイヤーは皆、初心者に恰好良い所を見せたがるものなのだ。


 ところが現実でやるとドン引きされるらしい。俺は一つ賢くなった。


 だがとりあえず今は、目の前の男達だ。彼らはじっと俺の言葉を待っている様子なので、何か言ってやらねばならんのだが、生憎とここで気の利いた言葉がすらすらと出てくる程、俺は口が上手くない。


 いや、むしろコミュ障の部類である。

 初対面の集団とお話をするという行為は、ゲーム内のチャットを介してならば簡単に出来るのに、こうして生身でやるのは俺のような人間にとって、非常にハードルが高い事なのだ。情けない奴だと笑わば笑え。


「……まずは、その怪我を何とかしましょうか」


 俺はひとまず、傷ついた彼らを治療してやることにした。中には命に別状はないものの、重い怪我を負って倒れている者も複数いる。


「『癒しの雨ヒールレイン』」


 俺が魔法を発動させると、その効果によって男達の頭上にぽつぽつと雨が降り注ぐ。

 それに打たれた彼らの傷が、みるみるうちに回復していった。


 更にその間に俺は、技能『簡易修復インスタントリペア』を使い、彼らが乗る船を修復しておく。

 この技能は船舶や馬車などの乗り物の耐久値を回復させる効果を持つ。回復量はあまり多くないが、即座に発動する事が出来るので重宝されている。


「神よ……!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「女神様……」


 すると何故か、男達が再び俺を拝み始めた。


「えぇ……」


 まさか、これでもやり過ぎだったのだろうか。

 どちらもLAOではそこまで上位の技や魔法じゃないんだが。


「……それでは、私はこれで失礼します。気を付けてお帰りなさい」


 俺は誤魔化すようにしてそう口にすると、巨大イカの遺体から槍を引き抜き、水面に降り立った。

 この状況下で話を続ける勇気と、話を進めるトークスキルを俺は持っていない。

 ここは一時撤退だ。

 そう考えてこの場を立ち去ろうとした時だった。


「おっ、お待ちください!」


 彼らのリーダーであろう男が、踵を返した俺の背中に向かって叫んだ。

 おいやめろ馬鹿。何いきなり話しかけてきてるわけ?

 今すぐ水面ダッシュ(200km/hオーバー)で逃げ出したいのをぐっと堪えて、俺はその足を止めた。


「危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました!俺……いや、わたくしはロイド=アストレアと申します!小さく名も無い海賊団を率いる卑賎の身にて、大変ご無礼ながら伏してお願い申し上げます!何卒、貴女様のお名前をお教えいただけないでしょうか!」


 ロイドと名乗ったその海賊団の頭目の願いを聞いた俺は、彼に背を向けたまま答える。


「アルティリア。私の名は、アルティリアだ」


 俺は日本人男性としての名ではなく、この体の持ち主……LAOというゲームで長く愛用してきた、キャラクターの名前を名乗った。

 後にして思えば、この時、俺は無意識のうちに決めていたのかもしれない。

 『アルティリア』として生きて行く……という意志と覚悟を。


「アルティリア様……」


 と俺の名を呟く海賊達から逃げるように、俺は眼下に広がる海に飛び込んだ。

 そしてそのまま海底に向かって、猛スピードで海中を駆け抜ける。


「ああああああああああああ!やっちまったああああああ!」


 何が、私の名は、アルティリアだ(キリッ だ馬鹿野郎め。

 肝心の情報集めは完全に失敗したではないか。

 しかも、あれだけ強キャラムーブしておいて、すぐに戻って実は迷子なんです等と口にする事は断じて許されない。


 何故ならアルティリアの名を名乗ってしまった以上、俺は完璧にそのロールプレイをしなければならない。愛するキャラクターのイメージを壊すような事は、他の誰が許しても俺自身が許せんのだ。


「ええい、こうなったら自力で何とかするしかねぇ!とりあえず泳いで探検だ!」


 幸い泳ぎには自信がある。かくなる上はひたすら泳いで探索を進めるしかないと思い立ち、俺はひたすら泳ぎまくった。


 そうして数日にわたって海を泳ぎ、島を見つけては上陸して探索したり、魚を釣って料理をしたり――幸いな事に、水泳同様にアルティリアが持っていた、高レベルの釣りや料理といったスキルは、問題なく使う事が出来た――と、サバイバル生活を送っていた時だった。


 ポーン、という甲高い、聞き慣れた通知音が聞こえた。

 それと同時に、これまた飽きるくらいに目にしたメッセージが、突然目の前に表示されていた。


『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』


 一体どういう事だ。誰か説明してくれ。

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