第3話 ロイド=アストレアの転機 ※

 ロイド=アストレアの人生における転機は、三度あった。

 まず一度目は、六歳の時だ。

 実家の伯爵家が、父親の盛大なやらかし不正の露見によって没落した。

 母親と幼い弟、生まれたばかりの妹と共に、父親を見捨てて逃げ出した。


 二度目の転機は、二十歳の時だ。

 十六歳で軍に入ったロイドは徐々に頭角を現し、順調に出世街道に乗ろうとしていたが、有能な部下を妬み、疎ましがった上司に横領の濡れ衣を着せられた。

 ロイドは軍を追い出された。

 友人や同僚、結婚を約束していた女までもが掌を返し、ロイドを罵った。

 ロイドを信じてくれたのは、家族とごく少数の理解者だけであった。

 やはりあの男の息子か、血は争えんな。

 元上官が口にした嘲りの言葉が、ロイドの心臓を抉った。


 それから、ロイドは海賊になった。

 軍を不名誉な理由で追い出された男に、他に行く場所など無かったからだ。

 似たような境遇の荒くれ者達を束ねて、軍人時代のノウハウを活かして海賊団を結成した。


 彼の海賊団は規模こそ小さいが、他の大規模な海賊団が討伐されても、しぶとく生き延び続けていた。

 過去の苦い経験から、出る杭は打たれるという事をロイドは学んでいた為、やり過ぎないように、目立たないようにする事を心がけていたからだ。

 奪う時も全部は奪うな。殺しはなるべく避けろ。手を出す相手は選び、恨みを買い過ぎないように。

 そうした方針もあって多額の賞金をかけられる事もなく、時々やってくる賞金稼ぎを返り討ちにしたり、商船から通行料と称して多少の金を巻き上げたり、海に生息するモンスターを退治し、それらが落とす品を売却したりしながら、ロイドとその部下達は細々と生き残っていた。


 だがある日、ロイドが二十六歳の時に、三度目の転機がやってきた。

 航海中に、クラーケンと遭遇したのだ。

 クラーケンは巨大なイカの怪物であり、B級に分類される危険極まりないモンスターだ。

 B級モンスターは単体で小さな町一つを壊滅させられる程の戦力を持ち、出現が認められた場合、軍や騎士団の精鋭部隊や、最上級冒険者の一団が緊急出撃する程の事態になる。


 そんな化け物を相手に、小さな海賊団にどうしろと言うのか。


「畜生っ!なんでこんな化け物が!?この海域には大した魔物は出てこない筈だろ!?」


「言ってる場合か!さっさと逃げるぞ!」


 当然のように逃げる事を選んだ海賊達だったが、その目論見はあっさりと打ち砕かれる。

 クラーケンの触手による攻撃で、あっさりと船が半壊し、四人の部下が倒れた。

 もはや逃げられぬと悟ったロイドは部下達を率いて応戦し、彼らはよく戦った。しかし彼我の戦力差はあまりにも大きく、一人、また一人と呆気なく倒されていく。


「嫌だ……!死にたくねえ!死にたくねえよぉ!」


「神様……!お助け下さい……!」


 迫り来る死の恐怖に怯え、神に縋る部下の声を聞いたロイドの心に湧きあがった感情は、怒りであった。


(何が神だ……!神なんて、この世にいるものかよ……!今まで俺がどれだけ辛い目にあっても、助けてくれなかった神なんかに、祈ってなんかやるものか……!)


 ロイドは憤怒の宿った目で、今まさに触手を振り下ろそうとするクラーケンを睨みつける。

 恐怖は勿論ある。だが飲まれるものかと下腹に力を入れ、せめて一矢報いてくれようと、サーベルを力強く握った、その時だった。


 奇跡が起きた。

 突如、凄まじい流水がクラーケンの横っ面を殴り倒し、その巨体を吹き飛ばしたのだ。

 そして、その直後に空から流星が降ってきた。

 いや、それはよく見れば星ではなかった。落ちてきたのは、まばゆい輝きを放つ、穂先が三叉に分かれた一本の槍だ。

 軍に居た時も、これほどの見事な武器は見た事が無い。人の手によって造られた物とは隔絶したオーラを放つそれに、ロイド達は目を奪われた。


 だが、その後目にしたものは、それ以上の衝撃をロイド達に与えた。

 天空より、一人の女性が降り立ったのだ。

 青い髪と瞳、特徴的な長く、尖った耳を持ち、はちきれんばかりに豊満で扇情的な肢体を申し訳程度の布で隠し、その上に薄い透明な衣を羽織った美女であった。


 その人間離れした容姿と存在感。そして輝ける槍と共に天空より降り立ち、あれほど強大な魔物をあっさりと屠ってみせた力。

 間違いない。この御方は……!


「女神様……!」


 無意識のうちに、ロイドは跪いていた。部下の海賊達も同様だ。


 三度目の転機。

 ロイドは女神に出会い、絶体絶命の危機から救われた。

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