第2話 じゃあ俺、水の上走るから。時速250kmで

 さて、そんな訳でここに至るまでの経緯や、何故かプレイヤーである自分が中に入ってしまった我がメインキャラ、アルティリアについて思いを馳せていた俺だったが、これからどう行動するべきかを考える事にした。


 だがその前に、まずは自分に何が出来るかを確認する必要がある。


「まずは……『水の創造クリエイトウォーター』」


 右手を前に突き出し、掌を上に向けた状態で、アルティリアが習得している魔法の名を口にした。

 すると、掌から数センチ上。空中にサッカーボールくらいの水の塊が出現する。


「おおっ!本当に出た!」


 出現したそれを見て、驚いたり喜んだり、念じる事で水球を自由に動かせる事を確認したりしていると、ふと喉の渇きを覚えた為、出した水を手で掬って口に運んでみる。


「うっま……」


 美味しい水だった事に、ひとまず安心する。周りに海しか無い為、これが塩水だったりしたら早々に詰んでいたかもしれない。

 それと俺が出した水は、地球で飲んだどの水よりも美味かった。なんというか非常にすっきりとした高級感がある。


「アイテムはどうだ……?アイテム……アイテム出ろ……」


 そう念じると、目の前に小さな布製の袋が出現した。早速、その袋を開けてみると……


「おっ、全部入ってんじゃん」


 メイン武器にサブ武器、回復アイテムにモンスターのドロップ品など、自分の記憶にあるアルティリアの所持品が、全てその中に入っていた。

 明らかに袋の大きさより中身の体積のほうが大きいのだが、そこは何でも入る魔法の袋的な物なのかもしれない。


 だが残念ながら、倉庫に預けてあるアイテムはいくら念じても取り出す事が出来ないようだった。

 また、お金も取り出す事が出来ない。すなわち一文無しである。


「後は……船はどうだ?」


 アルティリアは海で活動し、滅多に陸に上がらない為、当然のように船にも力を入れていた。

 海洋四天王と呼ばれる四人のプレイヤーの内、船の強化改造に全てを賭けた海戦ガチ勢のキャプテン・バルバロッサや、巨大船団を率いて海を渡り、巨大海洋生物狩りや大陸間貿易で巨万の富を稼ぐ海上王、うみきんぐといった頭のおかしい連中が持つ船に比べれば見劣りはするものの、俺の持つ船も最高クラスの大型船である。

 ちなみにこの俺、アルティリアは海洋四天王の中では一番の小物であり、四人の中では最も控えめで邪悪ではないほうだ。他の連中がトチ狂いすぎているとも言える。


「いでよ!グレートエルフ号!」


 バッ!と右手を海に向かって掲げてそう叫ぶと、海上に巨大な船が出現した。

 グレートエルフ号はガレオン船のようなデザインの純白の巨船であり、舳先に取り付けられている船首像は、エルフ耳の女神像である。

 イヤッホォォォォウ!やっぱり俺のグレートエルフ号は最高だぜぇ!


 しかし残念ながら、雇っていたNPCの船員達は全員、その姿が見えない。

 どうやら持ってこれたのは船だけのようで、船員が居ないと船を動かす事は難しそうだ。

 一応、魔法を使って動かす事も出来なくはないが……自分一人しか居ない状態で、わざわざ船を動かすのも非効率であり、見知らぬ土地では整備も出来なさそうなので、遺憾ながら船は仕舞う事にした。


「はぁ……収納」


 溜め息をつきながら消えるように念じると、我がグレートエルフ号はその勇姿を消した。


「さーて……これからどうするか」


 とりあえず魔法が使え、持ち物も取り出せるので一先ずは安心といったところか。

 しかし何故、自分がアルティリアの姿で見知らぬ無人島に居るのかはサッパリ分からないし、その理由を探るための手掛かりも無い。

 ついでに周り一面、海しか無いので何処に行けばいいのかすら分からない状態だ。


「はー………………とりあえずおっぱいでも揉むか」


 真面目に考え事をしていた反動か、俺は自分の胸部にたわわに実った巨大な膨らみに手を伸ばし、揉んでみるという頭の悪い行動に出た。


 LAOは豊富で自由度の高いキャラクターメイキングが可能な素晴らしいオンラインゲームだが、残念ながら女性キャラクターの乳!尻!ふともも!のサイズは最大まで盛ってもせいぜい普通の巨乳(E~Fカップくらいか?)くらいまでしか盛れず、俺を含めたむちむちおっぱい好きな紳士一同は悲しみに包まれた。

 だがそこで終わらないのが頭のおかしい馬鹿集団ことLAOプレイヤーである。

 運営ェ!もっと盛らせろォ!とGMゲームマスターに直訴する俺達に対して、奴等はこう言った。


「えー……じゃあ、経験点とゴールド払えばいいよ。結構高いけどね」


 運営も大概頭おかしい(褒め言葉)。


 言うまでもなく経験点は職業レベルの上昇やサブ職業の取得といったキャラクターの強化に必要であり、ゴールドもまた装備の購入や強化に必要不可欠である。

 決して少なくはない量のそれらを払ってでもやりたいなら、どうぞ。


 その運営からの挑戦に対して、俺は迷わず支払った。

 これによって我がメインキャラであるアルティリアは一ヶ月くらいかけて海底神殿で稼ぎまくった経験点とお金を犠牲に、メートル級の爆乳(推定Jカップ)と、細くくびれた腰との落差が物凄い巨尻、むちむちの太ももを手にしたドスケベエルフと化したのであった。

 我ながら実に馬鹿な事をしたとは思っているが、後悔はしていない。


 そんな(無駄な)努力の結晶である胸を鷲掴みにして揉む。

 すっげえ柔らかい。が、適度な硬さや張り、弾力があり、柔肉に沈もうとする指を押し返してくる。

 素晴らしい。これで自分に付いているのでなければ最高なのだが、しかし自分に付いているからこそ自由に揉む事ができるというジレンマ。


 そんな益体の無い事を考えていた時だった。


「……何だ?戦闘の音……か?」


 アルティリアの長く尖ったエルフ耳は優れた聴力を持っているようで、遠く離れた場所から発せられる音を敏感に聴き取った。

 それは怒号や悲鳴、大砲の発射音や爆発音、打撃音といった様々な音が入り混じった物だったが、それらを総合的に判断すると、何者かが戦闘を行なっているのだと分かる。


「……見に行ってみるか」


 どうせこのまま、この無人島に居たところで何かが進展する訳でもなし。

 何か、この世界を知る切っ掛けになるかもしれないと思い、俺は音がした方へと向かう事にした。


「『海渡り』」


 俺はアルティリアが持つ技能アビリティを発動させた。


 ・海渡り

  自分自身が対象。効果発動中、MPを消費し続ける。

  水の上を歩く事ができるようになる。その速度は泳ぎ速度と同等である。

  MPが0になった時、自動的に効果は解除される。


 本来はこのようにMPを消費し続け、通常であれば陸地よりも大幅に遅くなる泳ぎ速度と同じで、ゆっくりと歩く事しか出来ない、あまり使い勝手の良くない技能。それが海渡りに対する一般的な評価だったが、俺にとっては違う。

 水中特化型であるアルティリアの泳ぎ速度は、歩く速度の数十倍である。そして神器『水精霊王の羽衣』をはじめとした装備の効果によって、水属性の魔法や技能の消費MP量は大幅に抑えられている。

 これによって俺は地上であっても水がある場所ならば、超高速で走り回りながらの魔法戦が出来るようになった。まさに神技能である。


「行くぜ!」


 まるでアイススケートのように、俺の足は波を切り裂きながら海面を滑る。その速度は時速にしておよそ250km。


「まだだ!もっと速く!」


 走りながら、俺は移動速度上昇や、泳ぎ速度上昇の効果を持つ魔法や技能を次々と発動し、更に加速する。爆乳を揺らしながら疾走するエルフに軽々と追い抜かれる魚や鳥達は、果たして何を思うのか。


「見えたっ!」


 やがて、俺の目がそれを捉える。アルティリアの体になった事で、聴力のみならず視力を含めた様々な感覚や身体能力も、軒並み強化されているようだ。


 戦闘を行なっていたのは、片方は船と、それに乗る人間だった。頭に黒い布を巻き、粗末な服装をした十数人の男達だ。彼らの手には曲刀や短剣、マスケット銃のような長銃が握られている。

 一方、そんな彼らと敵対しているのは、巨大な怪物だった。

 その正体は、馬鹿みたいに大きいイカだった。十本の長い、うねうねした足を持った、男達が乗る船よりも巨大な体躯を持つ化け物イカだ。

 どうやら男達の乗る船が、このイカに襲われているようで、だいぶ劣勢の様子だ。船のマストはへし折られ、甲板には既に何人かの男達が倒れている。

 そして今まさに、巨大イカの太く、長い足が船に向かって振り下ろされようとしている。


「『激流衝アクア・ストリーム』!」


 だがその前に、俺が魔法を発動してそれを妨害する。

 俺の指先から放たれた水の奔流が、イカの体に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。

 横倒しになり、飛沫を上げながらブッ倒れ、海面に浮かぶイカだったが、どうやらまだ元気なようで、足をぐねぐねと激しく動かして暴れている。大した生命力だ。


 では、トドメを刺してやるとしよう。

 俺は水面を蹴り、空高く跳躍した。そして、道具袋から愛用しているメイン武器を取り出し、力強く握った。


 それは、一本の槍だった。

 その名も『海神の三叉槍トライデント・オブ・ネプチューン』。

 水精霊王の羽衣の他に、俺が持つもう一つの神器だ。

 LAOにおいて、海神の課す厳しい試練を全て乗り越えた者にのみ下賜される、最強クラスの槍のひとつである。


 アルティリアが魔法キャラだと言ったな。あれは嘘だ。

 いや、まるっきり嘘という訳ではない。メインクラスは魔法職だし、魔法を中心に戦うスタイルである事は間違いない。

 だが、俺のアルティリアは物理もかなり強い。サブクラスに槍使いランサー系の上級職の槍聖ランスマスターや、魔術師マジシャン系の上級職、魔法戦士マージファイターを習得しているし、本職の戦士ほどではないものの、前衛でそれなりに戦える程度の戦闘力は持ち合わせているのだ。


「とうっ」


 落下速度を大幅に軽減する技能『空歩きスカイウォーク』を使って滞空しながら、上空から巨大イカの巨体目掛けて、槍を投擲する。

 放たれた槍はまっすぐにイカの胴体に深々と突き刺さり、甲高い断末魔を上げさせた。


 そして俺は、垂直に突き刺さった槍の柄尻に、ゆっくりと着地した。その状態で長い髪をかき上げ、ドヤ顔で決めポーズを取りながら、そういえば襲われてる連中が居たなと思い出し、そちらに目線を向けるのだった。


 ……あれ?なんでこいつら俺に向かって土下座してんの?

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