第5話 そんな装備で大丈夫か?
『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』
LAOにおいて、他のプレイヤーからトレードを持ち掛けられた場合、このように音とシステムメッセージによる通知がなされ、取引を受けるか否かの選択を迫られる。
トレードとは、プレイヤー間でのアイテムおよび金銭の交換や取引の事を指す。
MMORPGにおいて、トレードは日常的に行なわれている行為だ。
キャラクターの構成やプレイスタイルが千差万別である以上、誰かにとっては不要なアイテムが、他の誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい物だという事は、現実世界においてもよくある話だろう。
当然、俺も目当てのアイテムを購入したり、逆に希少で高性能ではあるが、自分には使えないアイテムを売却する為に、トレードは日常的に利用してきた。このシステムメッセージも見慣れたものである。
問題は、なぜ異世界に来てまでそれが目の前に現れるのかという事だ。
しかもトレードというのは通常、直接アイテムや金銭をやり取りする為、近距離で行なうものだ。
だが現在、俺の視認できる範囲内にロイドの姿はない。なのにトレード要請が来るとは、一体これはどうした事だ。
俺が知る限り、LAOには遠隔で他のプレイヤーとトレードを行なう機能や、それを可能にする技能・アイテム等は存在しない筈だ。
ならばこれは、この世界特有の物なのか?
仮にそうだとして、それは誰でも使えるような一般的な物なのか?
疑問は尽きないが、その答えを今すぐ出す事は不可能だろう。
ならば、ひとまずはこの取引を受けてみようと思う。そこから何か見えるものがあるかもしれない。
それに何より、正当な理由なしに取引を拒否したり、相手を待たせるような事はしたくない。
「トレードを受ける」
俺はそう口にして、取引を受諾する意志を示す。
すると、突然俺の目の前で、地面に水溜まりが発生した。
「何だ、これ……?」
明らかに自然に出来たものではない。まるで魔法や超能力でも使って出したような不自然さだ。新手のスタンド使いか?
訝しみながらその水溜まりを眺めていると、やがてその中から何かが浮かび上がってきた。
見れば、それは袋だ。中にはぎっしりと何かが詰まっているようだ。
手に取ってみれば、見た目通りにずっしりと重い。
果たしてその中身は何かと、口を縛っている紐を解いてみれば、中に入っているのはピカピカに輝く金貨だった。それが、およそ二万枚。
「これは……この世界の通貨か?」
果たしてこれが、どの程度の値段になるは分からないが、わざわざ送ってきたのだ。それなりに価値のあるものなのだろう。
恐らく、数日前に彼らを助けた事に対する謝礼のつもりなのだろうな。
一体どうやってこれを送ってきたかは全く見当も付かないが、殊勝な心掛けだ。今度会ったら優しくしてやろう。
しかし、初心者を助けるのは上級者の義務である。
それでいちいち謝礼を貰うのも逆に申し訳ない気持ちになるので、こちらからも何か送ってやろうと俺は思った。
「さて、何を送るべきか……」
俺はロイドから送られた金貨袋を横にどかして、自分のアイテム袋を取り出して、その中身を物色する。
そうしながら、彼らの事を思い出した。
思えば、彼らがあの巨大イカ程度の敵に苦戦していた理由は、装備の質が低い事が大きな原因の一つではないだろうか。
彼らの持つ装備は、かなり粗末なものだった。
「そんな装備で大丈夫か?」
大丈夫じゃない、問題だ。
正直、俺に対する謝礼なんかよりも前に、自分達の装備や船を強化するべきだと思ったが……彼らはあえて、律儀にも俺に対する感謝の気持ちを形にする事を優先したのだろう。大した奴等だ。
ならば、俺もその心意気に応えなければなるまい。
「おっ、丁度いいのがあるじゃないの」
俺はアイテム袋の中から、一つのアイテムを発見し、それを取り出した。
それは、一振りの日本刀だった。
銘は『村雨』で、海底神殿の第七層に出現するモンスター、ギルマン・エリートウォーリア(刀)というモンスターの
その性能は俺の持つ神器『海神の三叉槍』に比べれば流石に大きく劣るが、高難易度エリアのモンスターが落とすレアドロ品だけあって、なかなか悪くないものだ。
攻撃時に水属性のダメージを追加で与える等の有用な特殊効果が複数付いており、刀使いが水属性に弱いモンスターと戦う時に便利な品だな。
現状、海底神殿の最下層でしか入手できない事もあって、なかなか良い値段が付いている為、後で売ろうと思って取っておいた品だが……
どういうわけか異世界に来てしまった以上、売る事は出来ないし、俺のメインウェポンは槍なので無用の長物である。よって、あげてしまっても何も問題はない。
あの男、ロイドは確かサーベルみたいな曲刀を持っていたし、日本刀も問題なく使えるだろう、多分。
と言う訳でロイド君、この村雨を君にあげましょう。
俺は村雨を手に取ると、それをロイドの元に送るように気合を入れて念じた。
あいつが遠く離れた場所から金を送ってきたのだ、俺に出来ない訳があろうか。いいや無い(反語)。
すると、村雨が眩い光を放ち、俺の手の中から消え去った。
俺にはそれが、ロイドの元に送られたという事が直感的に理解できた。
「よしよし。どうやらこの世界では遠隔トレードが出来るみたいだな。実に便利で大変結構!」
俺は満足そうに頷くと、ロイドから送られてきた金貨をアイテム袋へと大事に収納するのだった。
「しかし金を貰ったのは良いが、無人島じゃ使い道が無いな……」
いい加減に、そろそろ人の居る場所を目指すのも良いかもしれない。
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