恋愛物語が大好きな魔王、転生したら恋愛が奥手な女子高生に毎日じれじれさせられます

ゆうき@呪われ令嬢第二巻発売中!

魔王と勇者

「魔王、お前は私の命に代えてでも……必ず滅ぼしてくれる!」


 魔王たる我の玉座がある部屋にて、我の前に立つ一人の小娘が、手に持つ白銀の剣先を向けながら、勇ましく豪語する。


 全く以って忌々しい小娘だ……我は全知全能の魔王。世界を守る神々を滅ぼし、この世の全てを闇と絶望に染め上げる存在というのに、何たる狼藉だ。


 このどこからか現れた小娘勇者、見た目はただの人間だが、こやつに我が魔王軍は悉く倒され、挙句の果てに我も滅ぼされようとしている。


 小娘との戦いの中で、我が身を覆う黒のローブは小娘の剣に切り刻まれ、自慢の太い二本の角が折られてしまった。


 このローブ……特注品なのだぞ! それにこの角も毎日欠かさず手入れをしている我のチャームポイントだというのに! この角がないと、普通の人間に間違えられてしまうのじゃ! しかも自慢の艶のある肌と、背中まで伸びる黒髪も思いきり乱れてしまった!


 あああああ忌々しい! 我の美意識まで破壊しおって! この小娘だけは万死に値する!


 ……とはいえ、殺したいのは山々だが、我の魔力もそろそろ底をつきそうだ。体も言う事を聞かんし、意識も朦朧としてきておる。


 だが、この勇者だけは必ず殺す……そうでなくては我の気が収まらん! それに、我には奥の手が……転生魔法がある! この勇者を殺し、我は新たに生まれ変わり、今度こそ世界を闇と絶望で支配してやろう。


 そして恋愛物語や愛らしいものを、全て我が手中に収めてくれようではないか! フハハハハハ!!


「勇者よ、認めたくはないが、どうやら貴様の方が我より強いようだ……だが、我はタダでは死なん! 貴様も道連れにしてくれるわ!!」


 我は全ての魔力を己の体の一点に集中させる。


 我の最強魔法——己の魔力を全てを使い、辺り全てを破壊する自爆魔法。


 その名が示す通り、これを使ってしまえば我はこの世から消えてなくなる。だが、恐らくこのまま戦っても我は滅び、小娘の一人勝ちになってしまうだろう。


 そんな時のための自爆魔法よ! この小娘には、転生魔法のような高等魔法が使えるはずもない! 人間は死ねばもう復活することは無い!


 フハハハハ! 正に我の一人勝ちではないか!! 我は天才じゃ!!


「さ、させない!」


「残念だがもう遅い! さらばだ勇者よ! 我と共に爆ぜるがいい!!」


 我は高笑いをしながら、自爆魔法を発動させる。


 すると、我が魔王城を含め、辺り一帯は全て自爆魔法に巻き込まれ、跡形も無く吹き飛んでいった。


 愛しい我が地が消えていく様を見るのは心苦しいが……もう家臣たちは誰もいない……そう思うと、些か気が楽になるというものだ。


 さあ、転生魔法も無事に発動した! 新たな世界ではどのような者がいるのか、そしてどのように闇と絶望に染め上げてくれようか……今から楽しみで仕方ないのう!



 ****



 次に我が目を開けると、そこはこじんまりとした部屋だった――意識があるという事は、転生は成功したようじゃな。


 それにしても、なんだこの小さな部屋は? こんな小さな部屋では我の威厳が丸つぶれではないか! あと数百倍の広さを所望する!


 まあ今は部屋の事はよい……とりあえずは現状の整理から始めようではないか。


 正確な時刻は不明だが、どうやら朝の様だな……窓からは朝の陽ざしが布越しに部屋を明るく照らしておる。


 我はこのような眩い光は好きでは無いからやや鬱陶しくはあるが、仕方がない。


 部屋の中には机や薄い箱のような物が置いてあるが……なんだこれは? よく見ると、絵を飾る額縁に似ていなくもないか。


 他には、人間の体ならすべてを映せそうな大きな鏡が置いてある。


 どれ、我の美貌でも映して見せるかと思い、鏡の前に立ってみたが、何故か我の麗しき姿は鏡に映らない。


 どうなっておるのだ? ひょっとすると……我の美しさゆえに、鏡が照れて映せないという事か!


 まあそんな冗談は置いておいて……どうやらこの転生、失敗したような気がしてきたぞ。


 他に何かないかと辺りを見渡すと、人間が使う寝具……確か……ベッドとかいうものが置いてあり、一人の娘が安らかな寝息を立てていた。


 寝ている状態ではイマイチわかりにくいが、明るい茶髪の娘だ。


 ほう、寝顔では判別しにくいが、なかなか愛い娘ではないか! ややあの小娘勇者に似ているのはむかっ腹が立つが、そこは置いておこうではないか。


 寛容な我に感謝するがよいぞ!


 いや待て、よくよく考えてみると、何かおかしくはなかろうか? 我、転生したのだぞ? 何故このような人間の前にいるのだ? やはり転生失敗?


 それか……もしかして転生先がこの部屋で、突然我がここに現れたということか? なんてことだ……もっとかっこよく転生する予定だったのに、計画が破綻したではないか! 許すまじ!


 しかし、転生自体は成功したと仮定しても、鏡に映らないのは説明がつかん……どうなっておる?


「う~~~ん……」


 ピピピと、何処からか甲高い音が部屋の中に鳴り響く。


 どうやら枕元に置いてある、四角くて薄い箱のような物から音が出ているようだ……この世界では、この薄いのが流行っておるのか? 異世界って不思議だ!


「ふぁ~~~~……あ……??」


 ベッドに寝ていた娘は、寝ぼけ眼で、我の立っている部屋の真ん中をジーっと見つめる。


 目は二重でパッチリした黒目で、先程確認した明るい茶髪は、肩より少し長いくらいだ。小柄ながらも出るところは出て引っ込む所は引っ込む、何とも理想的な体だ。


 うむ、全体的に顔も体も整っていて合格点だ! 我の家臣にしても良いと思える美貌だ。ややチビなのが難点だが、まあそこには目を瞑ろうではないか。


 う~ん我の心が広すぎて自分でも驚いてしまうわ!!


「……ん??」


 娘は突然目を見開き、何度か目をゴシゴシすると、もう一度我の居る所を見る――そんなにジロジロ見るとは、何とも不敬な人間だ。


「お……お……」


 お……? 何を言っているのだこの娘は?


「おばけええええ!! 綺麗なお姉さんのお化けがああああああ!!???」


 娘はまるで我に睨まれた下級魔族のように、その場から一目散に逃げだしてしまった。


「誰がおばけじゃ!!」


「いやああああ声まで聞こえるううううう!!!!」


 な、なんじゃこの失礼な娘は! き、綺麗って言われたのは悪い気はせんが……我のことをおばけじゃと!? 我は魔王ぞ! あっいや……転生したから元魔王か?


 そんなことは今はどうでもいい! おばけと言った事を撤回させねば、我の魔王としての誇りが許さぬ!


 我はふわふわと浮かび上がると、娘の後を追って部屋を出た。


 声はどうやら下の方から聞こえてくるな――この部屋は二階にあるということか。


 声のする部屋の中に入ると、そこには先程の娘が、一人の女と会話をしていた。


 この女は娘の母親か? どこか娘の面影を感じる美しき女だ……うむ、美しき者は歳をとっても良いものだ。


「朝早くからどうしたのよ優奈ゆうな?」


「お、おか、お母さん! 部屋におばけが……!!」


「失礼な娘よ、我はおばけではない!!」


 我は娘の隣に移動しながら反論をするが、娘は顔を青ざめさせ、震えながら我の事を見つめている……一方母親の方は、なにやらキョトンとした表情を浮かべておる。


「きゃあああ!! ほ、ほらお母さんここにおばけがああああ!! なんか喋ってるしいいいいい!!?」


「何を言ってるのよ優奈? なにもいないじゃない……寝ぼけてるんじゃない?」


「え……こ、ここに半透明のお姉さんが立ってるでしょ!? すらっとした格好で、胸がすごく大きくて、腰くらいまでの長い綺麗な黒髪で、顔もシュッとしてて綺麗で……えっと、えっと……」


 ほう、娘は優奈というのか……我の美貌を必死に言葉で伝えようにも、我の美貌が、そのような拙い言葉で表現できるはずもなかろう!


 それにしてもこの娘、名前の音が勇者に近いうえ、姿も奴にどことなく似ているのが、我としては非常にストレスになる! 今思い出しても忌々しい!


 まあそれはおいていて。どうやら母親には我の美しき肉体が見えておらんようだ……という事は、優奈にしか我の事は見えんという事か? さすがにそう思うのは早計かのう。


「うー……本当なのにぃ……」


「大丈夫……? もしかして何か悩みでもあるの? お母さん話聞くわよ?」


「ううん、大丈夫……部屋に戻るね……」


 優奈はとぼとぼと部屋へと戻っていく――なんだか見ていて不憫に思えてきてしまった。


 我は世界を闇で覆い、絶望に染め上げるのが存在意義だが、美しき者や愛らしい者にはやや弱い。そういう者たちを我が手元に置いて愛でるのが趣味の一つなものでな。


 勇者だけは、愛らしくても別枠じゃがな!!


 さて、これ以上怖がらせるのもあれだが……とはいえ、我があの娘の部屋に転生したのも、きっと何か理由があるのだろう。


 そう思い、我は優奈の部屋へと入ると、先に戻ってきていた優奈は、ビクンっと体を強張らせながら、怯えた目つきで我の顔を見つめていた。


「うう……やっぱり見えるよぅ……」


「これ、我は別に貴様を食ったりするわけではない」


「ほ、本当……? って……あれ? よく見ると、どこかで見たことある顔……」


 今まで怯えていた優奈だったが、突然我の顔をじっと見始める――なんだ、我の美しさに見惚れてしまっているのか? まあそれも仕方のないことよな。


 そう思っていると、優奈は我にとって驚愕の一言を放つ。


「あ……あ……!!」


「む?」


「ま、魔王がなんでここにいるのおおおおお!??」


 何故かこの優奈という娘は、我の正体を見事に的中させるのであった――



 ****



 我の正体を的中させてから少し経った頃、勢いよく部屋に入ってきた母親をなだめ終えた優奈は、仁王立ちする我と対峙していた。


 優奈が言うには、自分は我と死闘を繰り広げた勇者が転生した存在らしい。


 もともとこのチキュウに存在するニホンという国の子供だったが、不慮の事故で死んでしまった後、死後の世界で我と対立していた女神に導かれ、勇者として我のいた世界に転生したようだ。


 転生する際、役目を終えたら元の世界に戻る約束をしていたそうだ。そして相打ちになったとはいえ、役目を遂行した優奈は、新たに元の世界に生まれたとのこと。


 転生ということで、我と戦った時の記憶は持っているとのことらしい。だから我の正体に気づいたということか。


 そして優奈が転生した一七年後の今になって、何の因果かは知らぬが、我は勇者が転生した存在の部屋に現れた。何故十七年も時間がずれていたのかは不明じゃ。


 しかも優奈以外には見えないうえ、我はとある問題も抱えてしまった。


 どうやら転生先が優奈だったようなのだが、勇者の力が残っていたのか、転生を防がれてしまったようだ。


 こんな元勇者と一緒にいたくない我は、試しに家を出て適当にその辺りを飛んでみたが、我の体は何故か優奈のそばに引っ張られるように戻されてしまっていた……この結果から、我は優奈から離れられない、おばけのような存在になってしまったということが分かった。


 検証結果から考えると、我は中途半端に転生をし、優奈に結びついてしまったということだろうな。防ぐなら完全に防がんか! その方がこんな縛りなど、関係なかったというのに!


 はあ……なんということだ……この体には魔力も感じない上、動きもほぼ抑制されてしまっている! これでは世界を絶望に染め上げることなど、不可能ではないか!


 ちなみにだが、文字を読んだりすることや、優奈以外の人間の言葉を理解することは問題なくできるようだ……転生魔法って不思議じゃのう!


「うう……せっかく平和な世界に戻ってこれたのにぃ……」


 我よりも、ベッドの上の優奈の方が、明らかにしょんぼりとしていた。この娘は……本当にあの勇者の転生した存在なのか? あまりにも弱々しすぎて、正直信じられんぞ。


「貴様、我と対峙した時はもっと勇ましかったではないか」


「だ、だってあの時は必死で……世界を守るためには威厳も必要だって思ってて……」


 随分と真面目な娘だ。だからこそ神に選ばれたのかもしれんな。


 それよりもだ。転生を防がれてしまったとはいえ、我は優奈と結びつけられてしまっている……そして、我の美しき体はおばけみたいになっている……ならば、あれができるかもしれん。


「優奈よ、我は一つ試したいことがある」


「な、なに……きゃっ!」


 我は優奈に手を伸ばすと、その手は優奈の程よく大きく、そして形の良い胸にめり込んでいくように、だんだんと見えなくなっていく。


 もちろん本当にめり込ませている訳ではないぞ? あくまで見かけ上、そのように見えるだけだ。


 すると、一瞬だけ目の前が何も見えなくなる――直ぐに視界が戻ると、先程とは少しだけ違うものが見えていた。


「うむ、成功だ!」


(え、え? どうなっているの??)


 我の体はその場から消え、代わりに我の思い通りに優奈の体が動き、声も出せるようになっていた。


 やはりか……転生魔法で完全に優奈という存在を我の人格で上書きするのには失敗はしていたが、中途半端に繋がっていることで、優奈の体を乗っ取ることは可能ということか!


 うむ、細かい理屈はわからん! 転生魔法って不思議じゃな!


(私の体返してよぉ……!)


 頭の中には、優奈の情けない声が響いている。どうやら優奈の意識は完全には無くなるわけではないようだな。


 とりあえず生身の体を手に入れたという事で、生前と同じように魔法を唱えてみるが、魔法はどれも使うことはできなかった。当然のように、ブレスをはくこともできない。そもそも実体を持っても、魔力を一切感じないのだ。


 これでは我が悲願を達成するのは到底不可能ではないか……こんな中途半端な転生をするくらいなら、しない方がましだったのではないか?


 そんなことをうんうん考えていると、我は優奈の体から追い出され、元のおばけへと強制的に戻されてしまった。


「ぬおっ、優奈! 貴様何をした!」


「な、何もしてないよ! でもよかったぁ……」


 優奈はホッと安堵の息を漏らしておった。


 やれやれ、どうやら時間で換算すると、数分で強制的に我の支配下から抜け出てしまうということか……これも勇者の力ということなのか?


「これではどうしようもないではないか……」


「もうこれに懲りたら、悪いことなんてやめるんだよっ!」


 ビシッと優奈は人差し指を我に向けながらそう言い切る。


 ぐぬぬ……悔しいが、今の我にはどうしようもないのは確かだ……しかも、もう一度転生しようにも、魔法は使えん。さらに言ってしまうと、優奈の体無しでは、物体に触れることすらも叶わん。


「あっ! そろそろ学校行かないと!」


 そう言うと、優奈はバタバタと着替えをしたり髪のセッティングを始める。


 こやつ……我がいるというのに着替えを始めるのか……まあ我は優奈と同性だから、気にしていないのかもしれぬな。


「あううう……遅刻しちゃう……走れば間に合うかなぁ……いってきまーす!」


 優奈は白い半袖のシャツに赤いリボンを胸元に付け、チェック柄のミニスカートをはいて茶色の鞄を持つと、パンを頬張りながら家を元気よく出ていった。


 この世界にもパンはあるのだな……って、我は優奈と離れられないのだった。さっさと後を追うとしよう。


 我はフワフワと浮かび上がって玄関を出ると、優奈の姿を探す――外は太陽が忌々しいくらい明るく照らし、灰色の地面や壁を熱し続けていた。


「はあ……はあ……って!? なんでついてくるのおおお!!?」


 すぐに追いついた我は、汗をダラダラ流して必死に走っている優奈の隣に浮かび、その様を眺めていると、優奈は顔を青ざめさせながら叫んでいた。


 こやつは先程の我とのやり取りを忘れてしまったのか? 我だって元勇者である貴様と、好き好んで行動を共にするわけないだろう……全く……我の配下であった、物覚えの悪かったガーリナという鳥型の魔物の方が、まだ物覚えがよかったぞ?


「優奈よ、この愛らしい服はなんじゃ?」


「セーラー服だよっ! 学校の制服っ!」


 ほう、この服はセーラー服?というのか。シンプルながらも、素材の可愛さを引き立て、動きやすさも悪くはなさそうだ……この世界の衣類はなかなか目を見張るものがあるのう。


「優奈よ、今更言うのもあれだが、我の麗しき姿は、お前にしか見えぬのだろう? 騒いでいると奇怪な目で見られるぞ?」


「はっ……!? ううう……卑怯者ぉ!」


 優奈は目に涙を溜めながら、我のことを恨めしそうに睨みつけてくる。転生しているとはいえ、元勇者が悔しがる姿は見ていて爽快じゃのう! ふほほほ!


 しかしまあ……この世界でのこやつは、まるで小型のモンスターのような愛らしさがあるな。我が配下のマスコットキャラであったスライムのことを思い出してしまうわ。


「ふー……何とか間に合った!」


 優奈の後を追って約二十分程か? そこには、周りの建物と比べて、随分と巨大で立派な建物が建っていた。ここが優奈の言っておった、ガッコウ?というものなのじゃろう。


 まあ我の城の方が何十倍も立派じゃがな! フフン!


 ガッコウの建物に入ってすぐのところに設置されていた箱の中から、別の靴を取り出して履き替えた優奈は、一段抜かしで階段を上っていくと、2-2と書かれているプレートが入口の上部に取り付けられている部屋に飛び込んだ。


「セーーーーフ!!」


 優奈は部屋に入って早々、前のめりにその場に倒れてしまいおった。


 貴様、勇者の時はもっとタフじゃったろうに……随分と弱くなってしまいおったな。


 変わり果てた元勇者の姿に、我はこやつの後ろでジト目になり、深々と溜息を吐いた。


「優奈~大丈夫~?」


「あ、うん! えへへ……ありがとう美月みつきちゃん」


 倒れている優奈の元に、同じ服を着た一人の娘が、ゆったりとした口調で話しながら手を差し伸べる。


 お淑やかな雰囲気を醸し出すその娘は、やや茶色がかった瞳に、腰ぐらいまである黒い髪が特徴的な娘だ。


 見た目は美しき娘じゃが、やや細すぎるのが難点かのう……さすがに細すぎて、見ていて不安になるくらいじゃ! 我の隣に置くなら、もう少し健康的な体になってほしいところだの。


「やあ、おはよう優奈さん」


「ひゃん!!」


 美月の手を取って立ち上がり、顔を合わせて笑い合う愛らしい娘二人の元に、一人の男が、爽やかに片手を上げながら声をかける。


 優奈よりも頭一つ以上は背丈のあるこの男……短く揃えた黒髪をツンツンに立てており、体も鍛えているのか、白い半袖の服の上からでもわかる、細くも程よく引き締まった体つきだのう。


 うむ、顔も体格も悪くない! 合格じゃ! 我の側近においても良いし、もう少し鍛えて我が魔王軍の中核を担わせるのも良いな。


 まあ、もうわが軍は影も形も無いがな……悲しきことじゃ。


「お、おおおはようそうくん!」


「大丈夫? ずいぶんと汗をかいているようだけど」


「は、ははは、はい!! 大丈夫れふ!!!」


 む……? 優奈のやつ、蒼と呼ばれた男を前にしたとたん、顔を真っ赤にしながら言葉を詰まらせておる。


 ほう? ほほう?? そうかそうか、そういうことか! なんじゃなんじゃ……我を討ち取ったあの勇者が、ただの一般人にそういう気持ちを持っているということじゃな!


 我はこういう色恋沙汰が大好きでのう! もう優奈のそばで一生つまらん第二の人生……いや、魔王生? を過ごすことになるかと思ったが、これは退屈せずに済みそうじゃな。


 え? 魔王らしくない、じゃと……? いいではないか! 魔王だからってそういう趣味を持って何がいけない! 外野に我の趣味に口出しされる筋合いはないぞ!


 そんなこんなしていると、部屋の中に何やら鐘の音のようなものが響いてきよった――それを合図にするように、優奈やほかの若い者は椅子に座る。それから間もなく、優奈よりは歳がいってそうな若い男が入ってきた。


 それから程なくしてからが地獄じゃった……若い者たちは椅子に座り、本と紙を使って何かを書き続け始めたのじゃ……若い者たちの前では、大人が入れ替わりで文字や数字、時には記号のようなものを緑の板に書いておる。


 休憩時間に優奈に聞いたところによると、これはジュギョウというもので、どうやら勉強をしているらしい……そういう文化は前の世界にもあったが、魔族には関係のない話じゃったからのう……よくわからぬ……とにかくはっきり言えるのは、とんでもなく眠くなるということかのう。


 苦痛の時間を何時間も超えた先、ようやく終わったのか、優奈は思い切り伸びをすると、笑顔で美月の元へと歩いていく。


「美月ちゃーん! ご飯食べよ!」


「うん~食べよ~今日お弁当は~?」


「今日は無いの……寝坊しちゃって家に忘れてきちゃって……ぐすん」


「も〜おっちょこちょいだな〜ならわたしのを一緒に食べよ~専属のコックが沢山作っちゃって~……一人じゃ食べきれないの~」


 優奈が声をかけると、美月は笑顔で答えながら、鞄から箱のような物を取り出した。


 随分とでかいのう……この中に食料が入っておるということか?


 まあよい……それよりも、やはり愛らしい者が一緒にいると、尚更その良さが引き上げられる。良き良き……む? 優奈のやつ、先程の蒼という男のことをちらちらと見ておるが……ほほう?


「優奈~蒼くん、行っちゃうよ~? 今日こそお昼一緒に食べるんじゃないの~?」


「そ、そうなんだけど……はうう……」


 優奈のやつめ、わかりやすいくらいに顔を真っ赤にしながらもじもじしおって……我を討った元勇者はこんなにも恋愛に弱いとはのう……ああもう、見ていられんわ!


 しびれを切らした我は、優奈に手を伸ばすと、今朝やったように優奈の体に体ごと入っていく。


「うむ、上手くいったようじゃな」


(え、ええ!? なにするのよぉ~!?)


「……優奈~?」


「あ、ううんなんでもないよっ!」


 不思議そうに我……いや、優奈を見つめる美月を何とか誤魔化しながら、我はズンズンと蒼の元へ向かって歩み寄っていく。


「蒼くん!」


「ん? やあ優奈さん。午前の授業お疲れ様。何か用かな?」


「うむ、くるしゅうない……じゃなかった……我……じゃない……その、私と一緒にご飯食べない?」


(ちょ、ちょっとおおおお!!?)


 我は優奈の真似をしながら、蒼を食事に誘うと、やや面食らったように目をパチクリさせていた。


 頭の中で優奈が喚き散らしておるが、そんなの我の知ったことではない! 貴様は行動力が無くて、見ててヤキモキする! なにより我は……この後の優奈の慌てふためく姿を堪能したいし、向こうの世界にあった絵物語のような恋愛を生で見たいのじゃ!


 まあこの恋愛が成就したら、元勇者が幸せになるというのは腹立たしいが、どうせ憑依時間が短すぎて、我を打ち取った仕返しに邪魔をしようにも、みみっちいことしか出来なさそうだしな! そんなことは魔王には似合わん! ならば近くで楽しませてもらうだけよ!


 恨むなら、我を殺した己を恨むのだな! フハハハハ!!


「え? うん、いいよ。優奈さんは今日はお弁当?」


 オベントウ……とはなんじゃ……? 多分じゃが、先程優奈がご飯って言ってたから、それ関連だと思うのだが……って思っていたら、蒼が自分の手に持っていた箱を見せるようにして言っていた。


 なるほど、これのことじゃな! 大きさは違うが美月は持っておったな! しかし優奈は持っていなかったな。代わりに美月のを貰うとかなんとか言っていた気がする。


「それが今日は無くてのう……じゃない……なくてさ。美月ちゃんのオベントウを一緒に食べようって話をしてるの」


 ああもう、優奈の真似をするのが想像以上に難しい! でもバレていないから問題無しじゃ! 苦情は受け付けん!


 よし、とりあえずこれで優奈と蒼は一緒にオベントウ? ということが出来るな! どんな展開を見せてくれるか……今から楽しみだのう!


 っと、その前に体の主導権を優奈に戻しておかぬとな。


「はっ!?」


「優奈さん?」


「あ、あわわわわわわわ……」


 優奈に体を返したとたん、耳まで真っ赤にしながら、優奈は美月の元に走りだしてしまった。何敵前逃亡しておるのだ……我が軍と戦っていた時は勇ましく戦っていただろうに。


「ど、どどどどうしよう美月ちゃん……蒼くん、一緒に食べてくれるって……!!」


「よかったね~優奈の分のお弁当わけてあげるから~二人で行ってきなよ~」


 おお、美月のやつ、良いこと言うではないか! 良い働きじゃ、我自らが褒めて遣わす! 泣いて喜ぶがよい!


 あっ……我の声も姿も見えないんじゃったな……。


「むむむムリだよぉ……一緒に食べてよぉ……」


 余程恥ずかしいのか、優奈は涙目になりながら美月に懇願する。


「ばかもん! 美月が良い働きしたというのに、自分から逃してどうする!」


「わ、私の体勝手に乗っ取ったくせに変なこと言わないでよ!」


「優奈~……?」


 思わず我は声に出して優奈を叱ると、それに対抗して優奈も声を荒らげる。


 あーあー……我のことは他の者には見えないというのに、そんな大声を出すから変な目で見られるのだぞ……まあ、元勇者の醜態を見られたと思えば、いい気味じゃな。


「優奈さん、美月さんも一緒に食べるのかい?」


「ひゃん!!」


 背後から蒼が声をかけると、優奈はまるで全身の毛という毛を逆立たせたのではないかと錯覚するくらい驚きながら、錆びたゴーレムのような鈍い動きで振り返る。


 ふふふ……恋愛は見ていて面白いのう……我も体験したいが、さすがに魔王にはそんなのは似合わんからな……威厳というものがあるし。


 それに、これが元勇者の優奈じゃなければもっと楽しめたんじゃがなぁ……残念だ。


「いえ~わたしは~……むぐっ」


「う、うん! 美月も一緒に食べるよ! 屋上で食べよう!!」


「わ、わかった。じゃあ一緒に行こうか」


 恐らくは行かないと言おうとしていた美月の口を咄嗟に抑えた優奈は、美月も一緒に行くと豪語してしまった。


 ……とことん情けないのう……折角この偉大な魔王が手を貸してやったというのに。


「阿呆じゃのう……我と美月の協力を無下にしおって」


「む~……!!」


 部屋を出ていく三人の中でも一番最後尾を歩いていた優奈は、何故か我のことを睨んでおった。


 全く不敬な娘め! 感謝されることはあっても、睨まれるようなこと、我はしておらんぞ!


 ……しておらんよな?



 ****



 部屋を出た三人は階段を上がり、屋上へとやってきた。


 朝よりも気温も太陽の光も強まっている気がするな……この体になってから、気温は感じぬようになったようじゃが、この眩しい光だけは嫌じゃのう。


 やはり魔王には闇がよく似合うということだな! さすが我! フハハハハ!


「もうすぐ本格的な夏だからか、すこし日が強いね。日陰に行こうか」


「う、うん!」


「そうですね~」


 蒼に連れられて日陰に入った三人は、美月の用意していた青い大きな布……いや、布にしては見た目の質感が違うな……よくわからぬが、青い布のようなものを広げ、そこに三人は座った。


「美月さん、ビニールシートを用意しているなんて準備が良いんだね」


「ふふっ、たまに優奈と一緒に外で食べるから~」


「あははっ、そうなんだね」


 美月と蒼は、二人で楽しそうに笑いながら会話をする。


 ほう、この青い布はビニールシートというのか……って、いやいやいや、何をしておるのだ優奈!? そこは美月ではなくて貴様が会話に入る所であろう!? なにドラゴンに睨まれたスライムみたいに縮こまっておる!? それでも我を打ち取った勇者なのか! ああもう情けない……!


「優奈さん? ずっと元気ないけど大丈夫?」


「ひょえ!? だ、だだだ大丈夫だよ!」


 ずっと黙りこくっている優奈のことを心配した蒼は、優奈の顔を覗き込むようにしながら安否を気遣う。


 なかなか気づかいの出来る男ではないか……これは確かに異性に好かれそうな性格じゃな。うむ、我納得。


「ふふ……初めて蒼くんと一緒のお昼だから~照れてるんだよね~」


「み、美月ちゃん!?」


「あはは、そう言われると俺も照れるなぁ」


 楽しそうに笑いながら言う美月を必死に止めようとする優奈じゃったが、どうやら無駄だったようだな……じゃが、蒼もまんざらでもなさそうな雰囲気が出ておるではないか! これは可能性を感じるぞ!


「とりあえず食べよう~」


「うわ~おいしそう~」


「これは凄いね……美月さんって、前からご両親が大企業を経営してるって聞いてはいたけど、この弁当の豪華さを見ると本当だったんだなって思っちゃうね」


 美月がここまで一生懸命両手で抱えて持ってきていたオベントウを開けると、そこには色とりどりの食材の数々が、所狭しと詰められていた。


 これは豪華じゃのう! 魔族は人間の食べ物は口にすることはまれだが、そんな我らでも、これは口にしてみたいと思うのが正直な所だ。


「ふわぁ~! この卵焼き絶品だね~!」


「よかったら蒼くんもどうぞ~」


「え、いいのかい? じゃあせっかくだしこのから揚げをいただこうかな……うわっ、なんだこれ! こんな美味しいの店でも食べた事無いよ!」


 美月の持ってきたオベントウを、優奈と蒼は大層うまそうに食べておった……我も食してみたいぞ!


 むむむ、この体が実体であればお預けをくらうことなど無かったというのに! 我は……我は悔しいぞっ!!


「…………」


 うまそうに食べている中、突然優奈は我の方をチラッとだけ見ると、唐突に立ち上がった。


「ごめん、私飲み物を忘れてきちゃったからちょっと買ってくるね」


「飲み物ならお茶があるよ~」


「ありがとう美月ちゃん。でもその……ちょっと今日はオレンジジュースの気分なんだ! すぐ戻るから!」


「あ、俺も一緒に行こうか?」


「き、気持ちはすっごく嬉しいけど、今日は大丈夫! 行ってくるね!」


 そう言うと、まるで逃げ出すように優奈は何処かへ向かって走りだしてしまった。


 まさか、照れで逃げたというのか! そのようなことつまらんこと、我が許さん! 直ぐに追いかけねば!!


 我は優奈の気配を辿って追いかけていくと、何やら四角い箱に銀貨を入れ、少し出っ張っている所を押していた。


「なんじゃこれは……?」


「自動販売機だよ」


 思わず口にした我に対し、優奈はジドウハンバイキ? とやらの下の部分に手を突っ込み、オレンジ色の入れ物のような物を取り出した。


「ねえ魔王、さっきご飯食べたがってたでしょ?」


「な、なんのことかさっぱりじゃな」


「嘘なのバレバレ! 私の体に憑依していいよ。どうせすぐ勝手に解除されちゃうだろうし……蒼くんとご飯食べさせてくれたお礼だよっ」


 優奈はまるで我がかつて対立していた、あの忌々しい女神のような微笑みを浮かべていた。


 こんな娘如きが、我に気を使っているというのか? ハッ……我は世界を恐怖に染め上げた魔王だぞ? 舐められたものだ。


 しかし……我は偉大であり、寛大でもある。成り行きとはいえ、我のことを考えた末の行動というのなら、それを受け取るのはやぶさかではない。


「フハハハハ! 我々は殺し合いをした間柄だというのに、元勇者の考えることは面白いのう!」


「あの時はあの時、今は今だよ? 今の私は勇者じゃないもんっ」


「おかしな娘よ。よかろう……我は貴様の好意、しかと受け取った。では戻ろうぞ」


「うんっ」


 我と優奈は屋上へと繋がる出口の前に立ち、優奈に憑依をしてから扉を開ける。


「ただいま~!」


「おかえり~」


「おかえり、優奈さん」


「あ、では僕はこれで……昨日は本当にありがとうございました!」


 我と優奈が戻って来ると、先程はいなかった一人の男が足早と去っていった。小柄な冴えない男子と言った風貌の男であったな……ふん、たいして美形でもないし、何より覇気を感じられん……我は弱いものには興味ないのだ。


「ただいま! 先程の者……じゃなくて……さっきの人は?」


「なんかね~昨日、さっきの男の子が不良にカツアゲされたらしいんだけどね~蒼くんが助けてあげたんだって~それで、そのお礼に来たんだって~さすがボクシングをやってるだけあるよね~」


「あはは……同じ制服の人だったからね。気づいたら止めに入ってたよ」


「そうなんだー! 凄いねー!」


 美月がやたらと褒めるせいか、蒼はやや居心地が悪そうに照れておった。


 ふむ、こんな感じで言っておけば優奈らしく聞こえるかの? 他者の真似をするというのは存外難しいものだ……それにしても、カツアゲ? ボクシング? こちらの人間の世界には色んなものがあるのだな。


(カツアゲは人からお金を奪うこと、ボクシングは格闘技の名前だよっ。それにしても……困ってる人を助けるなんて……ああもう蒼くんかっこよすぎ!!)


 何やら頭の中で優奈が喚き散らしておって煩いのだが……まあよい。我の意思を汲み取ったのか、カツアゲとボクシングとやらについて我に教えたその褒美として、今回は不問にしようではないか。


 おっと、そんなことよりも!はやくそのオベントウとやらを食してみようではないか!


(その茶色いやつがおすすめだよ。鶏の唐揚げっていうの!)


 またしても頭の中で優奈が話しかけてくる。ほう、トリノカラアゲというものなのか……どれどれ、我が食してやろうではないか……って何じゃこの二本の棒切れは!? これで掴めというのか!? ええい面倒くさい! 刺してしまった方が早い!


(ちょっと!? 蒼くんの前ではしたない食べ方しないでよぉ!!)


 やかましいわ! 我は早くカラアゲとやらを食べたいのじゃ!!


「モグモグ……こ、これは……何とも美味ではないか!!」


 カラアゲとやらの美味さに感動した我は、思わず二個目も口に入れる。


 このカラアゲという食べ物……外はカリっとしているのに中はとても芳醇な肉のうまみと油が溢れ出てきよる!! フオオオオ!!? この後引く味がたまらんのう!! このようなうまいものがこの世界にあるなんてずるいのじゃ!! もっと我に納めることを許すぞ!


「あはは、優奈さんって面白いね」


(うわああああ!! これ以上は蒼くんに変な目で見られちゃうから! もうおしまいー!)


 優奈はそう豪語すると、我の支配を逃れて体の支配権を取り戻しおった。強引に追い出すことも可能なのか? 時間制限のみだと思っておったが……転生魔法って不思議!


 それから三人は、とりとめのないことを話しながら食事を終えると、片づけをして先程の部屋へと戻っていった。


 もしかして……また先ほどの地獄の時間を過ごすことになるのかのう……今から気が滅入ってしまいそうじゃ。



 ****



「地獄過ぎる……人間はこんな苦行を毎日しておるのか……」


「魔王のくせに情けないなぁ~くすくす」


 ぐったりとしている我をあざ笑うかのように、優奈は口元に手を当てながら愉快そうに笑う。


 くっ……先程我にトリノカラアゲを食させた時はちょっと……ほんのちょっとだけ見直したというのにこの小娘は! やはり勇者とは相容れぬ存在じゃな!!


「美月ちゃ~ん、一緒に帰ろ~」


「あ、ごめん~今日はちょっと用事があって~」


「そっか……じゃあしょうがないね。また明日~!」


 そう言うと、美月は足早に部屋を出ていってしまった。随分と急いでおったが、何か急用でもあるのかのう?


「ほら、置いていくよ~」


 我が考え事をしている間に、優奈は部屋の出入り口まで行って手招きをしていた。


 一々待たんでも、我は離れたら勝手に優奈の元に飛ばされるというのに、律義な娘じゃな。


「優奈よ、人間は毎日こんな苦行をしておるのか……?」


「毎日ではないけど……週に五日学校に来てその後二日休んで~の繰り返しだよ」


 周りに人がいないことを良いことに、我は思っていたことを優奈に聞いてみたところ、想像以上の回答が帰ってきおった……こんな苦行をほぼ毎日……人間、恐るべし!


「ん? 優奈さんじゃないか」


「え……?」


 ガッコウの出入り口に置いてある箱……優奈曰く、ゲタバコ? というものの所にたどり着くと、爽やかな笑顔を浮かべた蒼が立っていた。


 一方優奈はというと、蒼の顔を見るなり、優奈は一瞬固まったと思いきや、すぐさま顔を真っ赤にしながらアワアワと慌てふためいておった。


 ほんとこの娘は表情がコロコロ変わって見ていて飽きないのう! 元勇者のところに転生したのはあれじゃが、これを毎日見られると思うと、これからの日々が楽しみになるな。


「優奈さんもこれから帰るのかい?」


「え、えと……その……うん……」


 よほど緊張しているのか、優奈は涙目になりながらも、蒼の言葉に肯定を示した。


 ほう、我が見る限りでは初めてまともに返事を返したのではないか? 優奈もやれば出来るではないか。我ちょっとだけ感動してしまったぞ。


 って! こやつは我を滅ぼした元勇者! なに感情移入をしているんじゃ! しっかりするのだ我!!


「そっか。良かったら一緒に帰らないかい? 優奈さん面白いから、色々話してみたいんだよね」


「ぴゃっ!?」


 まさかの蒼のお誘いに、優奈は変な悲鳴を上げながら、まるで我が配下にいた、生まれたてのデビルウルフのようにプルプル震えていた。


 これは……恐らく優奈のことだ、限界になって逃げ出してしまうのではなかろうか……ならん! それでは我がイチャイチャしているのをまじかで見る事ができんではないか!


「優奈、何も答えんでいい! 頷くだけでいい!」


「あわわわわ……」


 相変わらずアワアワ言っているだけじゃったが、優奈に我の言葉が届いたのか、壊れたカラクリのように首を縦にブンブンと振った。


「じゃあ行こうか」


 蒼に促された優奈は、ゲタバコで靴を履き替えると、ぎこちなくではあったが、蒼の隣を陣取って歩き始めた。


 おお、隣を歩くのは我的には高評価じゃぞ! そのまま手を繋いだり腕を組んだり……って、優奈にそんなことをさせたら卒倒してしまいそうじゃな。


「あ、あの……」


「あれ、君は昨日の……?」


 いざ帰ろうとなっていた矢先、建物の外から、オベントウの時にチラッとだけ見た、蒼に助けられたという男が声をかけてきた。


 相変わらず覇気のない男じゃのう……それにせっかくのイチャイチャの機会を潰しおって! 我が全盛期なら一瞬で燃やし尽くしておるところだ!


「えっと、ちょっときて欲しい所があって……」


「ん? 俺は構わないけど……優奈さん、ちょっと待っててくれるかな?」


「あっ……その……私も行く。いいよね?」


「はい、大丈夫です」


 どういう心境かは知らんが、優奈は蒼と共に、男の後を追って何処かへと歩き出していった。


 我の魔王としての勘じゃが……なにやらあの男、怪しい気がするのじゃが……とりあえず我も後を追ってしばらく移動すると、人気のない広場のような所へとたどり着いた。


「公園……? 俺達をこんな所に連れてきて、一体何の用だい?」


「オレが用あるんだよぉ!!」


 優奈と蒼、そして冴えない男しかいないと思っていたが、一人の大柄な男が木の陰から急に出てきた。髪は謎にツンツンしており、手には銀色の棒のような物をもっておる。


 なんだかセンスを感じない恰好じゃのう……体は鍛えてるみたいで強そうじゃが、品の無い男は願い下げじゃ。


「お前は昨日の不良……おい、どういうことだ!」


 蒼はここに連れてきた男を睨みつけながら大声を上げると、男はヒッと小さな悲鳴を上げながら、何処かへと走り去っていった。


「オレ様が命令したのさ。昨日よりひどい目にあいたくなければ、お前を助けた男を連れて来いってな」


「汚い真似を……ごめん優奈さん……こんな事に巻き込んでしまって……」


「ううん……蒼くんは悪くないよ」


 申し訳なさそうに、少し俯きながら謝罪を述べる蒼に、優奈は気丈に振舞って見せていた。うむ、それでこそ我を討った元勇者といったところじゃな。


「余裕ぶっこいてるが……これならどうかな?」


 不良の男が指をパチンと鳴らすと、木の陰や小さな建物の陰から、ぞろぞろと屈強な男達が現れた。数は……リーダー格と思われる目の前の不良を含めて、十人といったところか。


 大の男が一人の男を囲むとは、何とも情けないのう。


「テメーら! そのムカつく野郎をフクロにしちまいな!」


 不良の男の掛け声を合図に、周りの不良たちは手に持つ木の棒を振り上げながら、次々に蒼に向かって殴りかかっていく。


「シッ!」


「ぐはっ!?」


「ンギャ!?」


 殴りかかってくる不良たちに対し、蒼は風を切るような声を出しながら、拳を不良たちの顔面にめり込ませる。側面から来る攻撃も、器用に横や前に飛んで避けながら、同じ様に拳を突き出して攻撃していく。


 ほう、なかなかやるではないか! これがボクシングという格闘技なのかのう?


「ふん、やるじゃねえか……けど、周りが見えてねえようだな」


「きゃあ!」


「な……優奈さん!!」


 リーダー格の男が怪しく舌なめずりをしならが言ったのと同時に、優奈の短い悲鳴が辺りに響く。咄嗟に蒼と我は優奈の方を向くと、一人の不良が優奈の首に腕を回し、小さなナイフを首に突き付けていた。


 我が蒼の戦いっぷりに夢中になっている隙を突かれたか……!!


「ふっ……その女がどうなってもいいのか……?」


「くそ! 卑怯者め!」


「不良に卑怯もくそもねえだろ? ムカつく奴に勝てりゃいいんだよ!!」


「ぐあっ!!」


 優奈を人質に取られてしまった蒼は、不良たちに一方的に殴られてしまい、地面に転がってしまった。その後も、無抵抗のまま殴られたり蹴られたりされた蒼は気を失ってしまい、体中はボロボロになってしまっていた。


「ハハハハ! ムカつく奴がボコボコにされるのは、見ててサイコーだな!」


「蒼くん! もうやめて!!」


「うっせーな! 黙ってろ!」


「痛っ……!」


 なんとか蒼を助けようと、必死に叫ぶ優奈の首元にナイフが押し付けられる。すこし刺さってしまったのか、優奈の首からは、赤い液体が、細い線を描いていた。


 こやつら……せっかくのイチャイチャを見れると思っておったのに……仕返しなどというくだらないことで我の楽しみを……絶対に許さん。


「いってえ!!?」


 我は咄嗟に優奈の体に入って支配権を得ると、ナイフを突き立てている男の足を思い切り踏みつける。その痛みで拘束が緩んだ瞬間に、男の鼻っ面目掛けて肘をめり込ませてやると、鼻を押さえながら倒れこんだ。


(ま、魔王……!? なにするつもりなの!?)


「勘違いするでないぞ優奈。我はお前がどうなろうと興味はないが……せっかくイチャイチャが見れると思っていたのに……我の楽しみを奪いおって……こいつらをボコボコにしなければ気が済まん!!」


「なにを訳の分かんねえことを! 女だからって容赦しねえぞ!」


 我に向かって吠えながら突っ込んできた不良の一人は、木の棒を我の頭目掛けて振り下ろしてきたが、その前に懐に潜り込んで顎に目掛けて拳を振り抜いた。


 ふむ、優奈の体だとややぎこちなさはあるが、誤差の範囲じゃな。


(え……魔王って格闘出来たの……? 前の世界では魔法とかブレスばっかり使ってたよね……?)


 頭の中で、優奈が信じられないと言いたげな感想を漏らしておった。気持ちはわからんでもないが、我は魔王ぞ? 格闘の一つや二つできんでどうする。


 本当なら、我が炎で消し炭にしてやりたいところだがな!


「さて……空気の読めない不届き者め……優奈の恋路を、そして我の楽しみを邪魔するやつは、我が鉄拳にて粛清してくれよう」


「生意気な女が……やっちまえ!」


 先程と違い、今度は一斉に襲い掛かってくる不良たち……じゃが、これしきのことで動じる我ではない。我は先程倒した男が持っていた木の棒を奪うと、向かってくる男の頭目掛けて投げつける。


「ぶへぇ!?」


 スコーン、と木の棒が当たった頭から良い音を響かせながらその場に倒れこんだ。


 フハハハハ! 良い音を響かせるではないか! 我の専属の楽器として倉庫に置いておくくらいなら許してやっても良いぞ。


 その後、数分も経たないうちに、向かってくる不良たちを次々と倒していった我は、最後の一人となった不良のリーダーと対峙していた。


 リーダーの男は我に恐れをなしたのか、顔を青ざめさせ、ガタガタと震えながら座り込んでしまっていた。


「さて……あとはお前だけじゃが……どう落とし前をつけてやろうかのう?」


「ひっ……もうお前らに手を出さないから……許してくれええええ!」


 リーダー格の男は何とも情けない声を出しながら、一目散にその場から逃げていく。それに続くように、我が倒した男達もその場から逃げていき、コウエンとやらに残ったのは我と蒼だけになった。


 ふう、そろそろ強制的に優奈の体から追い出される可能性があったからの……なんとか間に合ってよかったわ。


「ほれ、我の役目はここまでじゃ。後は存分にいちゃつくが良い」


(い、いちゃつくって……と、とにかく助かったよ。ありがとう、魔王)


「うむ、もっと偉大なる我に感謝を述べるがよいぞ」


(感謝して損したかも……)


 何とも失礼なことを言う優奈に体の主導権を返すと、優奈は一目散に倒れている蒼の元へと駆け出していった。


 どうでもよいが、我から解除することも可能なのじゃな……適当にやったら出来てしまったから驚いたぞ。


「蒼くん! しっかりして!」


 優奈は蒼を仰向けで寝かせた後、優しくその肩を揺さぶる。これは……あれをするのに完璧なタイミングではなかろうか! 早く優奈にやってもらわねば!!


「優奈! 今が好機じゃ! チューじゃチュー!!」


「ちゅ、チューって……あわわわ…………って! そんな状況じゃないでしょ! 空気読んでよバカ魔王!!!」


「何を言っておる! 眠っている異性を助けるのはチューが鉄板じゃろうが阿呆め!」


「……確かに鉄板だけど……私と蒼くんが……あふう……」


「ううっ……」


 我と優奈が良い合いをしていると、その声に反応するように、蒼は小さく声を漏らしながら、ゆっくりと目を開けた。


 ちっ……蒼め、もう少し空気を読んで気絶していればいいものを!!


「優奈さん……?」


「蒼くん……よかった……!」


 蒼が目覚めたことが嬉しいのか、優奈は目に涙を溜めながら、喜びを前面に表していた。


 おお……こんな場面、昔読んだ物語にも似たようなのがあったのう! 思わず魔王の威厳など忘れて、胸をキュンキュンさせてしまうわ!


 チューを見れなかったのは残念じゃったがのう。


「優奈さん……怪我は無い……?」


「うん……って、私の事よりも蒼くんが……!」


「俺は大丈夫……いてて……」


 やや顔を歪め、よろめきながらも、蒼は立ち上がった。全く、大丈夫と言うなら痛いと言うな馬鹿者め……最後までしっかりと女を安心させんか馬鹿者め。


「不良たちは……?」


「あー……えっと……なんか満足してどっか行っちゃったよ……?」


 まさか我が優奈の体を使ってボコボコにしましたーなんて言えるはずもない優奈は、適当な事を言って誤魔化していた。


「大丈夫……? 歩ける……?」


「これくらい大丈夫だよ。俺のライバルの選手に殴られた時の方がもっと痛かったさ。アハハ」


「ならよかった……でも不安だし、お家まで肩貸すよ!」


 わざとおどけて見せる蒼に対し、優奈もつられて笑みをこぼしていた。全く蒼め……そんなボロボロでよくそんな事が言えるものだのう。それに優奈もあっさり騙されるでない!!


 我がそんな事を思っている間に、優奈は蒼に肩を貸しながら、何処かへと歩いていってしまった。


 こ、これ! 一番の功績者を置いていくなど何と罰当たりな! イチャイチャを見たかったとはいえ、これだから元勇者は……やはり助けないほうが良かったのじゃ!!


「大丈夫……?」


「うん、優奈さんが肩貸してくれてるから、痛いのなんか吹っ飛んじゃったよ」


「そ、そんな……無理しないで」


「うん、ありがとう」


 急いで優奈と蒼に追いつくと、そこでは何やらイチャイチャしている二人の姿があった。危うくイチャイチャを見逃す所であった!


 とはいえ、これで間近で見てしまうと、優奈の邪魔をしてしまうかもしれんの……か、勘違いするでないぞ? 優奈が幸せになるのは、はらわたが煮えくり返るほど腹が立つが、我の今の第一目的は、恋愛模様を眺める事じゃからな。そのためなら元勇者の優奈にも協力を惜しまんぞ!


 というわけで、我は少し上空に浮かんで優奈と蒼の様子を堪能する事にした。


「ごめんね優奈さん、重いよね。無理しなくていいからね」


「だ、大丈夫……ぴゃん!?」


 やはり体重差があるのだろう。やや息を切らせながら必死に運ぶ優奈だったが、蒼の気づかいに応えるため、反射的に蒼のいる方に顔を向ける。すると、かなりの至近距離で互いの視線がぶつかった。


 そこでようやく自分がしていることに意識が向いたのか、優奈はボンッと顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。


 優奈のことだ、蒼くんの顔がこんなに近くに~どうしよう~ふえ~んとか思っているに違いない。


 まあ優奈にしてはよく健闘した方だな……我が及第点をやろう。泣いて喜ぶがよいぞ。


「あっ、そろそろ家着くからもう大丈夫だよ」


「ひゃ!? あ……あう……ほんとに大丈夫……?」


「うん、大丈夫。ありがとう優奈さん……また今度改めてお礼をさせてね」


 そう言うと、蒼は優奈に軽く手を上げて見せると、自分の家へと向かって歩いていく。そんな蒼のことを、優奈は幸せ半分、名残惜しさ半分といった複雑そうな笑みを浮かべながら、小さく手を振っていた。


 やれやれ、そこは引き止めんかいとも思ったが、恋愛初心者の優奈には流石に酷というもの。うーん我優しすぎか??


 さて帰るかと思った矢先、蒼が見えなくなるまで見送った優奈は、何故か見えなくなった後もボーっとその場に立っていた。


 どうしたというのだ……? 我は不思議に思いながら優奈の顔を覗き込むと、蒼と別れたことで緊張の糸が切れたのか、顔を真っ赤にしたまま目をグルグル回して気絶しておった。


「……やれやれ、情けない」


 我は溜息を漏らしながら優奈の体の主導権を奪うと、自宅までの道を歩き出した。


 全く……ずっとこの調子じゃ、何時まで経っても恋が進展することは無さそうだな……。



 ****



 翌日の朝、我は空中にぷかぷか浮かんで寝ていたところ、甲高い音によって目を覚ました。眠い……このやかましい音、我は嫌いじゃ……。


 ちなみにじゃが、昨日はあれから大変だった……寝るまでずっとキャーキャーと騒ぐ声を聞かされたのだ……我はいちゃついている所は見たいが、悶えている元勇者の姿など見たくないのだ。


「ふぁ~~~~……はぁ」


 ベッドに寝ていた優奈は、眠そうな目を擦りながら思い切り体を伸ばし終えると、我の方を見ながら深く溜息を吐いていた。


「なんじゃ我を見るなり溜息をしおって、不敬じゃぞ」


「う~……やっぱりいるよね……夢なら良かったのに」


 失礼すぎんかこの娘、灰にしてやろうか? まあ今の我は魔法が使えんのじゃが。


「しかし優奈よ、我がいなければ昨日の出来事は起こらんかったのだぞ?」


「っ!? ど、どどどどうしよう……蒼くんと一緒にご飯食べて……一緒に帰って……肩まで貸しちゃって……カッコいい顔も間近で見ちゃって……キャーー!! どうしようー!!」


 昨日の事を思い出したのか、優奈は顔を真っ赤にして枕に顔をうずめると、足をバタバタとさせて悶えていた。この光景も昨日何度も見させられたからか、正直飽き飽きしているのだが。


「はあ……はあ……まああれだよね……改めて言うのは恥ずかしいけど、これも魔王のおかげだよね……その……ありがとう」


「我は間近で恋愛を見たいから協力したにすぎん。お前に例を言われるとか気持ち悪いし、幸せになるのは正直言って気にくわん!」


「れ、恋愛が見たいって……それって蒼くんと……ふわあ……」


 なにやら蒼とイチャイチャするのを想像しているのか、優奈は両手を頬に当てながら、うっとりした表情を浮かべていた。


 この恋愛脳の元勇者め……言い返してくると思ったのに、全然張り合いが無くてつまらん。それに魔王たる我の前でそんな腑抜けた顔をしおって……やっぱりこの娘不敬すぎんか!? 氷づけにして我が城のオブジェにしてやろうか!?


 まあそもそも、我は氷の魔法が使えんがな。魔法もブレスも燃やす専門じゃ。なに? どうでもいいじゃと? お前たちそこに座れ、我が直々に燃やしてくれる!!


「優奈~? ご飯できてるわよ~」


「あっ、はーい! 着替えたら行くー!」


 優奈は手早く着替えと身支度を済ませ、母親の用意した食事をペロっと平らげ、昨日は忘れてしまったオベントウを鞄に入れると、玄関の扉を勢い良く開けた。


「いってきまーす!!」


 元気よくそう言いながら、優奈はガッコウに向けて走りだしていく。外は優奈の心を表すかのように、腹立たしいほどの青空が広がていた。


「これ優奈! 我を待たずに走るとは何事か!!」


「魔王を待ってたら遅刻しちゃうもん!!」


 ベーっと我に向かって舌を少しだけ出しながら、優奈はガッコウへと向かって走っていく。わ、我に向かって何て失礼な態度だ!


「あれ、優奈さんじゃないか」


「ぴゃい!?」


 学校に向かう途中、人間どもの住処が密集する閑静な場所で、聞き覚えのある声が優奈を呼び止めると、優奈はなんとも愉快な返事をしながら、ビクッと体を震わせた。


 優奈は一瞬で顔を真っ赤にしながら振り返ると、そこには元気そうな蒼の姿があった。


 これは朝から良い展開なのではないか!? ほれ優奈! 朝からガンガン攻めていくのじゃ! っと思ったが、今日も変わらずモジモジしておった。


「お、おおお……おはよう……蒼くん。その……体は大丈夫!?」


「おはよう優奈さん。おかげでだいぶ痛みは引いたよ」


 今日もにこやかな蒼は、元気なのを示すかのように、腕をぐるぐると回して見せていた。こういう爽やかな所や気遣いができるのが、女に好かれる要因なのやもしれんな。


「優奈さん、よかったら一緒に登校しない?」


「ふぇ!?」


「優奈さんと一緒に登校したいなって思ったんだけど、ダメかい?」


 まさか、蒼からのお誘いじゃと!? まあ目的地は一緒だから、別に不思議なことではないのだろうが……これは好機だ! ゆけ優奈! 今こそ勇気を出す時だ! そして我にイチャイチャをじっくり堪能させるのだ!!


「ふぁ……え……あ、あううううう」


 うん知ってた! こうなるよね! ちょっとでも期待した我が阿呆だったわ畜生め! 仕方ない、また我が引き返せない所にまで進めてやろう。


(ふぁあ……蒼くんと一緒に登校……そんな……ど、どうしよう……でも……うへへ……って、あれ?)


 優奈の体の主導権を握ったとたん、脳内では優奈の惚けた声が響いてきた。外から見たらポンコツな状態の優奈の脳内は、こんなだらしなくなっていたということか……。


(ちょ、ちょっと!? なんでまた入ってきてるのぉ!?)


「駄目じゃないよ! うん、一緒に行こう!」


 優奈の言葉など無視じゃ! どうせへっぴり腰のポンコツ優奈は、この機会を逃すに決まっておる! そう思った我は、咄嗟に優奈の顔を笑顔にしてから、蒼の申し出を快く引き受けた。


 だいぶ優奈のマネも板についてきた気がするな。やはり我って何をやってもすぐに出来てしまう天才なんじゃな……自分の才能が怖いわ! フハハハハ!


 さて、我の天才っぷりが改めて分かったところで、ここからどう距離を詰めるかじゃが……方法はあれしかあるまい。恋愛物語で見た、男を虜にする必殺技を、ついに披露する時が来たということだな。


「え、ちょ……優奈さん!?」


「ん? なあに?」


(きゃあああああ!!!???)


 我は蒼の左腕に自分の腕を絡め、さらに優奈のそれなりに存在を主張している胸元を、蒼の腕に押し付けた。


 見よ、これぞ恋愛物語で見た、男を虜にする最強の技よ! 見てみるがいい! あの好青年の蒼が、顔を真っ赤にして照れておるわ!! うーんさすが我!!


(は、恥ずかしい事しないでよ!私の体から出ていってー!!!)


 余程優奈の照れが強かったのだろうか? 我は即座に体から追い出されてしまい、おばけの状態へと戻されてしまった……後に残った優奈と蒼は、顔を真っ赤にしてその場に固まってしまっていた。


 うほほほ! なんとも初々しくてよいのう! 思わずよだれが出てしまいそうになるわ……じゅるり……あっ本当に出てしまったわ。我としたことがはしたない。


「あ、あはは……優奈さん……ちょっとこれは……」


「ひゃん!? あわわわわ……ごめんなさい!!」


 蒼の声で我に返ったのか、優奈は飛び上がるくらいの勢いで、蒼から離れてしまった。なーにをやってるんじゃ馬鹿者! せっかくこの偉大なる魔王の我が手を貸してやったというのに!!


「はうう……」


「えっと……腕を組むのはちょっと恥ずかしいけど、これならどうかな?」


 そういうと、蒼は自分の左手を差し出し、優奈の右手を掴んだ。これは……手を繋いでいこうという意思表示なのでは!? な、なんとも甘酸っぱい展開ではないかー!!


 これじゃ……我が見たかったのは、こういうイチャイチャしている光景じゃ! 魔王城に引きこもってた我には、永遠に体験することも、生で見ることも叶わぬと思っていたが、まさか転生先で叶うとは! 人生……いや、魔王生は何があるかわからんのう。


「あ……う、うん……えへへ」


 優奈も嬉しいのか、はにかみながら蒼の手を握り返したぞ! やるではないか優奈! これでもし逃げでもしたらどうしてやろうかと思っておったぞ!


「じゃあ……行こうか、優奈さん」


「は、はい……蒼くん」


 何故かかしこまりながら、二人は仲良くガッコウのある方角へと歩いていく。


 うむうむ、我ながら良い仕事をしたものだ……これが元勇者の優奈じゃなければなお良かったのだが……まあ贅沢を言っても変わるわけじゃないし、仕方がないことだ。


 そんなことよりもだ。今日はこの元勇者と蒼はどんなイチャイチャを見せてくれるのかのう? どうせ優奈のことだ、今は何とかなっておるが、ガッコウについたら、また照れて逃げるに決まっておる……その時は、この偉大な魔王がまた手を貸してやるしかあるまい。


 こんな意味の分からない転生をしてしまったが、間近で恋愛を堪能できると思うと、これからの日々が楽しみで仕方ないのう!! フハハハハ!!

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