10.地図のゆくえ
夕方のオレンジ色に染まる車内で、一瞬の沈黙があった後、
「ばれちゃいましたね」
と水奈が眉毛を下げながら応えた。
「ああ、団長と私の前で報告してくれた時、君たちが目配せしてたからこれは何かあるなと思ったんだ」
「ばれてしまったのなら正直に言いますが、実は発掘現場に入った際に、レオが興奮してしまい水力採鉱で使用されていた水路を一部壊してしまいました」
「えっ!」
とレオが次の言葉を続ける前に、アンナに脇腹を思い切り小突かれ、彼は悶絶した。
「なるほどな。団長の前でそれは言いたくなかった、というわけだ」
「その通りです」
アーサーとしてはその答えに満足だったのだろう。車を発車させた。
「あの発掘現場も今回の調査対象ではあるし、あそこもゴールドラッシュ時代が遺した立派な遺跡に変わりはない。だから考古学生たるもの傷つけるのはいけないことだ。なぜなら考古学者はむしろそれを守る側なのだから。それを肝に銘じるようにな」
「「はい」」
返事をしないレオの脇腹がもう一度強く打たれると
「は、はいっ」
と自動的に彼の口からも返事が出てきた。とても便利な機能だった。
「本当なら被害状況のチェックと補修をしに行きたいが、それは明後日以降にしよう。今から行く調査場所は君たちにとってとても勉強になるだろうことが分かったよ」
夕陽に染まる荒野はテレビで見た西部劇そのもので、それは殺風景だが不思議と温みもある光景だった。水奈たちを乗せた車だけが唯一の動く対象物であるが、雄大なこの大地の前ではちっぽけな存在であり、何の影響力も無いのである。
そして、荒野の中に突然現れた小さな村に車がゆっくりと侵入していった。全ての家屋が材木造りになっていて、どこもかしこも砂ぼこりで白く汚れてしまっていた。窓は割れていてお店の看板の文字も読めないほどに建物のあちこちが風化してしまっている。そんな村の中央に位置する開けた十字路で車は停車した。
「着いたぞ。ここが今回の調査場所のひとつだ」
そこには他にも数台の車が見られ、周辺ではサファリジャケットを着た者たちが忙しそうに動いていた。
「アーサー隊長じゃないですか。お疲れさまです。どうされたんですか?」
木材の入った箱をかかえた調査隊の一人が駆け寄ってきた。
「お疲れさん。ロビン隊長はどこにいるかな?」
「うちの隊長ならあの酒場の前ですよ」
「そうか、助かったよ。ありがとう」
「あっ、でも今絶賛取り込み中かと」
「なに、いつものことだろう」
「ですね」
隊員が苦笑いすると、元の持ち場へと戻って行った。
アーサーは口元を緩ませながら三人を引き連れ酒場へと向かった。
「それはもう聞いた。俺が聞いてるのは何で今日の午前中までに終わらせるはずの復元が終わってないんだということだよ。今日は撤収日だぞ。分かるか? 終わるまでキャンプ地には帰れないんだぞ」
「すっ、すみませんっ!」
「計画表にも工程は載せていたはずだ。何があった?」
「じ、実は、昨日の夕方、この酒場で復元作業中に偶然隠し部屋を見つけまして。そこが酒蔵になっていまして、しかも中身が入ったままのお酒が大量に見つかったんです。それで興奮してしまって……。徹夜してひと瓶ずつ銘柄と年代の確認をしていました。申し訳ありませんっ!」
「……どこだ?」
「な、何がでしょう?」
「だからその隠し部屋だ。案内しろ」
「作業が止まってしまいますが、よろしいのですか?」
「作業は続けたほうがいいだろう。ですよね、ロビン隊長?」
ロビンは突然の声に驚き、後ろを振り向く。
「アーサー!? どうしてお前がここに……。そうか、分かったぞ、なるほどな。後ろの三人がそうか」
「ええ、見学をさせてもらおうかと思いまして」
「まあ好きにしてくれて構わないが、少し待ってくれ。おい、話は戻すが、復元作業を続けろ。急ピッチでな。それから、昨日の時点で報告を入れろ。隊の中での情報共有は絶対だと俺がいつもやかましいくらい言ってるだろうが。酒のリストは作ったんだろうな。俺が預かる。そして、作業が終わり次第でいいから隠し部屋の位置を俺にも教えとけ。いいな?」
「はっ、はい!」
隊員は徹夜して作成した殴り書きのリストを渡し、深々とお辞儀をすると、急ぎ酒場の奥へと消えて行った。
「今日はずいぶんと優しいんですね」
ロビンは、手渡されたリストを丁寧に上から見ていく。
「はっ、そんなんじゃねえよ。ただなー、あいつが夢中になって自分が見つけたもんを一晩中調べていたことを考えるとな。あーくそっ、お前が邪魔したせいで怒る気が失せたじゃねーか。からかうんじゃねーよ。お前だって彼を怒れねーだろうが」
「そうですね。お互い情熱のあるやつは好きですからね」
「違いねーな。それと、俺が酒好きっていうのも効いてるのさ」
口を大きく開けて笑うこのロビンという男。カウボーイハットを被っていても、その鋭い眼光は隠せないでいた。ハットの下からは茶色の長髪が伸びている。これで腰に銃を収めていれば、立派な銀行強盗だったのが何ともおしい。荒々しく伸びる無精髭がいい味を出しているのだろうなと水奈は思うだけにした。
アーサーは、ロビンがこの調査団にいる五人の隊長のうちの一人であることやその中でも一番よくお世話になっている先輩であることを教えてくれた。
「お前らがfolarの学生ってわけだな。ふーん、なーんか普通だな。もっとこう風格やオーラみたいなものをまとってるのかと思ってたんだがな」
「今はまだこんなもんです。鍛えていきますよ」
「folarの奴らも何を考えて選んでるのか分からん。しかし、こいつらにどんな才能が出てくるのか楽しみだ。それはお前次第でもあるんだぞ、アーサー」
「ええ、肝に銘じときます」
「ロビン隊長!」
砂ぼこりを発生させながら慌ててこちらに向かってくる隊員の顔が遠くからでも青いことがよく見えた。
ロビンも隊員の方へ駆け寄り、倒れそうになる隊員の体を支えた。
「大変なんです! 村役場で作業をしていた隊員が襲われたようで意識が無いんです!」
隊員がその台詞をすべて言い終わる前に、ロビンは既に駆け出していた。
「行こう!」
アーサーのその声に反応し、水奈たちもロビン隊長を追いかける。
ロビンは既に遠く離れていた。
村役場は、車を停めた十字路を通ってすぐのところにあった。かつては真っ白に塗装されていたであろう大きめの木造家屋。それが今では雨風にやられ、壁となる木は灰色に汚れ、大きな看板は二つに割れ、家屋の半分の高さを占める屋根には所々が腐り穴が空いていた。
水奈たちが遅れて到着すると、ロビンが倒れている隊員に話しかけていた。
「うっうう……、た、隊長? ロビン隊長、ですか?」
「ああ、そうだ。安心しろ」
ロビンだと分かると隊員は安堵の表情に変わり、深く呼吸をした。起きあがろうとしたので、ロビンはそれを止めた。なぜなら隊員の頭からは血が垂れていたからだ。
「すぐに止血してやる。痛むか?」
「少しだけ」
別の隊員もやって来て、包帯を頭に巻かれると、その隊員は横たわりながら話し始めた。
「実は、今朝、この役場で最後の復元作業をしていた時なんですが、誰かに硬いもので殴られたみたいで。つい先ほどまで気絶していた、んだと思います」
「その時に何か見たものはなかったか?」
と、アーサー。
「うーん。あっ、そうだ、今思い出したんですが。一瞬目の前にお酒の瓶が現れたんです。おそらくそれで頭を殴られたんだと思います」
「でも犯人は見てないんですよね?」
アンナも話に加わる。
「見てません。思い出してきましたけど、お酒の瓶が突然ふっと横切ったかと思うと、頭に衝撃が走ったんです。そして、遠くでどさっという音がしました。その音は自分が倒れた音なのだと気がついた時には視界がどんどん狭まっていっていて……、その後のことは覚えていません」
「犯人は離れたところからこの人の頭めがけて酒の瓶を投げたんじゃないですか? それで気絶した後にその瓶を回収した」
レオが自ら推理したことを口に出す。
「そう考えるのが妥当だが……。もうひとつだけ聞かせてくれ。殴られてから倒れるまで、他に音は聞いたのか?」
ロビンが質問をすると隊員は数秒ほど考えた後、聞いてませんと返事をした。
「どういうことですか?」
レオが問う。
「酒の瓶を投げられたとしたら、その瓶が床に落ちるはずだろう。なのにその音はしなかった。おかしくはないか?」
「頭を殴られた直後ですし、一時的に聴力が働かなくなったとは考えられませんか?」
と、アンナも珍しくレオの意見に被せる。
ロビン隊長はカウボーハットのつばを上にあげ、真剣な表情を見せた。
「それもある。しかしだな、こいつは自分が倒れる音を聞いている。殴られてからぶっ倒れるまでふらついてたとしても、たかだが長くても五秒くらいなもんだ。先ほどのお前の投げたという推測が正しければ、瓶はその間に落ちてるはずだから、瓶の落ちた音と倒れた音の間隔はもっと短い。なのに後者だけ聞こえたのは不自然だ。さらに言えば、殴られる前に一度目の前を瓶が横切ったと言う説明がつかねー」
レオもアンナも唸りながら口をモゴモゴと動かすものの、次の言葉が出てこないでいた。
「お前はどう思う?」
ロビンは今まで参加していなかった水奈を、停滞しつつある会話にいきなり引きずり込んだ。
動揺するだろうと踏んでいたレオは、水奈の落ち着いた表情に少し驚くと同時に感心もした。
「そうですね。空中に浮いている瓶がこの方に近づき、横切った。そして、頭にぶつかり逃げた。なんていうのはどうでしょう。突拍子もない話ですけど」
「浮いてた、か。いやっ、良いんじゃねーか。なあ、アーサー?」
「ですね。証明はできないですが、私も水奈の言うことに一理あると思いました。もしも瓶が浮いていたとすれば、横切った件や瓶の落ちる音が聞こえなかったことのつじつまが合います」
「方法はそんなところだろうと今は仮説しておくか。とりあえず言えることは、これは自然な現象ではないということだ。明らかに犯人がいやがる。問題はその目的だ。なぜうちの隊員を襲ったのかだ。あれが盗まれてないと良いが……」
ロビンの嫌な予感は的中した。
昨日この村役場で発見されたものが無くなっていたのだ。それは、ゴールドラッシュ時に作られたとされる金鉱の採掘現場の地図だった。それが何枚も巻かれた状態で見つかったのだが、何度も雨に濡れては乾くのを繰り返し、紙の状態は最悪だった。幸いにも一番大きな地図だけは紙質が厚くしっかりしていたのでいく分か状態が良く、広げたものを写真に収めていたのだった。それはこのエリア全体の金鉱の位置を示す全体マップだった。しかし、隊員の報告によれば、他の地図はどうやら各金鉱の内部構造図となっていたらしい。
ヒューゴ団長率いるこの調査団の目的というのが、このエリアを治めていた先住民族が残したとされる宝物を、その子孫と協力して見つけることだった。さらには、その宝物は岩山のどこかに隠されているとの事前情報を入手しており、調査団は金鉱内部にある可能性が高いと踏んでいた。だからこそ、盗まれた地図は宝物へとつながる重要な手がかりであり、この事態は調査団にとって大きな痛手となった。
威勢の良さが無くなり、額に汗を浮かべながら部下たちに指示を出しているロビン隊長の姿に、水奈たちは不安を覚える。初日から事件が起きるなど予想だにしなかったからだ。
その近くで、アーサーも先ほどから誰かと電話をしていた。彼はとても真剣な表情をしていて、それはまるで急に重たいものを背負わされたような険しい顔をしていた。
電話が終わると、彼はゆっくりとした足取りで水奈たちの元へと戻ってきた。
「予定変更だ。俺たちで今回の犯人を追うことになった。すまないが、この問題が解決するまでは調査はお預けだ。すまないな。危険な任務だが、これも考古学者の務めだ。よろしく頼む」
アーサーがそう言うや否や、三者三様の反応が帰ってきたことは想像に難くなかった。
考古学博物館への招待状 はるかい @harukai35
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