09.水奈たちの指導役

 まさか川に流されながらキャンプ地に到着するなど誰が予想できたであろう。

 そこは凹凸の激しい荒野にしては比較的平らな場所が広がっていて、植物も少なく拠点の立地条件を満たしているらしかった。


 近くにいた調査隊と思わしき男性が三人を発見し、声をかけてきた。最初は警戒されていたものの、folarの学生であることを伝えると「君たちが! よし、付いてきて」と親切に案内してくれることになった。


 洋服から水滴を滴らせながらテントの間を縫うようにして水奈たちは歩いた。

 あたり一面に三角テントがたくさん並んでおり、その中には四角く大きなテントも点々と見られた。


 調査隊の男性が立ち止まる。そして、レオだけが目の前の大きなテントに入るよう促された。水奈とアンナは待機していた女性の隊員に連れられ、レオとは別のテントへと案内される。しかし、水奈の悲痛な叫びにより、レオと同じテントに入ることができた。


「さあ、君はこれを着て。君は……、小柄だから男性用だと合うサイズが無いな。女性用を持って来させるからそれを着なさい」


 二人は男性から手渡されたサファリジャケットに着替える。ベースは薄めの茶色で、男性用は緑色が強く、女性用は白っぽい印象だ。半袖で風通しも良さそうだった。


 テントを出てしばらく待つと、着替え終わったアンナと合流した。

「それでは団長の元へ連れて行こう」


 先ほどの男性について行くと、ひときわ大きなテントが見えた。丸型で素材も分厚いものを使っていて、ちょっとやそっとの風では揺れもしなさそうだ。

「さあ、入って」

と言って男性が先に入っていき、水奈たちも中へと入った。


 テントの中には二人の男性が背中を向けて立っていた。真ん中の机で地図を広げながら何やら話し込んでいる様子だ。


「この岩山は標高が高いだけで洞窟や遺跡は見当たらなかったし、怪しい感じも特にしなかった。ここは外れです」

「お前がそう言うなら信じるさ」

 そう言うと、熊のようにガタイの良い男は笑って地図の上にペンでバツを書いた。

「今度はこっち。隊員からの情報で岩山に人工物らしきものが見えたと聞きました。ここは気になります。明日俺が見に行こうかと考えています」

 もう一人の男性は指で地図の場所を指し示す。

「ここはずいぶんと遠いぞ。行って帰ってくるだけで半日はかかるだろう。明日の隊長会議は出られないな」

「なので話しています」

「だろうな。いいだろう、行ってこい」

「ありがとうございます!」


「ヒューゴ団長、アーサー隊長、よろしいでしょうか。例の学生たちをお連れしました」

「ん? おお、すまん気がつかなくて」

 そう言って笑顔を見せる団長と呼ばれる大男が両手を広げた。

「君たちのことは聞いている。歓迎しよう。私はこの調査団を率いているヒューゴ・マッグマンだ。よろしく頼む」

 団長の手が差し伸べられる。握手をしたというよりも彼の手に三人の手が包まれたと感じたほど彼の手は大きかった。何より温かかった。


「folarの学生がここまではるばる来てくれて嬉しいぞ。遠くて大変だったろう」

「道中はたしかに大変でしたけど、遠くなんてありませんよ。他の学生たちはきっとヨーロッパやアジア、南米に行っているはずなのでむしろ俺たちは近いくらいですから」

レオが本音を吐いてしまう。

「あっはっは。正直で実にいい。近場の調査地ですまないなー。まあでも安心しなさい。君たちを退屈にさせるつもりはないぞ。調査は始まったばかりだし、面白いメンバーもいることだしな」

ヒューゴは隣の人物に目配せをした。

「では早速だが君たちの指導役を紹介しよう。アーサー隊長だ」

 団長の隣で笑顔で控えていた男性が前に出る。団長がいるから小さく見えるだけで、十分背は高かった。服の上からでも分かるくらい筋肉が付いていた。硬そうな胸板、腕まくりした袖から見え隠れする筋張った上腕二頭筋。引き締まった身体をしていた。

「ようこそ。俺はアーサー・ゴールドだ。これからよろしく!」 

そう言うや否や、アーサーは三人の目を見つめながら固い握手を交わしていった。


 ゴールド?


「隊員から聞いたんだけど、君たち、トロッコに乗ったままそこの川に落ちたということらしいが、それは本当なのか?」

「本当です。ここに向かう途中で偶然、ゴールドラッシュ時代の採掘現場に入ってしまったんですけど、そこでトロッコを見つけたんです。その後はよく覚えていませんけど」

「あなたが勝手に乗り込んで動いてしまったって最後まで言いなさいよ」

「そうだっけ?」

「とぼけない」

「そのトロッコはおそらく運搬用で、かなり奥まで繋がっていました。走っている途中に突然明るくなり、外に出たと思ったらレールが切れていて落下しました。幸いにも下が川だったので助かりました」

と水奈がすかさず間に入り補足した。

「なるほど。君たちは運が良かったのだろうな。運搬用ならば速度もそれなりに出る。行き止まりで衝突する方が危なかったな。近道できたのだと思えば良い。アーサー。確かその採掘現場はすでにロビンの部隊が調査を済ませているはずだな?」

「はい、ここから近かったのでテントを設営してからすぐに調査した場所です。確かに彼らの言うように昔の発掘現場で間違いなかったはずです。特にこれといった発見は無かったとロビンは報告していたはずですよ」

 レオとアンナが水奈の様子を一瞬伺った。

「ならば追加で調査する必要もあるまい。とりあえず君たちが無事に辿り着き安心したぞ。あとはアーサー、君に任せるぞ」

「了解です。それでは、まずはこのキャンプ地と調査場所を軽く案内しよう。団長、行ってきます。みんな、おいで!」

 アーサーは、三人を引き連れテントを出た。


 アーサー隊長は、キャンプ地の各施設を周りながら詳しく説明をしてくれた。

「ここは食堂。中を見てごらん。広いだろう。奥は休憩室もあるよ。電気もクーラーも空気清浄機だって完備してるんだ。快適に過ごせるよ」

「とてもテントの中とは信じられません」

 水奈が驚いている横でアンナが期待に胸を寄せた。

「あの! お風呂は?」

「風呂? もちろんあるよ。共同にはなってしまうけど、これまた広ーいのが」

「はい! 寝るテントは個室? テレビは?」

「もちろん!」

 アンナと一緒にレオがガッツポーズをした。

 ここでは食堂、風呂、寝室、トイレなどすべての生活空間が大小さまざまなテントの中に作られていた。


 また、ここには全員合わせて五十一人の調査団員がいるらしい。

 団長を頂点として五つの部隊が傘下に控えている。各部隊10名ずつの編成となっており、部隊にはそれぞれ隊長が一名ずつ必ず任命されていて彼らが隊を率いている。アーサー隊長もその一人で隊長の中でも一番の若手だという。


「隊長は他に四人いるんだけど、みんなベテランさ。俺なんてまだまだだよ」

 謙遜する彼に水奈は問う。

「でも考古学者なんですよね」

「まあな。そもそも考古学者でないと隊長には任命されないことになっている。今回の調査団では、隊長以外の隊員はみんな考古学者ではないはずだ」

「随分と割合が少ないんだなー。ここには考古学者は五人だけってことだもんな」

「もう一人忘れてる。さっき挨拶した団長も数に入れないと」

「そっか。全部で六人になるのか。って、あんまし変わらないじゃんか」

「そうだ。それだけ考古学者というものはまだまだ数が少なく足りていない。それだけでは調査は一向に進まない。だから考古学者を目指す者たちにも同行してもらい、みんなで協力して調査に当たっているんだよ。我々は彼ら考古学者見習いたちのことを考古学生と読んでいる。なので、君たちもここでは考古学生というわけだ。君たちは大学生だから特別違和感もないだろう。案内はこんなところか。では、今度は早速調査地に向かおうか」


「まあ、folarの生徒だからといって特別扱いはしないからそのつもりで」

と言って歩き出す彼の顔はなんだか心底楽しそうであった。


 キャンプ地の端には数台の車が駐車されていた。その内の一台の四輪駆動車に乗り込む。助手席は調査に使われる道具が置かれていたため、三人は後部座席に座った。


「さっき団長と話していたのだが、昨日、人工物らしきものが見えるポイントが発見されたのでそこへは明日行く予定だ。もちろん君たちも連れて行く。楽しみにしててくれ。今日は初日だからな、発掘現場がどんなものなのか知ってもらうために調査済みの現場を見てもらおうと思っている」

「楽しみだ!」

「ねっ! よろしくお願いします」

「お手柔らかにお願いします」

「よろしく!」


 アーサー隊長が車のエンジンをかける。

 そして彼がゆっくりと後ろを振り返った。

「出発する前にひとつだけいいかい。俺に何か隠し事してるだろう?」

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