ボクは店先に並んだ時、ずっと君を待っていた。
かんなづき
ボクは店先に並んだ時、ずっと君を待っていた。
ボクは店先に並んだ時、店の前を通る人たちをずっと見ていた。
通る人たちを見ていた時、それは「通り過ぎている」だけだと分かった。
通り過ぎているだけだと分かった時、ボクはとても寂しくなった。
とても寂しくなった時、君と目が合った。
君と目が合った時、君はボクの元に駆け寄って来てボクを抱き上げた。
ボクを抱き上げた時、君は君のお母さんに可愛らしい高い声で「この子が欲しい!」って叫んだ。
君が叫んだ時、お母さんは首を横に振って「ダメよ」と言った。
お母さんが「ダメよ」と言った時、君は「嫌だぁ。絶対っ」って駄々をこねてその場で大きな声で泣き始めた。
君が泣き始めた時、お母さんは「しょうがないわね」と言って、その場にしゃがみこむ君の肩に手を当てた。
お母さんが手を当てた時、君は嬉しそうに顔を上げてボクをもう一度抱きかかえた。
ボクを抱きかかえた時、君は笑った。
君は笑った時、ボクに言った。
「今日から、ずっと一緒ねっ!」
君は家にいる時、いっつもボクを抱っこしてくれた。
抱っこしてくれた時、君はボクの上にご飯をこぼしたりした。
ご飯をこぼした時、君のお母さんはボクを洗ってくれた。
洗ってくれた時、ボクはお布団と一緒にお庭で日向ぼっこさせられた。
日向ぼっこさせられた時、君はボクが乾くのを待ちながら一緒に日向ぼっこをしてくれた。
一緒に日向ぼっこをしてくれた時、君はボクを見上げて言った。
「ずっと一緒だからねっ」
君が小学生になった時、ボクは君の部屋のベッドの上でランドセルを背負った君の帰りを待っていた。
君の帰りを待っていた時、君は決まってランドセルを放り投げてボクに抱きついた。
ボクに抱きついた時、君は「むぅ」と唸ってボクを抱えたままリビングに連れて行った。
リビングに連れて行った時、君は冷蔵庫からプリンを取り出してそれを食ベながら、大好きなテレビをボクにも見せてくれた。
テレビを見せてくれた時、ボクは抱き締めてくれる君の温もりが大好きになった。
君の温もりが大好きになった時、ボクはこっそり思った。
(ずっと、このままがいいな)
君が中学生になった時、君はよくお父さんお母さんと喧嘩した。
喧嘩した時、君はすごく大きな声を上げて、ボクを乱暴にお母さんへ投げつけた。
投げつけた時、ドアの
中身が出てしまった時、君が乱暴に閉じたドアの前でお母さんはボクを拾い上げてくれた。
拾い上げてくれた時、お母さんはボクの怪我に気が付いて、涙を流しながら手当てをしてくれた。
手当てをしてくれた時、ボクは君にとって本当に大切なものなんだと思った。
大切なものなんだと思った時、お母さんはボクの短い前足に「ごめんね」というカードを持たせて、君が眠る枕元にそっと置いてくれた。
「ごめんっ、ごめんね。大好きだよっ……」
君が高校生になった時、君は部屋に優しそうな男の子を連れてきた。
連れて来た時、君はボクに彼のことを教えてくれた。
彼のことを教えてくれた時、君にボクよりもずっと大切なものが出来たんだと思った。
出来たんだと思った時、もちろん嬉しかったけど、ちょっとだけ寂しくなった。
寂しくなった時、君が彼と愛し合っているのが見えた。
愛し合っているのが見えた時、ボクはとっても恥ずかしくなった。
恥ずかしくなった時、優しそうな彼は君に言った。
「ずっと一緒にいようね。愛してるよ」
君が夜が深くなるまで明かりをつけて机に向かうようになった時、君はボクをまったく抱っこしてくれなくなった。
抱っこしてくれなくなった時、ボクはベッドの上から君をずっと眺めることしかできなかった。
眺めることしかできなくなった時、君は机を立ってふらふらボクの所へやって来て、ベッドに倒れるとともにボクに顔をうずめた。
顔をうずめた時、ボクのお腹が温かくなった。
お腹が温かくなった時、君が肩と息を震わしているのが分かった。
震わしているのが分かった時、君が将来に悩んでいることと大切な恋人にフラれてしまったことを知った。
それを知った時、ボクは喋れもしないのに君への言葉をたくさんたくさん考えた。
たくさんたくさん考えた時、ボクの隣にいた君のことをいっぱいいっぱい思い出した。
(大丈夫。ずっとここにいるから。一緒に、いるから……)
君が高校生を終えた時、君は家を出て一人暮らしをするために今までの部屋を片付けることになった。
片付けることになった時、君はいつかのようにボクを抱き上げて目を見つめてくれた。
見つめてくれた時、ボクにはもうすっかり新品だった頃の白さがないことに気付いた。
白さがないことに気付いた時、あれからたくさんの時間が流れたことを思い出した。
たくさんの時間が流れたことを思い出した時、ボクは君が大きくなったことを知った。
君が大きくなったことを知った時、君とはお別れなのかもしれないと悟った。
悟った時、君は涙を浮かべてボクを抱き締めてくれた。
「やっぱり一緒に行こう! ずっとずっと、抱き締めたいっ……」
君は大学生になった時、建物がいっぱいの街の隙間に建っているアパートで一人暮らしを始めた。
一人暮らしを始めた時、ボクも君と一緒に新しいおうちにお引越しした。
お引越しした時、君がいろんなものを乗り越えながら新しい場所に行こうとしてることを知った。
新しい場所に行こうとしてることを知った時、君はボクを抱き締めて言ってくれた。
「これからも、ずっと一緒にいようねっ。約束だよっ」
君が三年生になる時、君は白いお部屋にお引越しをした。
白いお部屋にお引越しした時、今までみたいにボクも君の枕元にお引越しした。
枕元にお引越しした時、ボクは君のベッドの隣に機械が付いていることに気が付いた。
機械が付いてることに気が付いた時、君の苦しそうな吐息が聞こえた。
君の苦しそうな吐息が聞こえた時、君は枕元のボクにぎゅっと抱きついた。
「怖いよっ……」
(大丈夫。いつまでも、ずっと、ずっと、一緒にいるんだから)
額の中の君を見た時、ボクは君の従妹の膝の上にいた。
膝の上にいた時、どうしても君の温もりが懐かしくて、涙も出ないのにたくさん泣いた。
たくさん泣いた時、ボクには抱きつけるような相手がいないことに気が付いた。
相手がいないことに気が付いた時、ボクは君にとってどんな存在なのかを知った。
どんな存在なのかを知った時、今まで君と過ごした思い出がチューリップの花みたいにボクの前に並んだ。
あの時、目が合ったのが君じゃなかったら。
一つ隣の子が選ばれていたら。
ボクはこんなに温かいものを知らなかった。
ねーえっ……。
君がいなくなってお部屋が空っぽになった時、お母さんは君がいつも寝ていたベッドの枕元にボクを置いた。
ボクを置いた時、お母さんはボクに抱きついて泣いた。
「もし、あの子の我が儘を聞いていなかったら、私には何も残らなかったっ……。あの子がいつもあなたを抱き締めていた理由、今ならとってもよくわかる……っ」
店先に並んでいた時、ボクは君に買ってもらえた。
買ってもらえた時、君はたくさんの温もりをボクにくれた。
温もりをくれた時、ボクに温もりがないことに気付いた。
温もりがないことに気付いた時、どうしても会いたくて仕方なくなった。
会いたくて仕方なくなった時、ボクはいつまでも帰ってこない君の帰りを待っていた。
ずっと、ずっと。
ボクは、ずっと君を待っていた。
ボクは店先に並んだ時、ずっと君を待っていた。 かんなづき @octwright
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます