第5話

 私はもはや何なのかわからない物体から花をむしるのを止める。

 花の小山は私が花から手を離すと、途端に復活して、増殖して、何倍の大きさにも膨れ上がり続ける。容積を増やし続けるそれは、フラフラと頼りない足取りでどこかへ向かって歩き始めた。

 辺りを見回すと、むしり取られ乱雑に捨てられた花弁が床を埋めていて、花の小山はそんな花弁に気付いているのかいないのか、くしゃりと踏みつけて進んでいく。

「どこに行くんですか?」

 たまらず私が彼に問いかけるのと、花の小山が崩れ落ちるのとは同じくらいのタイミングだったように感じた。

 間髪入れずに強い風が吹き抜け、床に散乱する花弁と崩れ落ちた花の小山をかっさらい、どこかへ飛んで行ってしまう。

 後には、花に埋もれていたはずの彼の姿も小山の花も無くなって、ただ、何かの種だけが点々と私の足元に残っていた。

 

 大学を卒業後、小さな商社の社員になった。

 私の頭には、今でもやっぱり花は無い。

 しかし、頭から花を生やす方法を模索することもなければ、たくさんの花を持っているように見える相手に攻撃的になることもなくなった。

 だからといって頭の花を諦められたわけではないけれども。

 頭の花に関しては未だに怒りや妬みがくすぶってはいる。ただ、それも前ほどではない。落ち着いた、というのだろうか。

 私の中で一段落ついた、といった感じなんだと思う。


 両親は私のことをおかしな子だとはもう思っていなかった。おかしいともおかしくないとも思っておらず、私が一人立ちしたと同時に両親の中で私という存在はどこかへ吹き飛んでしまったようだった。たまに里帰りすると、家の中に異物が紛れ込んだとでも言わんばかりに不愉快そうな様子になる。


 花の小山の彼とはあの後すぐに別れた。そもそも付き合っていたのかさえも怪しいのだけれど。

 花の小山の彼の次にはニチニチソウの彼と付き合い、その次はセンニチコウ、それからタンポポの彼とも付き合った。みんな長続きはしなかったが、ニチニチソウとセンニチコウとタンポポのそれぞれの花の種が私の手元に残った。

 それらは頭に乗せたりはせず、箱に入れて取ってある。

 時折、箱から出してつまみ上げ、眺めてみたりしている。

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ハナガサク 洞貝 渉 @horagai

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