第4話
花の小山にはすぐ追いついた。
「あの!」
呼びかける声がひっくり返る。
不審者だと思われて無視されないか不安がよぎったが、花の小山は呼びかけに反応して立ち止まってくれた。
私はその人にずかずかと近づき、乱暴に、その人から生える花をむしり取った。頭の上、肩、背中と花を除去すると、下から現れたのはさえない顔をした十人並みの男だ。道ですれ違っても、秒で忘れてしまいそうな、そんな可もなく不可もない男が困惑した様子で固まっている。
「あの、私、さっき食堂で隣だったんですが」
「あ、はい。そうですね」
「私、あなたに興味があります。いきなりですが、私と付き合ってくれませんか?」
「え」
男はちょっと引いている。
私もちょっとくじけそうになるが、ここで引くくらいなら追いかけたりはしない。
「だめですか? 彼女います?」
「いや、彼女はいないけど……」
「じゃあ決まりで。ライン交換しましょう」
男はおろおろとしていたけれど、強引に押し切り、スマホを出させて連絡先を交換した。
「これからよろしくね」
にっこり笑って言うと、男はさえない声で、はあと呟いた。
翌日から、私は花の小山に付きまとって花をむしりまくった。
花の小山の花は、むしってもむしってもすぐに復活する。私は復活するそばからむしり取りまくり、とにかく見ているだけで腹立たしい花が存在しない時間を、出来る限り延ばすべく全力を尽くした。
花の小山の彼は非常に戸惑っていたけれど、別段嫌がるでもなく、されるがままだった。私の勢いに気圧されているようで、呼び出しには律儀に応じ、彼から私に対してなにか要望したり行動を起こしたりすることはなく、ただニコニコと気弱そうに笑っている。
私は出来る限り花が無残に散るよう工夫してむしった。
握り潰し、引き裂き、捻じり、最後には床に叩きつけて踏みつける。
変な奴だと思われてもかまわなかった。
私以上に花の小山の方が変なんだから、気後れすることなんかない、と思った。
恋愛感情ゼロのお付き合いに、花の小山は一切苦情を言わなかった。私の奇行にも何も言わない。不満を言わないどころか、不服そうな様子すら見せない。
彼にまとわりつく花は日を追うごとに量を増していった。
サンビタリア、ガマズミ、スノードロップ、ヒヤシンス、スカビオサ……。
私は一心不乱に花をむしる。
やがて、どれだけむしっても彼の姿を発掘できなくなってくる。
気弱そうな笑顔が埋没した花々は、いくら痛めつけてもみずみずしさを失わないし、すぐに復活してしまう。
私の中にあった怒りや嫉妬心は相変わらず健在だったけれど、そこに不信感が加わった。
彼の素の顔を最後に見たのはいつのことだろうか。
私が傷つけようとしているこの花の小山の中に、彼は今もまだいるのだろうか。
「あの、大丈夫ですか?」
散々彼の花をむしっておいて、この言い草はさすがにない、とは思うものの、他になんて声をかけていいのかわからない。
「はあ、まあ……」
覇気のないくぐもった声が花の中から聞こえてくる。声をかけ続けていないと彼が消えてしまうような気がして、私は続けて質問してみた。
「そこは居心地がいいですか?」
「え、居心地ですか」
「苦しくないですか? 窮屈じゃないですか?」
「はあ、考えたこともないのですが」
「嫌じゃないんですか? 楽しいですか?」
「嫌とか楽しいとか、あんまり関係ないというか」
「このままでいいんですか?」
「はあ……」
「私はあなたのことずるいと思っています。私にはないものをこれでもかというくらいに持っていて、妬んでいます」
「あー……」
「なのにこれじゃ、ずっと悩んでいた私がバカみたいじゃないですか」
「……」
「聞いてますか?」
花の小山から返事がしなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます