第3話
世の中いろんな人がいる。
いい悪いの問題でもないし、普通の基準はその度たびに変化する。
みんなと同じ普通になりたかった。
私だけ花が無いのが寂しかったし悔しかった。
でも、私だけがおかしくて、私だけに花が無いというわけではなかったのだから。
こんなものなのかもしれない。
私は犬に生まれなかった、私はブラジルに生まれなかった、私は大富豪の家に生まれなかった。
そんな事柄と同じ。
私は頭に花を持って生まれなかった。
ただそれだけのことだったのかもしれないな、と。
それは突然で衝撃的だった。
理科の授業で挿し木と接ぎ木という手法を知った、あの時と同じかそれ以上の衝撃。青天の霹靂の再来だ。
場所は学食。
ちょうどお昼時で、私はその時カレーうどんを、汁を飛ばさないよう四苦八苦しながら食べていた。
花の小山が動いている。
ふと視界に入ったそれに対して、私がはじめに思ったのはそれだ。
少なくとも、それは人の姿には見えなかった。
普通、頭の上から生えた花は頭の上からはみ出して咲くことはない。たぶん、頭に咲く花の土壌は頭だけなのだろう。
でも、それは違った。
頭の上だけでなく、肩や背中、足に至るまで、全身に花が咲いていた。
おまけに咲いている花の種類も雑多でにぎやかだった。白く小さい花が全身を覆うようにして咲き、所々には濃い紫のこんもりとした小さな花や赤く細長い花、ツツジを思わせる少し大振りな黄やオレンジの花などが鮮烈に自己主張して咲いている。
「あの、隣いいですか?」
花の小山から人の声がして、ぎょっとする。
よくよく見れば、花の小山は唐揚げ定食の乗った学食のトレーを持っていた。
他に席が空いていなかったのだろう。
「あ、どうぞ」
私はあっけにとられながらも、かろうじてそう言った。
花の小山はありがとうございますと軽く礼をしてから、席に着く。
失礼だとは思ったものの、私はどうしても花の小山から目が離せなかった。
花はもぞりもぞりと蠢いて箸を使いこなし、唐揚げをつまみ、口らしき場所へせっせと運んでいく。
あっという間に唐揚げ定食を平らげ、小声でご馳走様でしたと呟くと、花の小山はトレーを持ってさっさと行ってしまった。
気づけば満席だった食堂も人がまばらになっていて、私のカレーうどんもすっかり伸びてしまっていた。
彼の全身に咲いていた花について、講義の間にこっそりとスマホで調べてみる。特にたくさん咲いていた白く小さい花はアセビ、濃い紫の小さな花が寄り集まった花はヘリオトロープ、赤く細長い花はツキヌキニンドウ、ツツジを思わせる少し大振りな黄やオレンジの花はアルストロメリア。
花の種類はわかった。
でも、なんで全身からあんなに花が生えていたのだろうか。
ぐるぐると答えのない問いに圧迫されそうになって、慌てて頭を振る。
——なんで私の頭の上には花が咲いていないの?
別のことを考えようと思った拍子に、ずいぶん前に考えることを止めていたはずの問いがするりと浮かび、一瞬ここがどこで今なにをしていたのかわからなくなった。
——人の頭には花は咲かないの。花を咲かせたいなら、お庭に花の種をまきましょうね。
——でも、みんなの頭には花があるよ。なんで私だけ無いの?
——あなただけじゃなくて、みんなの頭にも花なんて無いの。
——お母さんの頭にも花が咲いてるよ。私に無いのはなんで? 大人になったら、咲く?
なんで私の頭には花が無いのに、あの人はあんなにたくさんの花を持っているんだろう。
全身が花だらけだった理由について考えていたはずなのに、いつの間にか思考がズレている。
自分でもびっくりするくらい唐突に湧いてきたそれは、理不尽に対する怒りだった。
なんで私の頭には花が無いのに、あの人はあんなにたくさんの花を持っているんだろう。
諦めがつかないにしろ、ある程度は納得しているつもりだったのに、こんな怒りの感情が私の中でくすぶっていたとは。
全く講義に集中できない。
とにかく気持ちを落ち着かせようと窓の外を眺める。
窓からは教室の横を歩く人の姿がちらほらと見えた。購買に向かう人、次の講義のある教室へ向かう人、一人で足早に移動する人、複数人で楽し気に会話しながら移動する人……それから、花の小山が図書館のあるほうへのんびりとした動きで移動している。
私はもうどうにでもなれと覚悟を決めて、スマホと財布だけ持って静かに教室を抜けた。
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