第2話
どれくらいの期間、私が種を頭に根付かせようと努力していたのかは記憶がおぼろだが、どんなに頑張って頭に乗せてみても、頭の上で花の種が芽吹くことはなかった。
花の種を頭に乗せたくらいでは頭に花は咲かないのだと納得するのと、私以外の人には頭の上の花が見えていないようだということに気が付いたのは、同じくらいの時期だったと思う。そのころにはすっかり私は変わり者として知られており、周りから距離を取られていた。
私は種を収集して頭に乗せることも、どうすれば頭に花を咲かせることが出来るのかと尋ねてまわることも、きっぱりと止めた。そして、みんなと同じで頭の上に花なんか見えないし、頭に花を咲かせようなんて変なこと考えていませんよー、というフリを徹底した。
周囲の大人は一時的な子どもの奇行と、比較的好意的にとらえてくれていたように思う。クラスメイトたちも時間はかかったが、変わり者だった私のことはしだいに忘れてゆき、普通に大人しい子として、距離を取らずに接してくれるようになっていった。
しかし、両親の中ではすっかり私は頭のおかしい子として定着してしまい、大人になった今でも対等な人間としては見られていないようだ。
それはある意味正しい認識なのかもしれない。
種を頭に乗せることは止めたし、頭から花を咲かせるためにどうすればよいのか周囲に尋ねることもしなくなったが、だからといって私は諦めたわけではなかったのだから。
ある日の理科の授業で挿し木と接ぎ木という手法を知った。
青天の霹靂、とはまさにこのことだった。
こんな方法があったとは、現代文明ってすごい! と興奮する私に、友人の響は興味なさげにヨカッタネーと相槌を打つ。
響は中学校に入ってからできた友人だ。彼女の頭には鮮やかな赤のツバキが乗っている。よく言えば落ち着きのある、はっきりと言えばどこか冷めたところのある子で、趣味は読書なんだそう。
その時も、響は小難しそうな文庫本を開いていて、私の話は半分も聞いてはいなかった。
私は本に目を落としたままの響の、頭の上を見つめる。
響のツバキの花は複数ある。一つくらい手折っても、大丈夫なんじゃないだろうか。
みずみずしい赤の花に手を伸ばし、しっかりと掴んで、捻るようにして花のついた枝ごとむしり取る。
響は私の行動にも、自身の花が手折られたことにも気が付いていない。
私は手の中にある響の花を、ぐっと自分の頭に押し付ける。枝の感触がくすぐったく頭皮を撫でるが、定着した気配はない。
「何してるの? 頭、痛いとか?」
いつのまにか響が本から顔を上げ、怪訝そうに私を見ていた。
慌てて花から手を離し、なんでもない大丈夫だよと取り繕う。
私の手から解放された響のツバキは頭からするりと滑り落ち、花弁を散らして床に落ちた。
種を頭に乗せるという無意味な努力はそこそこの期間頑張っていたけれど、他人の花を挿し木するという挑戦は数回行っただけで諦めた。
私の強固な頭皮は花の茎や花のついた枝をまったく受け付けなかったのだ。授業で聞いた時にはこれだと思ったけれど、やっているうちになにか違うような気もしてきた。
みんなの頭の花は頭から生えている。頭の上から、ではなく、頭の内側から。それが頭皮の下なのか頭蓋骨の下なのか、はたまた脳の中から生えているのか、それはわからないけれど。
ただ外側から何かしても意味が無いのではないか、と思うようになった。もう、手の打ちようがないのだと。
私の頭に花が無いのは、土壌である頭の質が悪いのか、もしくは何かの間違いで初めから種がなかったからなのか。
諦めがついたわけではない。
それでも、大学生になり地元を出て、私以外にも頭の上に花が無い人や、あっても花が枯れかけている人、異常に花が小さかったり逆に大きかったりする人なんかを見かけるようになり、そんなものなのかもしれないと考えるようになった。
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