第8話 龍の顎

「『龍の鉤爪』……ダメだ。この本しかない」

優のくれた本。それにはまるで絵空事のような浮ついた話しか書いていなかったらしい。

『らしい』というのもこの本を俺は読んでいない。優に内容を説明してもらい、「でもまぁ、空想のものだろうけど」という締めくくりと共にこの本の役目は閉ざされた。

しかし、残念なことにこの市立図書館には、『龍の鉤爪』の資料が全く無い。

「まだ三時間しか経ってないよ」

駿ってば、根気弱い。

弟に冷たい目を浴びせられる。

「『しか』って……三時間『も』の間違いだろ!」

声を上げるとその場にいた全員がこちらを向いて凍りつく。優は溜息をついて、「駿、煩い」と悪態をつき、席を立って

「すみません。なんでもありませんから」

とにこやかに微笑んだ。

係員も大人も幼稚園児のような子供でさえ、何故かほっとしたような顔をして、動き始めた。

「…図書館では静かにって、あんなに言ったのに」

なんで駿は騒ぐかな……?と眉を顰めて本に目を通す優。

「だって優が!」

「また僕に怒られたいの?」

凍りつくような視線と冷ややかな声が物語っている。これ以上、優の言うことを聞かないのは色々な意味で危ない。

「はいはい、すみませんでした」

謝罪の気がないのが伝わったのか、伝わってないのか。優は本に視線を落としたまま言った。

「……仕方ないから、許してあげる。じゃ、探し物を続けようか」

「えー……」

えー、なんて言わないの。子供じゃあるまいし。と冷静な弟のツッコミと共に本棚を漁る。

「あぁ、もう駿。そんなぞんざいに扱わないで。本が可哀想」「ラベルの所に戻す!図書館を使う上での最低限の決まりでしょう?」「本に折り目をつけない!それくらい分かって!」

暫くして、優は痺れを切らしたのか俺に言った。

「駿に手伝ってもらうと面倒くさい。駿は先帰ってて。僕が纏めとくから」

最初からそうしろよ…とゲンナリすると「駿が言ったんだからね」と拗ねられた。

「僕は乗り切ってほどじゃないもの。駿がどうしてもって言うから、手伝ってあげてるの。感謝してよね」

素直じゃない弟だ。弟気質……というのは、こういうのを指すのだろうか。

「はっ……ツンデレかよ」

「煩い」

早く帰ったら?なんて生意気に言う優。

優のことだ。調べるとなったら徹底的にやってくれるだろう。

「じゃあ、先帰ってるわ」

早く終わらせとけよ、と言うと僕をなんだと思ってるの?と言われる。本当に生意気だ。弟のくせして。

……まぁ、数秒しか変わらなかったのだろうけれど。

帰ろうとした時、「あ、」と優は何か思い出したように言った。

「今日、ドーナツ食べたい。買っといてくれるよね?お兄ちゃん?」

不敵に笑う優の姿が思い浮かぶ。

「お前なぁ……」

何がいい?と投げやりに聞いた。

「新作の夏蜜柑のやつ。一日に個数決まってるから、早く」

買ってこなかったら許さない。

暗にそう言われた気がして、背中がひやりとした。

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空だけが蒼かった。 ゆづき。 @fuka_yudu

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