5-⑤


   * * *


「最近過ぎではございませんか? どこか具合でも悪いのですか? アルト様」

 ダルに手引きしてもらって黒服から王太子の服に寝室しんしつから出ると、クレシェンが待ち構えたように立っていた。

ひるを三時間に、夜はたっぷり十時間睡眠すいみんとは。赤子でもそんなに寝ませんよ」

 クレシェンに文句を言われ、アルトはしょうした。

 実際には黒服の騎士として動き回っていて、六時間睡眠がいいところなのだが。

 特に昨夜から今日にかけては、何度も黒服の騎士になって奔走ほんそうしていた。

「ずっと部屋にこもりきりで寝る以外に何をしろと言うんだ」

 モレンドていにいた一年前までは名も身分も隠してはいたものの、時には剣の稽古をしたり馬に乗ったり自由に過ごすこともできた。それが今では王太子の部屋から一歩も出ることを許されていない。

「国王陛下のじょうをいいことにクーデターをたくらあやしい一派がいるのです。今は万全ばんぜんを期して身を隠していてください」

 実は後宮の黒い噂を解明する一方で、アルト達はクーデターの動きにも気づいていた。現国王の側近でもあるクレシェンの父、モレンドこうがクーデターの方は探っているものの、そちらもなかなか全容が見えてこない。

 ただでさえ三貴妃の実家が権力を膨大ぼうだいさせてバランスがくずれているのに、そのじょうきょうねらってクーデターの動きがあるともなれば、国は崩壊ほうかいの危機にひんしている。そんな事情を一身に背負って王にならなければならないのだから、アルト達はあせっていた。

「私の問題なのに、隠れてふるえていることしかできないのだな」

 不満をらすアルトに、クレシェンはかたをすくめた。

「隠れて震えるような大人しい主君なら私もこれほど過保護になりませんよ。自由にさせたら敵の最前線に飛び出るような鉄砲てっぽうな主君ゆえでございます」

 アルトがダルをかばって暗殺者と剣を打ち合った時はきもを冷やした。あれでりたのだ。そんなクレシェンが、アルトが密かに変装して動き回っていると知ったら卒倒そっとうしてげきすることだろう。

「あちらもこちらも、問題が山積みなのです。せめて後宮の黒幕だけでもつかめたら……」

「そういえば、占い師に新しい侍女がついたそうだな」

「ああ。ブレス女官長が親戚の娘を呼んだようですね」

「どこの娘だ?」

「確かブレスの遠縁とおえんなか貴族の娘のようですよ。ちょうど王都で仕事を探してたとか」

「田舎貴族……。それにしては……」

 言葉使いといい、所作といい洗練されたものだったとアルトは思った。

 こっそり立ち去ることもできたのに、思わず声をかけてしまった。深窓の姫君を思わせるゆうな挨拶に見惚れて、気づけばわずかな側近しか知らない本名を名乗っていた。

 じょうを誤魔化すためとはいえ、なぜゆく知れずの母のことまで持ち出して協力を申し出てしまったのか。

 母のことはクレシェンにもダルにも相談したことはなかったのに。

 それをどうして初対面の彼女に言ってしまったのか。自分でも分からなかった。

「何か気になるのですか? ブレスの親戚なら怪しい者ではないと思いますが」

「いや、怪しんでいるわけじゃない」

「念のため素性を調べておきましょう。ベルニーニの息がかかっているかもしれません」

「ベルニーニ?」

「ええ。最近台頭してきたこうしゃくです。辺境の田舎侯爵だったはずが、このところ貿易や金融きんゆうで巨万の富を得て議会にもやたらに口出ししてくるのです。ずいぶんきたない商売をしていると噂でございますが、中には肩入れする貴族などもおりまして」

「肩入れする貴族?」

「一番あからさまなのがヴィンチ公爵家でございます」

「ヴィンチ家? 確か五年ほど前に公爵が亡くなられて、幼い娘に代わって後見人が家を管理していると聞いたが?」

「その娘がベルニーニに取り込まれているのかもしれません。重臣達が陛下に調べてみるよう進言しているのですが、最近はますます気弱になられて公務にも無関心のご様子でして……」

 はっきり言わないが、年老いた父は最近言動がおかしくなっていた。

 先日は、久しぶりに会ったアルトのこともよく分からないようだった。そのためなんとか譲位の証書を作り大急ぎでアルトの即位を進めている。

 しかし王が機能しないことによって国の政治は混乱をきわめていた。

 だからクレシェン親子を中心に、王派の重臣達が少しでもおん因子を減らすべく動き回っている状況なのだ。

「陛下の側近は今ではだれが味方なのか敵なのかも分からない状態です。こうなったら我々が独自に動くしかないかもしれません」

「そうだな。ヴィンチ家の所領は重要な場所だ。怪しい者に奪われるわけにいかない」

「ベルニーニ派の男と縁談えんだんでも進んでいるのであれば、とく没収ぼっしゅうもやむを得ませんね」

「できればそんな気の毒なことはしたくないが……」

「アルト様、これは同情で保留にできる話ではありません。甘いことを言っていたら国が傾きます。ひいてはたみが不幸になるのですからね」

「分かっている。国を安定させるためなら冷酷れいこくな決断も仕方ないと思っている」

 アルトはじゅうの表情で肯いた。

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王太子殿下は後宮に占い師をご所望です 夢見るライオン/ビーズログ文庫 @bslog

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