ノット・エレクトリック・ガール

 「へぇ、おもしろそうだね。私も今度借りてみようかな」

 そう言って、高砂悠綺たかさごゆうきは微笑んだ。彼女は同じクラスの物静かな少女で、控えめな性格をしている。昼休みになるとすぐ弁当も持たずに席を外すのでどこに行っているのか不思議に思っていたが、その行き先が図書室であることを最近知った。僕はお節介なのは承知の上で「お昼はちゃんと食べた方が良いと思うよ」と言った。彼女は驚いたような顔をした後、「そうだよね。わかっているんだけれど、教室にはあまりいたくないから……」と俯きがちに答えた。あぁ、僕と同じだ、と思った。

 放課後の図書室は空いていて、ほとんど貸切状態だ。彼女と初めて話したときも、同じような状況だった。

 ブラックアウト以降、あのソフトは読み込み不可能になってしまった。ルイにはもう会えない。攻略できていたのか、そうでなかったのかは判然としない。

 最後に見たルイの笑顔と、最後に聞いた言葉。僕はもう何度も、頭の中で反芻した。

寂しいけれど、悲しいけれど。僕が生きているのはあくまで現実リアルの世界であって、決して電脳デジタルの世界ではない。

ルイは、電脳デジタルを生きる。

 同じソフトを新しく購入しても、僕の知っているルイには会えないだろう。

もう使えなくなってしまったソフトは丁寧にケースに戻して、机の引き出しに仕舞っている。

 確認することは叶わないが今もまだ、そしてこの先もずっと、ルイはこのソフトの中に生きているのだろうと思う。

再び会うことはなくても、僕はルイの生きている世界をなくしたくはないと思う。

「前川くん、今度これ読んでみて」

 高砂さんが一冊の本を僕に差し出す。

 「エレクトリック・ガール」とある。

「おもしろいの?」

「とても」

 彼女はまた、ふわりと笑った。

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電脳彼女 識織しの木 @cala

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