ルイ
「荒川サンなんて言ってないで、ルイって呼びなよ。名字にサンなんて、気持ち悪い」
え……?意外すぎて戸惑った。僕だったら、いきなり名前で呼ばれたら、それこそ「気持ち悪い」と思う。だけど彼女は違うようだった。嫌悪を全面に押し出した表情で「気持ち悪い」と言っていた。
「女の子は皆、名前で呼んで欲しいと思ってるのかな?」
「はぁ?そんなのあたしが知るわけないじゃん。あたしオンナノコ代表じゃないし。人それぞれでしょ。そんなの」
必要以上に鋭い喋り方でこそあったが、言っていることは僕を納得させるのに十全足るものだった。確かに、個人個人で感覚は違うだろう。十人十色、とかいうありふれた言葉で表現するのはあまり好きではないが、やはりそういうことなのだ。
「ルイは、勉強好き?」
「別に。教科にもよるし」
そうだよねぇと僕は相槌を打つ。
放課後、学級委員の仕事。今は球技大会に向けての事務作業中。一時間だけ、作業をしつつ彼女と会話することができる。
彼女からのとげとげやらぎざぎざやらの言葉を受け止めるのは、もうすっかり慣れた。自分から質問できるようになったし、相槌を打てるようにもなった。
でも「質問の内容が面白くなくて薄っぺらで、その場凌ぎなのがわかっちゃって白ける」と散々な評価を受けた。
「英語と国語は好き。科学と数学は嫌い。」
「へぇ、語学が好きなんだ。全然知らなかった。僕は理数系、好きだけどな」
「何それ。
「僕なんかでいいなら、いいけど……」
これって正規のゲームで言うところのイベントなのでは、と思いながらも努めて冷静に了解した。
「でも、分かりにくかったら許さない」
「頑張る」
許されなかったら散々なことを言われるんだろうなぁ。
その後も少し話した。ルイが立ち上がって、鞄を手に取る。そのまま帰るのかと思ったら、静止している。
「何やってんの。早くして」
状況を飲み込めずにいると、彼女は鋭い目つきでこちらを睨んで、
「玄関まで一緒に行くの。動きが鈍い人って嫌いなんだけど?」
だから早くしてくれる?彼女はそう言いたげだったが、ついに付け足さなかった。
僕は急いで机上を片付けて、筆箱やらノートやらを鞄の中に仕舞っていく。待たせれば待たせるほど、彼女の機嫌は悪くなっていくだけだ。
今日はイベント続きだなぁと思いながら、彼女の後に続いて教室を出た。
「あたし、何で学級委員なんてやってんだろう」
「…確か立候補したんじゃなかったっけ?」
「そうだけど……」
僕は困る。何を言ったら良いのかわからない。彼女は何を求めているんだろう。
「中学のとき、不良っぽかったんだよね。あたし。遅刻してばっかで、課題は出さないし、授業サボるし」
玄関に着いてしまったけれど、彼女は立ち止まって話し続ける。淀みなく、すらすらと。僕は控えめに相槌を打つ。
「でも、このまんまじゃきっと駄目なんだなって気付いた。大人全員敵に回すのも疲れたし、面倒だし。もうやめよって思った」
彼女は大きく息を吐いた。そしてまた、
「だからって、いきなり周りに溶け込める自信なんてなかった。学級委員ていう肩書きがあれば、ちょっとはましになる気がした。浮いてても変に思われなそうって思った」
彼女にそんな過去があったなんて。少し驚いた。
「理由、あるんじゃないか。いや、別に理由なんかなくたっていいとも思うけど。中学のときと今とは大分違うみたいだけど、ルイはルイだよ」
結局、自分が何を伝えたいのだかよくわからなくて検討違いなことを喋ってしまった。そしたら案の定、
「はぁ?何言ってんの。あたしはあたし、当たり前じゃん。偉そうに言うな、あほたれ」
でも、と彼女は付け足した。
「ありがとう」
初めて、彼女の笑顔を見た。そして一瞬後。
画面がブラックアウトした。
「え……」
何が起こったか理解できず、しばらく固まった。「そうか、故障だ」と思って、勝手に落ちてしまった電源を再度入れ直した。画面が明るくなる。彼女に繋がるアイコンを探して、ボタンをカチャカチャいじる。
ない。ない、ない。
アイコンが、ない。
一度電源を落とす。ソフトをセットし直して、再度電源を入れる。
カチャカチャ。
カチャカチャ。
カチャカチャ。
……。
僕とルイとの繋がりは、完全に切れてしまった。
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