「不」or「良」品

 「もうちょっとはきはき喋れないの?」

 ゲームをやり始めて三日。初日からの辛辣な言葉のシャワーは止まなかった。

「もごもごしてるの見ると、いらいらする」

 目を厳しく細めて、彼女──荒川ルイは言った。

「ごめん」

 謝るくらいしか脳がない僕は、彼女の言葉に度々謝ってきた。今ので何回目かな……。

「そうやって謝れば済むと思ってそうなところも、ポイント下がる。感じ悪い」

 そんなこと言われたって、じゃあどうしろと言うんだ。謝れば済むと思っているわけじゃないし。

「謝るなら、次から改善してよね」

 半ば怯えながら頷いた。それしかなかった。

はきはき喋った方が絶対に良いというのは自分でも分かっているし、いつかは矯正しなければならないことだった。

「今日はもう帰るから。じゃあね」

「え、うん」

 彼女は机の横にかけていた鞄を取って、すたすた歩き出した。そのまま教室の外に消えていった。

メニューを出して、セーブを選択する。ゲーム機の電源を落とした。

 コマンドが出てこないという謎、というか致命的なシステム欠陥があったこのゲーム。だけど不思議なことに、こちらの声があちらの世界に届いているらしいのだ。容姿までは流石に見えていないと思うが。

 ネットで調べたがやはりコマンドは出てくるもので、こちらの声が届くなんて機能は備えられていなかった。

動画サイトでゲーム実況を見てみたが、実況者はコマンドを選んで進めていた。

あと一つ大きく異なっていたのは、僕のゲームには荒川ルイ以外で攻略対象となっている女の子たちが誰一人として登場してこないということだった。

 荒川ルイはプレイヤーと同じクラスで学級委員。プレイヤーもゲームの進行上否応なしに学級委員させられる。先程荒川ルイと話していられたのは、学級委員の仕事を放課後にやっている、というシチュエーションだったからだ。

 本来なら荒川ルイの他に四人の女の子が、初期選択肢として登場する。

 幼馴染みの九条糖奈とうな

 隣のクラスで有名財閥のお嬢様、流郷宮りゅうごうみや

 スポーツ万能な二年の先輩、小笠原つきこ

 成績優秀で生真面目な三年の先輩、眞塩鏤雨渦るうか。 

 以上四名が、僕が出会いたくても出会えない人物たちだ。どうしてだか皆目検討もつかないが、幼馴染みは教室を訪ねてこないし、お嬢様の噂は耳に入らないし、体育館に行ってもスポーツ少女はいないし、図書室に寄っても群を抜く才媛に出会うことはなかった。

 荒川ルイは一番性格がきついとプレイヤーの間では有名だ。一人しか攻略対象が登場しないだけでもげんなりするのに、その一人が荒川ルイなんて……。言っちゃ悪いが、最悪だ。現実リアルの女の子と話せるようになるための練習なのに、これじゃ電脳デジタルとも話せない。

 でも、と僕は思う。

 荒川ルイと対等に話せるようになれば、現実リアルなんてイージーモードに感じられる筈だ。プレイする度にとげとげどころじゃすまない言葉を投げつけられるのは嫌だが、我慢するしかないと思った。

 それに何だか、荒川ルイに指摘されれば、人に好かれない原因のいろいろを直していけるような気がする。

 不良品は返品できると聞いているが、敢えてそれはしないことにした。これはまたとないチャンスだ。これを良い巡り合わせにするか悪い巡り合わせにするかは、僕の努力次第だろう。絶対、良い巡り合わせにするんだ。

 彼女を攻略すると心に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る