幕間 主の居ぬ間に
同時刻――ランが帰路についた頃の無限迷宮リバベール内、最下層。
長机などが置かれたファンタジックな作戦会議室で、水晶玉から立体映像が空中に投影されていた。
それは密かに送られたランへの偵察用使い魔からの映像だった。
「こ、これがヘルベルト様の手腕なのですか……」
それまで言葉なく見守っていた室内の三体――イコールル、ディーテフロン、パンクラだったが、ついに感嘆の声が漏れてしまったのだ。
「た、確かにすげぇけどよぉ――」
力だけでは主にである魔王にも負けたくないパンクラが反応した。
――いや、正確には『力で負けてしまったら何も取り柄がなく捨てられるのでは……』と恐れているために震え声だ。
「い、隕石を砕くだけならオレだって出来るぜ?」
「ば、バカですかアナタは! まさかそこまで大バカだとは思いませんでした!!」
冷静沈着なディーテフロンが、今回ばかりは頭をかきむしり、感情のままに机に突っ伏して動かなくなってしまった。
最後にポツリと呟く。
「……頭でも、力でも、やはりあの御方はボクたちのすべてを上回っているのです」
「ど、どういうことだよ……」
「ふふ……ふふふふ……。では、代わりにヘルベルト様を世界一愛している、このイコールルが説明して差し上げましょう。妾たちの考えが及ばない領域にいるとは思っていましたが、まさかこれほどとは」
それまで黙っていたイコールルがよくわからない愛アピールをしつつ、踊るように二人の前に立って弁舌を発揮し始めた。
「さて……どこから偉業を説明致しましょうか」
「オレが気になってんのは、なんでゲートキーパーを連れて行かず、ペットやひ弱な商人と一緒に行ったかだぜ。強さ的にはオレたちの方が上だろう?」
「ええ、ではヘルベルト様の意図をそこから説明致しましょう。まず、妾たちを連れて行けない理由。これは簡単です。これから聖女として万人を欺いて世界を手中に収めるという壮大な計画の第一歩です。いかに人間に近い姿に変装できる妾たちであっても、細かな言動や仕草でボロが出てしまうのは避けたい」
「く……確かに一長一短で人間っぽくするのはきつそうだぜ。武術と一緒で、それなりの鍛練を積まなきゃか……」
パンクラは辛い修行の末に体得したいくつもの技を思い出しながら、自分の考えの甘さを噛み締めていた。
「次にあのペットたちは……油断させるためです」
「油断……?」
「そうです。どうやら人間はあのような外見の動物に惑わされやすい。それを従えるとなると、かなりの好印象を最初から周囲に与えられることでしょう」
「なんつーエグい心理を突くんだ……まさしく魔王だぜ……」
パンクラのような力だけでは成し得ない部分をいともたやすく準備する。
三人は身震いするような感動を共有していた。
「そして、あのどこにでもいるようなか弱い人間の男。アレが今回のキーです」
「あ、あの弱っちそうな野郎が?」
「ええ、戦闘面で見ればゴミのようなものですが、ヘルベルト様は多角的に物事を見ていらっしゃいます。商人……というところを利用するために連れて行ったのでしょう」
「……でも、人間なんてすぐに裏切ったりするんじゃねぇか? 自分の種族と対立することになるかもしれないんだぜ?」
浅はかすぎるパンクラの質問に対して、イコールルは小さく嘲笑を見せた。
「ふふふ……ヘルベルト様はお見通しですよ、そんなこと。このタイミング、あの場所、そして行動……実際に起きたことを照らし合わせれば、ヘルベルト様ほどの高尚な知能がなくても導き出せます。むしろ、妾たちに道を示すためにご自身で行動したのではないでしょうか」
「んん……? あの場所……というのはローネっつう村だよな。それを救って……ああ!? そうか! 救った中には商人の男の家族もいた!」
「その通りです」
表向きはフィナンジェに借りを作る――と同時に、恐るべき魔王の力を見せつけて、いつでもお前の家族を殺せるぞという絶対的な恐怖心で縛ることができる。
自らの一番大事なものを握られた状態で裏切れる人間はいないだろう。
しかも家族が三人いるということは、一回裏切るごとに一人ずつ殺すということが三回できて効率がいい。
魔王的に、非常に理にかなっている行動なのだ。
「す、すげぇぜ……すげぇぇぇぇぇぜッッ!! ヘルベルト様!!」
パンクラは歓喜に打ち震えていた。
それを横目に、突っ伏していたディーテフロンがようやく復活してくる。
「この脳筋、ようやくヘルベルト様の恐ろしさがわかりましたですか。最初に一気に気付いてしまったボクは、自分も少しくらいは足元に近づけているくらいの智慧を持っていると自惚れていたのを改めさせられて、死ぬほど凹んでましたです」
「あっはっは、中途半端に頭が良いってのも考え物だな!」
「中途半端は余計……ヘルベルト様が規格外すぎるのですよ。それに今回の偉業にはまだ続きがあります」
「ま、まだあるのか!?」
パンクラが、ガタッと身を乗り出してきていた。
巨大すぎる腕の反動で長机が大きく揺れる。
「落ち着くのです。まったく……当たり前でしょう? 魔王ヘルベルト様なのですよ?」
パンクラのゴクリとツバを飲み込む音が聞こえた。
「いくつもあるのですが、まずは被害を出さなかったことなのです」
「なんでぇ? 虫けらみてぇな人間が死ぬくらいどうってことないんじゃ――」
「大有りです。ヘルベルト様は、聖女ランとして活動しているのです。〝犠牲を一人も出さずに救った聖女〟という肩書きは大いに利用できるはずなのですよ。それに遺恨を残すことなく、敵である帝国兵ですら信者にしてしまうこともできる」
「な、なるほど……」
「それも例外なく、敵対した天空神クローネすら生かしたまま服従させ、ペットにしたのです。枚挙に暇がなさすぎて、有効性を説明するだけで一晩かかるほどなのです」
パンクラは何度目か分からないほどの戦慄を覚えていた。
たしかに力押しだけならパンクラたちが協力すれば可能かもしれないが、それではすべてを破壊し、虐殺するだけで終わっただろう。
それでは〝次〟に繋がる部分が少なすぎる。
「それによって、国と国とのパワーバランスにまで介入して、王侯貴族たちも〝聖女〟を無視できない存在として注目するようになるのです。注目されれば……それを〝安全な場所から眺めている〟と勘違いしている愚者どもを――裏から操るのも、ヘルベルト様なら容易です」
ヘルベルトは深遠なる考えで、力も行使し、智慧を働かせ、人心すら掌握するという偉業を一手で成し遂げたのだ。
あらかた話し終えたところで、イコールルは人類すべてを見下すような狂気の表情で両手を大きく広げて、宣言をした。
「さぁ、我らの魔王ヘルベルト様が道を切り拓いてくださいました。妾たちも世界を手中に収めるための準備を致しましょう……!」
――――
あとがき
いったんここで終了となります。
このあとはコッソリと加筆で10万字くらいにして、公募などに出す予定です。
今、更新中の作品はこちら
『追放後の悪役令嬢ですが、暇だったので身体を鍛えて最強になりました』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054922762051
第二王子トリスに婚約破棄された、悪役令嬢のジョセフィーヌ。
彼女は人里離れた山の中に追放されるが、メチャクチャ暇を持て余していた。
「ま~、これからは自分のために生きてみますわ~」
やる気を無くしていたジョセフィーヌが見つけたのは、落ちていた20kgの鉄球だった。
暇だったので瀕死になるレベルで筋トレすることにした。
猫かぶり魔王、聖女のフリをして世界を手中に収める ~いいえ、破滅フラグを回避しながらテイムでモフモフ王国を作りたいだけの転生ゲーマーです~ タック @tak
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