天空神クローネ
『おい、貴様ら! 吾輩を無視するな!』
ランがフィナンジェの少し硬い膝枕を堪能していたところ、お怒りの声が聞こえてきた。
なんだったかな……と数秒考えて、天空神を放置していたことを思い出した。
「あ、天空神の天ちゃん」
『チクショウ……フレンドリーに呼びやがって……! 吾輩の正体を見て驚け小娘!』
「しょ、正体!?」
天空神のほこらの前にあった神秘的な輝きは光を増して、収束して物質となっていく。
ランはそれを凝視していたのだが、何やらサイズが随分と小さいことに気が付いた。
「……猫?」
「そう、吾輩は天空神クローネ、猫である……って、猫!? どうして猫!?」
そこに現れたのは喋る黒猫だった。
混乱しているのか、フギャー、とか、フシャー、とか猫っぽいリアクションが聞こえてくる。
「くっ、しまった……。つい興奮して力を使いすぎて縮んでしまったのか……」
クローネは黒猫の身体で器用に頭を抱えて落ち込んでいた。
「か、可愛い猫……よく見たら触りたくなるような良い毛並み……」
「吾輩のことを猫とか言うな、色々とおかしな小娘!」
その一人と一匹のやり取りを見ていたフィナンジェがやっと口を開いた。
「ランちゃんが見えない何かと話しているようで不思議だったけど、そうか……天空神と会話をしていたのか……。偉大なる神とコンタクトを取れるとは……」
「ほう、そこの商人。貴様は吾輩のことを偉大なる神とわかっているようだな。見どころがある。信者にしてやっても――」
クローネがふんぞり返ってドヤ顔で信者勧誘しているのだが、そろりそろりと魔の手が近付いていた。
「えい! テイム!」
「……は?」
気付いた時には色々と遅かった。
「やった、テイム成功! 猫ちゃんゲット!」
「は? は? ちょっと待て、小娘。貴様なにを……?」
ランは天空神クローネをペットにした!
――それから避難していた村人たちが戻ってきた。
遠くからでも隕石落下と謎の消滅は見えていたので、ローネ村に戻っていったランが何かしてくれたのだろうと察していた。
「む、村が無事だ!」
「あれだけの隕石が迫ってきていたのに……!?」
「これも聖女様のおかげに違いねぇ!」
集まってきた村人たちから羨望の視線を向けられたランは、照れくさくなってしまう。
「いや~、そんな。私はちょっと頑張っただけですよ~!」
「ランちゃんすごい! あたし尊敬しちゃう! ……でも、どうやって隕石を?」
そのフリアの無邪気な問い掛けに、ランは『えっ』と固まってしまった。
魔王の力を使って粉砕してからブラックホールで吸収しました――とは言えない。
何か聖女っぽく解決したことにしなければ……。
「えーっと……そのね……」
「うん、うん!」
「い、祈ったの! 天空神……様に!」
それに対して、黒猫の格好になっているクローネがツッコミを入れてきた。
「一瞬でも吾輩に祈ってたか……小娘……?」
「ね、猫ちゃんが喋った!?」
当然のことながら、この世界でも猫は喋らない。
フリアが興味津々になっているので、ランはクローネの口をガッシリと手で塞いでから、雑な作り笑いを浮かべた。
「こ、この猫ちゃんはクローネといって、天空神の使いなの! 私の純粋すぎる祈りを聞き届けて、天空神が隕石を落とすのを止めてくれたの、うん!」
「そうなんだ~! すごーい!」
聞いていたのはフリアだけではなく、村人や帝国兵たちもだった。
彼らはランを神のように崇め、奉り、大地に頭を垂れた。
「ちょ、ちょっと皆さん!?」
「聖女様!」「オレたちをお救いくださった聖女様!」「いや、女神様に違いねぇ!」「ラン様のために宴の準備をしろー!!」
などとそれぞれが心酔したテンションでいるようだ。
魔王パワーで解決してしまったランは罪悪感から白目を剥きそうになったので、宴とやらを断って早々に出立することにした。
***
ぐったりと猫背気味で森の中を歩いて帰路につくランと、いつものように綺麗な姿勢で歩くフィナンジェ、トコトコと後ろから付いてくるクローネ。
「はぁ……何かドッと疲れた……」
「いやぁ、驚いたよ。ランちゃんが魔王だったなんて」
「吾輩も驚いた、いきなり小娘に
そういえば、ランはまだ詳しいことを話していなかったと思い出した。
かくかくしかじかと、フィナンジェがショックを受けそうな転生と乙女ゲー設定以外の事情を両者に説明していく。
「――ということで、私は魔王と聖女の役割を押しつけられただけで、普通の女の子なんです~!」
「普通の女の子は、その二つの力を使いこなしたりはしないと思うよ」
フィナンジェのツッコミが鋭い。
「そうなんですけど、ちゃんと立ち回らないと破滅フラグで大変なことになりそうなんですよ」
「破滅フラグ……?」
「えーっと、死ぬほどヤバいことが起きるってことです。なので、正体を知ってしまったフィナンジェ様には色々と協力してもらえたら嬉しいな~なんて……。かなり……というか、すっごく厚かましいお願いですが……」
「いや、厚かましいなんてとんでもない。何があっても、オレ様はランちゃんの味方さ」
フィナンジェがスッと顔を近づけてきたので、ランはドキッとしてしまった。
やはり、とんでもなく顔がいい。
「そ、それって、もしかして私のことを――」
「うんうん、商売のニオイがするぞ! 新たに出来るダンジョンと、その冒険者たちからの需要! ローネ村の帝国兵と商売するより、ずっと儲かりそうだ!」
「あ、そっちなんですね」
ランは勘違いで溜め息を吐いてしまう。
やはり転生前の人格が混じってしまったために、ゲーム時代のモテ期はなくなってしまったのだと思った。
ついでにボソッと、一言漏らした。
「そうだよね~、地球でもモテたことなかったしな~」
「……地球、と今聞こえた気がするのだが」
クローネがピョンと肩に飛び乗ってきて、ランにだけ聞こえるように話しかけてきた。
何やら秘めた物言いだ。
「え、クローネ、地球を知っているの!?」
「吾輩もそこまで詳しくないが……滅んだ星の名前だな」
「……え?」
「それと話に出てきたエクレールという王子には気を付けろ。ローネ村の帝国兵を操っていたのはアイツだ」
立て続けに出てきた重要情報――それらはランをどう動かすのだろうか。
「ま、いっか。今回もほぼテキトーにやったら何とかなったし、一晩寝てから考えよ」
お気軽なランはあまり深く考えず、自分の道を歩くのであった。
彼女の前に道は続く――。
――――
あとがき
面白い!
続きが気になる……。
作者がんばれー。
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