聖女VS隕石

 空一杯を覆うような隕石。

 尋常ではない威圧感だ。

 それに隕石は地表に落下ではなく、空中で爆発して衝撃波によって周囲を滅ぼす。

 破滅ルートで見た爆発した高度と照らし合わせても一刻の猶予もない。


「くっ、もうお終いなのか……」


 フィナンジェの絶望を孕む声が聞こえるが、ランはニヤリと含み笑いを見せた。


「ふふふ……こんなこともあろうかと……」


 人生で一度は言ってみたいセリフトップテンに入ることを言って、ランはユニコーンのフサフサした毛を撫でた。


「この子を連れて来たんじゃないですか!」


 ビシッと天空――隕石に向かって指差し。


「いけっ! ユニコーン! ビームを発射よ!」


『ヒヒィーン!』


 ユニコーンの角が輝き、収束してビームが放たれた。

 それは隕石まで一瞬で到達して、見事に命中した。


「よっし! ……って、あれ?」


 ……のだが、ビームは隕石の表面を軽く削っただけだった。

 隕石があまりにも大きすぎて、ユニコーン一匹が放つ程度のビームではどうにもならないのだ。

 さすが相手は仮にも神を名乗るものである。


「だ、ダメなのか……ユニコーンの力でも……」


「うーん、どうしようかなー」


 焦燥するフィナンジェだったが、ランはいつものように緩んだ表情をしていた。


「んー……、フィナンジェ様。一つお願いがあるのですが」


「もう最期だからと……接吻の願いか……? ふっ、ランちゃんとのキスなら黄泉の旅路への土産にもなりそうだ……」


「なに暗い顔でブツブツ言ってるんですか? 今から見る私の力を他の人には黙っていてほしいんです」


「は?」


「たぶん――やりすぎちゃうと思うので」


 状況を把握できないフィナンジェをよそに、ランは愚痴を言いつつ意識を集中し始めた。


「本当は可愛いモフモフ軍団と幸せに暮らしたいだけなのに……。もー……なんでこんなことになっちゃうんだか……。他の人に知られたら、モフモフ軍団じゃなくて、〝魔王〟の軍団とか言われちゃうじゃない……」


 ランは聖なる力で抑えていた、魔王の力を解放した。

 光を蝕むような黒々とした極大魔力が膨れあがり、周囲の生物を強制的に畏れさせていく。

 フィナンジェも力が抜けて頭を垂れるような格好となり、ガクガクと震えていた。


「この力をユニコーンに注いで、っと……。可愛いままでいてくれますよーに」


 魔王の魔力が注がれると、ユニコーンの身体に変化が起こった。

 身体が一回り大きくなり、顔つきが引き締まり、そしてなにより大きな翼が生えてきたのだ。


「ペガサスになった! 角が生えてるから、ユニコーンペガサスかな? きっと、華麗に空を舞うために……イケメンと二人で乗って……なんちゃって、なんちゃって!」


 ランが翼の使い方を妄想していると、ユニコーンは再びビームを撃つ態勢に入った。

 今度は角の部分が赤く――あまりの温度で赤熱化している。

 周囲の空間が歪むほどの超高熱を溜めているようだ。

 このままでは熱で爆発してしまうのではないかと思ったその瞬間――翼がバサッと大きく開いた。


「お、おぉ!?」


 翼に赤いラインが入って、熱の空間歪みが移動している。

 どうやら翼は放熱板のようだ。


「乙女のロマンの欠片もありゃしない……」


 大気中の浮遊粒子すら焼けるような熱、音、焦げ臭さが感じられる。

 溜めに溜め込まれたそれらのエネルギーが角の先に収束し、凝縮され、高速回転する七十二の魔法陣をライフリングのように展開して一直線で放たれる。

 魔法の火と表現する程度では生ぬるい。

 すべてを焼き、穿ち、消滅させる絶対破壊の光線――すなわち魔式荷電粒子砲ビームだ。


『ヒヒィィィン!!』


 チョコレートに熱した棒を当てるように、隕石はスッと中心に穴を開けた。

 ユニコーンペガサスは首を振って、撃ちっぱなしのビーム軌道を操作した。

 一文字、十文字、八文字――綺麗な断面でカットされていく隕石。

 何個かに分かれたのだが、その破片が地上に迫ろうとしてきた。

 最初よりはマシになったのだが、それでも一つ一つの大きさは村を滅ぼすのに充分だろう。


「そ、そんな……!?」


 フィナンジェが絶叫じみた声をあげるも、ランは気にしていない。


「たしか闇魔法の中で使えるのがあったかな。七十二に連なる重力の神よ――」


 闇魔法とは、聖魔法と対になる特殊な魔法だ。

 聖魔法が聖女としての特権なら、闇魔法が魔王としての特権である。

 闇魔法は主に生命を枯らしたり、空間や重力を操るという規格外の属性。


「えーっと……〝ブラックホール〟」


 聖女ラン・グ・シャゾンが力ある言葉を発した。

 それだけで周囲に漂っていた膨大な黒い魔力が一瞬にして集まり、指先程度の小ささの球体に変化した。

 ランはそれを、ぽいっと天空に向かって投げる。

 意外にも黒球の速度は速く、一秒かからず隕石の破片に衝突した。

 その瞬間――開いた。

 巨大な黒い手のようなモノが〝向こう側〟から空間の端を掴み、大きくこじ開けている。

 見えるのは宇宙そのもの。

 暗黒空間、輝く小惑星、熱を発する恒星、楕円の銀河系――


「な、何なんだアレは!?」


「おー、すごいですね。何なんでしょうかね」


「使ったランちゃんにもわからないのか!?」


「効果くらいしか覚えてなくて……」


「効果……だって?」


「すべてを吸い込みます」


 重力に引かれて地面に向かっていたはずの隕石の破片は、ブラックホールの中に吸い込まれていく。

 上下に引っ張られた影響で爆散した隕石の欠片でさえ、そのエネルギー余すところなく吸い込まれていく。

 それはすべての法則を無視したかのような、信じられない光景だった。

 たとえるのなら天地創造や、モーゼが海を割るくらいの神秘的な光景だろう。


 ――しばらくして、隕石の処理を終えたあと、ブラックホールの向こうから巨大な〝眼〟が覗き込んできて、ジッとランを見つめていた。

 ランもそれを見つめて小さく手を振り返すと、ブラックホールは〝眼〟ごと消滅した。


「お、終わった……のか……」


 フィナンジェはポカンとしていた。

 ランは頷こうとしたが、フラッと足をもつれさせてしまう。


「おっと、大丈夫かい? ランちゃん」


「す、すみません。ちょっと魔王の力を使うと、疲れちゃって……」


「やはり、アレは魔王の力だったのか……」


「秘密にしておいてくださいね」


 ランはそのまま横になろうとしたのだが、フィナンジェが離してくれない。

 何だかんだでフィナンジェに膝枕する格好になってしまった。


「……ちょっと恥ずかしいんですけど~……」


「ランちゃんに膝枕をすることが、オレ様への口止め料ってことで」


 イケメンに膝枕をしてもらうって、逆にお金を払うもんなんじゃ……とランは突っ込みたかったが止めておいた。



――――


あとがき



面白い!

続きが気になる……。

作者がんばれー。

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