第40話 「嫌われてない!ばーか!ばーか!からあげサン買って!」「いいよ。十本買おう」



[ 今何してますか? 少し話せますか。 ]


 初めて自分から送ったL1NEのメッセージを、颯太は真顔で凝視する。


 実に数十分をかけて文面を考えたメッセージは、読み上げるのに五秒もかからない。それなのに、未だ既読はつかなかった。


 夏休みに入ってかからの篠は、颯太がL1NEに返事をすると、いつもすぐに既読が付けていた。


 なのに今は、既読も付かない。

 もちろん返事もないし、通話もかかってこない。


 これまでは返事がすぐに出来ない時も、既読をつけることで、篠が颯太に安心を与えてくれていたことを知る。


 最初は、昼の颯太の態度に怒っているのだろうかと思っていたが、次第に不安になってきた。

 もしかして、何か事件に巻き込まれているんじゃ無いかと想像した途端、心配でたまらなくなる。


(送ればよかった。いや、変な意地なんか張らないで、学校で待たせてたらよかった。いやもう、それを言うなら――誤解なんか、するんじゃなかった)


 後悔とは先に立たないものである。

 しばらく学校の校門で篠からの返事を待っていた颯太だったが、心配に耐えきれず、自転車で篠の家の方に向かった。せめて、無事に家に帰ってるかだけでも確認したかった。


「――やぁーだぁあああ……!」


 子どものような泣き声がして、颯太は顔をそちらに向けた。そこは、岬の車で寄った、篠の家の近くのコンビニだった。コンビニの灯りのおかげで、夜遅くてもよく見える。


 泣いていたのは、篠だった。


 コンビニのドアから、今まさに出て来たところだった。子どものように大粒の涙を流す私服の篠を、男が引っ張ってどこかに連れて行こうとしている。


 駐車場に止めてある車に乗せようとしているのだと気付いた颯太は、乗っていた自転車を、ブレーキもかけずに手を離した。


 自転車を、放り投げるようにして歩道に乗り捨てる。自転車から降りた颯太は、大股で篠のもとに走った。激しい怒りに駆られた颯太の腕が震え出す。


 自転車が地面にぶつかる音でこちらに気付いた篠が、泣き濡れる顔でこちらを見る。


 怒りに震える颯太を見て、篠は顔を真っ青にして男の腕をブンと振り払った。



「駄目! 殴っちゃ駄目!」


 男をかばうように、篠が踊り出た。



「大会あるでしょ!」



 颯太が篠を押しのけ、腕を振りかぶる。

 篠は悲鳴を上げた。



「――お兄! 逃げて!」



 振りかぶった腕は、頬に当たると思った寸前で、避けられた。篠を泣かせていた男――お兄と呼ばれた男が、しゃがみこんだからだ。


「……え?」


「いいぞ、ソータ! たとえ身内だったとしても、篠が泣いてたらぶん殴れ! それでいい! でもお兄ちゃん、痛いのは嫌だから避けちゃった」


 てへぺろ。としゃがんだまま、篠の兄は笑った。


(……お兄? お兄ちゃん? 篠の、兄?)


 コンビニの周りにいた客達は、すわ喧嘩かとざわめいていたが、篠の兄の作り出した和やかな空気に安心し、注意を逸らす。


「いいわけないでしょ! 最悪お兄の顔がどどめ色になろうと莉香ちゃんが悲しむだけだろうけど、颯太はバレーがあるんだよ! 大会出られなくなったら、どう責任取ってくれるの」


 岬同様、篠は兄にも少し甘えるような態度になるようだ。篠がこんな風に怒る声を、颯太は初めて聞いた。


「俺の顔がどどめ色になって悲しむの、莉香だけだと思ってんの?? ちょっとさすがに過小評価過ぎない?? 会社の全女子が泣きますけど??」

「知らない! お兄の馬鹿」

「篠冷たい。俺、殴られそうだったのに。篠ってば、いつの間にそんなに俺に冷たくなったの?」


 ぐすぐす、と泣き真似をする篠の兄についていけず、颯太は呆然とした。未だ篠の肩を掴んだままだったことを思い出し、慌てて離れる。

 篠は颯太を振り向いた後、一度微笑んだ。しかし、すぐに厳しい顔をして兄を見る。


「篠はいつでも、お兄にも優しいです」

「そうだよな。篠が一番大好きなのはお兄ちゃんだもんな」


 にかっと笑う成人男性は、見た目は篠の父にそっくりだった。つまり――言動はあれだが――信じられないほどのイケメンである。


 疑いようのない遺伝子に、颯太は頭を下げた。


「……お兄さんとは知らず、すみませんでした。篠さんの後輩の、楢崎と言います」


 失礼なことをしてしまったと颯太が緊張して言うと、篠の兄はにこりと笑って言う。


「うん。知ってる。ソータでしょ。俺はあさひ。あーちゃんって呼んでね」

「呼ばなくていいよ」

 篠の兄、旭に、篠がつっこむ。


「頭上げなって。さっきも言ったけど、今回はたまたま俺だっただけだし、次にもし篠が困ってたら、後先考えず相手の男ぶん殴ってね」


「はい」


 旭の言葉に、颯太は即答した。


「はいじゃない。お兄も言わないで。颯太にプレッシャーかかっちゃう」

「当たり前のこと言われてプレッシャーに感じちゃうぐらいなら、まあしょうがないしなぁ」


 にこっと旭が、篠に笑みを向けると、篠はたじろいだ。


「大丈夫です。殴ります」

「それでこそ忠犬ソータだ!」


 颯太が言うと、旭は嬉しそうににこにこと笑う。「忠犬」や「ソータ」という呼び方は、岬に聞いたのだろう。


 篠が「お兄!」と怒っているが、全く怖くないらしく旭は笑っている。颯太とは大違いだ。


「そんじゃ、兄ちゃん先に帰っとくな。ソータ。責任持って連れて帰れよ」

「はい」


 旭はにこっと笑うと、車に乗ってコンビニから去った。

 旭の車が駐車場から出る際に、颯太が放り投げていた自転車が邪魔になったため、大慌てで自転車を回収する。完全に、自転車のことなど忘れていた。


 颯太は篠を見下ろした。

 篠は颯太を見上げている。


 颯太は息を吸って、緊張しながら言った。


「……少し、話がしたいんです。ちょっと、どこかで話しませんか」






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