第39話 (辻浦の大嘘つき野郎。もげろ)


「――はああ?? 花茨が、俺に告白した?」


 練習が終わった後、着替えながら部室で談笑をしていた陽介が叫んだ。

 陽介から少し離れた場所で汗を拭いていた颯太は、声の大きさと内容に、僅かに体を震わせる。


「まさか……そんな馬鹿な話、信じたやついないよね?」


 唖然とした陽介の顔を見て、部室はしんと静まりかえった。


 新渡戸の話を聞いた時点では半信半疑だった部員達も、陽介と篠が一緒に帰ってきた上に、陽介が篠を颯太に渡したことで、あの話は本当だったのだと確信していたのだ。篠と話した颯太が、ひどく不機嫌な顔で帰ってきたのも、拍車をかけた。


「……まじかよ。不憫すぎる」


 頭を抱えて、陽介がため息を吐きだした。


「颯太」


 呆れた目をした陽介が、颯太を見た。颯太は背筋を伸ばして、陽介に向き合う。


「他の誰が信じても、颯太が信じるのは、ナシだろ」


 颯太はぐっと奥歯を噛んだ。そんなことを陽介に言われるのが、陽介に言われるようなことをした自分が、悔しくて仕方が無い。


「じゃあ俺が聞いたのはなんだって言うんだよ」

 納得いっていない顔の新渡戸が、陽介に絡む。


「告白だったろ? 積年の胸の内を伝えられたんだろ?」


「アホか。単純に、可能性と確率の話をしてただけ。もっと簡単に言うと、安打数の話」


「……はあ??」


 颯太にとっても、「はあ?」だった。

 全く意味がわからない。


「つーかまじでそういう無責任なこと言いふらすの止めろよ、新渡戸。前の試合の時もそうだったろ」

「それは今、ここで関係なくね?」

「俺と花茨のことのほうが、新渡戸には関係無いよ」


 ため息をついた陽介が、颯太の腕を引っ張る。


「ちょっと来て」


「修羅場だ!」

「修羅場だ修羅場だ!」

「殴り合いの修羅場だ!」


 陽介と篠が帰ってきた時は、生々しさに怖じ気づいていた部員達だが、ようやく面白くなってきたのだろう。皆顔を輝かせて浮いた話を貪ろうとしている。


「お前ら出て来たら、帰り兎跳びだから」


 陽介に連れられ、颯太は部室を出た。

 七時を過ぎた外は、ほんのりと薄暗い。バレー部の部室は二階にあるため、陽介と颯太は無言で階段を降りる。カンカンカン、と外階段を靴の底が叩く金属音が耳に響いた。


 雨だれの染みが付いた、部室棟の壁を見る。


 ――篠を二回目に見たのは、ここだった。


 あの時、勇気を振り絞って待ってくれていた篠を思い出し、颯太の胸が痛んだ。


「それで。颯太はどう聞いてる?」


 部室から顔を覗かせている部員達に聞こえない場所で、陽介が颯太に尋ねた。陽介は怒っている風でも、呆れている風でも無く、ただの後輩に接する声色だった。


 ずっと喉がカラカラで、何も話せなかった颯太が、ようやく口を開く。


「……陽介君に、『彼女が出来る前に告白したら付き合ってもらえたのか』って篠が聞いたら、陽介君が『付き合ってた』って言ったって」


「お前、『篠』とまで呼ばせて貰っといて……。あのなー。俺は隣に座っただけで睨まれたんだけど」

 呆れた目をする陽介に、颯太は拳を握りしめた。


「しかしまた新渡戸は、あり得ないくらい凄いところだけ抜粋して聞いたなぁ」

 顔を顰め、部長の顔をして陽介が呟く。


「それ聞いてテンション上がって、最後までは聞かなかったんだろうね。あいつ、本当そういうところあるな。だからいつもケアレスミスばっかなんだよ」

 新渡戸のプレーの内容を思い出しているのだろう。顔を顰めた陽介に、颯太は思い切って言う。


「……でも正直、そんなことを篠が言う時点で、俺は……篠にはある程度、陽介君に気があるんだと思いました」


「あー。そういう判断で信じちゃったわけね、颯太は。それならわからなくも無いかな。花茨が不憫なのには変わりないけど」


 失望させただろうに、陽介は颯太の言葉に耳を傾けてくれた。颯太の胸の痛みが、少しだけ和らぐ。

 それに、先ほどまでの絶望に浸かっていたのに、陽介の話し方を聞いていると、自分勝手な喜びが胸の中で暴れ出す。


「でもちゃんと、線引きしてただろ? 花茨は。お前と俺らを」


 まぁ。これ以上は俺の口から言うことでもないか、と続けて、陽介は颯太を見た。


「俺が言えるのは、俺側の事情だけだよ。花茨は、俺の彼女をかばってくれた」

「……篠の友達の」

「そう、実里。だから俺も、花茨との役に立とうと思って、相談に乗ってただけ」


 陽介が腕を組む。中学の頃は、陽介の方が颯太よりもうんと背が高かった。だが今は、同じくらいの目線にいる。


「俺は、お前のためにもなると思って相談乗ったんだよ。わかってるよな?」


「……陽介君」


「連絡入れとけよ」


 組んだ腕を解き、にっと口の端を上げて笑うと、陽介は颯太の肩をぽんと叩いた。颯太は陽介に叩かれた肩を押さえ、しばらくじっと地面を見つめていた。




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