第37話 (好きで好きで、時々痛い)
「花茨様。ありがとうございました」
美和が女子バスケの応援に戻ったのを見届けると、陽介は花茨の元に行った。
花壇の淵に座っていた花茨は、ぱちぱちと瞬きをすると、げんなりとした顔をした。
「盗み聞き……? 趣味悪っ……」
「いや、出られないでしょ。あんな会話の時に……」
ドン引きしていた篠は、渋々陽介の言い分を認めたようだ。
人一人分ほどスペースを空けて、陽介が篠の隣に座る。途端に篠はあからさまに顔を顰めて、陽介とは反対方向にずれた。
「……こういうことするから、女の子に勘違いされちゃうんじゃないの?」
「いや、ただ隣に座っただけですけど」
「私は勘違いして欲しくない人の隣には、座らない」
なるほど。篠の警戒心レベルは、かなり高水準のようだ。陽介は素直に頭を下げた。
「気をつけるよ」
「ただでさえ、さっきの子みたいに女子と交流ある部活なんだから、もっとちゃんと気をつけた方がいいと思う。実里ちゃんのために」
「肝に免じます」
実里の名前を出されると、陽介はほとほと弱い。多分一生、実里には頭が上がらない。
「荒巻は俺が何言っても聞いてくれなかったから、ほんとに助かった。お礼に恋愛相談とか乗りますけど」
「いらない。話聞いてた? 勘違い製造機」
「そ。ならいいけど」
ポケットに手を突っ込んだ陽介は、花壇から立ち上がった。その場を離れようとする陽介の背に、か細い声が届く。
「……勘違いしない?」
「は?」
「恋愛相談しても、私の事好きにならない?」
「今、実里を泣かすなって言った口でよくもまあ」
呆れた目で、陽介は篠を見る。
陽介は、比較的女子にもてる。女子の手練手管にも、なんとなく気づける方だと思っている。
恋愛相談に乗ってくれ、というのが、気になっている相手へのアプローチ方法だというのは百も承知だ。
危険を顧みずに篠に協力を申し出たのは、美和の件に心から感謝していたためと、実里を友人として守り抜いてくれたため――そして後輩の颯太のためだった。
「実里ちゃんと仲違い絶対にしたくないから、ちゃんと言って。誓って」
「選手宣誓。俺は恋愛相談を受けても、絶対に花茨を好きになりません」
「じゃあ聞いて」
(想像以上に面倒臭いな……なんで颯太はこんなのがいいのか)
陽介は先ほどまで座っていた場所に座り直した。
「ていうか、なんでこんなところいるの?」
「颯太が、練習見に来られたく無いって」
「あー……」
颯太の心配もわからないでは無かった。
陽介も、夏休みになんとか彼女を作りたい男達から、実里が次から次にアプローチを受けていたら、次からは絶対に見学に来させないだろう。
「颯太は花茨が心配なんだろ」
恋愛相談に乗るといった手前、颯太のフォローもしてみた。
「ボールが当たると折れるから?」
「え。折れるの?」
「折れない。颯太がしつこいぐらいに言ってくる。可愛いからいいけど」
(可愛い……?)
この間の身体測定で百八十センチを超えていた上に、目つきが悪い颯太に可愛いなんて言うのは、学校中を探しても篠くらいのものだろう。
「私はバレーのことわかんないから、部活の邪魔したかなってかなり落ち込んでたんだけど……辻浦君がそう言うなら、バスケ部に声かけられちゃったのが痛かったんだろうな」
割合冷静に状況を判断できている篠を、陽介は見直した。颯太に関しては脳内お花畑なのかと若干疑っていたからだ。
クラスでは男子と談笑を交えることも無い篠。その篠が颯太と一緒にいるところを見かける度に、陽介は目を擦ったものだ。篠のことを「いばら姫」と読んでいた周囲からしてみれば、颯太と話す篠は、驚愕レベルの別人である。
しかし思えば、あれほど露骨なアプローチを受けていることを、もしかしたら颯太は気付いていないのかもしれない。颯太の前の篠はいつでも、笑顔を浮かべているからだ。
「颯太、私が男子に声かけられたから、来るなって言ったのかな……。変装とかすれば、練習見られる? でも、悪目立ちするしなー」
がっくり、と篠が肩を落とす。自分ではどうしようも出来ない問題だと思ったのだろう。
「……花茨、颯太と付き合ってたっけ?」
「ううん。まだ」
「なんでそこまでわかってて、告白しないの?」
さっさと言って、さっさと付き合ってしまえばいいだけに思えた陽介は、つい言ってしまった。
(恋愛相談なんていらなかったかな)
王手間際どころか、すでに終局しているようなものだ。
篠はしばらく自分の足下を見て考えた後、陽介の顔を見つめた。
「……恋愛相談、してくれるんだよね」
「ん? うん」
「ふざけないで、教えて欲しいんだけど」
「何?」
「辻浦君は、実里ちゃんを好きになる前に私に告白されてたら、付き合った?」
ふざけるな、と言われた手前、陽介はかなり真剣に考えた。完全にフリーな状態で学校一の美少女が告白してきたら――そんなもの、答えは出ているようなものだった。
「確証は無いけど、多分付き合ったね」
「そうだよね」
神妙に頷く篠に、若干の苛立ちを覚えつつ、陽介は辛抱強く待った。
「私……男子に告白したら、きっとほぼ振られること無いと思う」
「……」
「そんで――実里ちゃんみたいな人が現れたら、振られる」
「……ああ」
なるほど。と陽介は合点した。
「私、顔しか取り柄がないから」
何故、学校一の美少女と謳われる”いばら姫”が、これほどの時間をかけて、颯太を落としているのか、陽介はようやく掴めた。
「特別勉強ができるわけじゃないし、友達は少ないし、おしゃべりも上手くない。バレーも出来ないし、すごく素直ないい子でも無い……っていうか、なんなら性格悪いほうだと思う」
基本的に、男子とは業務連絡程度の話しかしない篠とこんなにまともに話したのは、今日が初めてだった。
だから驚いた。彼女の自分への評価はかなり客観的で、かなり的を射ている。
「でも今なら、颯太が誰かに告白されても、私の顔が一瞬はよぎると思う――でも、誰を振ってでも、私のところに来てくれるって自信が、まだ無い」
篠は自分の両手を組んで、ぎゅっと力を込めた。
「一回付き合ってもらったって、何の意味も無いから」
――現に、一度付き合っただけの美和を、颯太はもう見放している。
先ほど、颯太が美和を体育館に連れてきたのを見たが、二人には他人以上に距離があった。颯太にとって、興味が無くなったものの扱いを、篠は知っているのかもしれない。更に慎重にならざるを得ないのだろう。
簡単に付き合える。
――そして、簡単に捨てられる。
そんな付き合いを、篠は颯太に求めていないのだ。もっと恒久的で、現実的で、ロマンティックな関係を求めている。
「だから高校生のあくなき性欲を信じて、この顔と体で落とすしか無い」
感慨深く篠を見ていた陽介は、ぶっと吹き出した。
あまりにも突然すぎて、ゲフォゲフォと咳き込む。
「誰にそれ――言われたの?」
「姉」
「すごいこと言うね」
「でも揺れるでしょ?」
「まあ、それは、健全な男子高生ですから……」
「だから、颯太が誰に告白されても私を選ぶようになるまで、揺らし続けるしか無いの」
篠の横顔は覚悟を伴っていて、容姿の美しさ以上の輝きを放っていた。
これほど美しいのに、こんなにも恋に真っ直ぐに頑張っているなんて、陽介は思ってもいなかった。
「私、今、超頑張ってるの。周りの男子にはいつも以上に気をつけてるし、絶対に相手にも颯太にも勘違いさせないように、徹底的に距離を取ってる。――でもそんなの、意味ないのになって思っちゃう時もある」
俯いて言う篠の声は、ひどく落ち込んでいる。
いつも自信あり気に颯太のそばにいる篠とは、別人のようだ。
「……泣いたりしますか?」
泣かれるのは、流石に困る。
内心怯えながら陽介が聞くと、篠は顔を上げた。
「泣かない」
篠はキッと睨み付けるように、前を見た。
「顔だけだろうと負けない。こんなに可愛い顔に産んで貰ったんだから。一生に一回ぐらい、男を落とすのに役立たせてやる」
感謝と怨念が混じった台詞を吐き出す篠に、陽介はホッとした。ひとまず、泣かれずに済むようだ。
「聞いてくれてありがとう」
恋愛相談とは言ったが、陽介に言えることはほとんど無かった。陽介が言えるようなことは、既に篠が承知しているだろう。
「悪いな。言い出したのこっちなのに、聞いてるだけで」
「聞いて貰えてすっきりしたから」
「ならよかった」
本人の言うとおり、すっきりした顔をしている篠を見て、陽介は立ち上がった。
「んじゃ、練習見に行くか」
「……言わなかったっけ。颯太が来るなって――」
「じゃあ、今から帰るにしろ、一言ぐらい言ってったほうがいいでしょ。帰らないなら、ボールも男も飛んでこない危なくないとこ案内してやるし。結局大して役に立てなかったんだから、実里のためにそんぐらいはさせて」
「わかった」
篠もゆっくりと立ち上がると、ランチバッグを二つ持って、陽介の後に続いた。
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