第13話 (大丈夫。がんばれる)
球技大会当日――空は青く、見事な快晴だった。
颯太が学校の行事をこれほど意識したのは、人生で初めてのことだ。
颯太の通う高校の球技大会は、二日に渡って開かれる。
全校生徒に、クラス別のはちまきが配られていた。上下体操服に身を包んだ生徒達が、首にかけたり頭に巻いたり、手首に巻いたりと、各々が好きに着用している。
颯太と竜二はバレー部員のため、バレーには出られない。颯太と竜二はバスケで、直史は卓球だ。どちらも、今日の初試合までには、十分に時間がある。
しかし実のところ、バスケで勝とうが、クラスが負けようが、颯太はどうでもよかった。
「あ、二の三、最初じゃん。篠先輩、見に行こうぜ!」
女子バレーのトーナメント表を見た竜二が、うきうきと肩を揺らして、体育館の端を歩く。
体育館はネットでコートを分割されていて、同時に二つの試合が行われていた。試合に出ていない生徒は、体育館やテニスコートや卓球場などで行われる、好きな試合を観戦している。
竜二と直史と移動していると、バレーを観戦しているクラスメイトを見かけた。散々バレーを教えろと言ってきたあの女子三人だ。
竜二にまで頼んでやったのに、結局あの三人は昼休みにも放課後にも練習をしなかったらしい。竜二に教えられた時、呆れすぎて物も言えなかった。
(俺の十分返せよ)
このまま見ていると睨み付けそうだったため、颯太はすっと視線を逸らした。その時、試合の開始を告げるホイッスルが鳴る。
二年三組が試合しているのはステージ側のコートだった。颯太は立ったまま、ステージにもたれ掛かった。隣に直史が立ち、竜二はしゃがんで観戦し始める。
コートの中の篠は真剣な表情をしていた。試合形式の練習は一切出来なかったので心配だったが、きちんと仲間と連携して動けていた。しっかり声も出ている。
雛の巣立ちを見た親ツバメのような心境で、颯太はほっと息を吐く。
「篠先輩、頑張ってんじゃん」
隣にいる直史が、肩を寄せて話しかけてくる。
「当たり前だろ。あの人、腕が黄色になっても頑張ってたんだぞ……」
「は? 黄色?」
「なんで? ペンキかなんか塗ったの?」
しゃがんでいる竜二も、心底不思議そうに颯太を見上げた。
ペンキであれば洗えば落ちるが、内出血の痕は洗っても落ちることは無い。だが、こんなに真剣な顔でボールを見上げている篠を見ると、それもよかったのかも知れないと颯太は思った。
単純にかわいそうだと思っていた内出血の痕は、篠の努力の跡でもあった。
「にしても、篠先輩のポニテいいなー初めて見た。可愛いなー」
「言うなって」
颯太は竜二をギロリと睨み付ける。
篠は容姿を褒められることが好きでは無いと、颯太は竜二と直史には伝えていたからだ。篠はああ言っていたが、友達であっても、言われたくないことは言われたくないだろうと思ったのだ。
「なんだよ。違うって。篠先輩は元々可愛いけど、ポニテが更に可愛いって言いたいだけで、俺はポニテを褒めててだな?」
「何言ってんだよ」
直史が竜二に笑う。
「大体お前、今日の髪型可愛いねも言えなくなったら、どう可愛いって言えばいいんだよ」
「だから、言わなくていいんだよ」
「何でだよ! 可愛い子見たら、可愛いって言いたくなるだろ!?」
今のところ、颯太はなったことが無い。胡乱な目で竜二を見ると、仲間がいないことに気付いた竜二がわっと泣き真似をした。
「この唐変木。篠先輩にさっさと飽きられてしまえ」
そういう日も、いずれは来るだろう。それはそれで、普通に戻るだけだ。
颯太は竜二を無視して、コートで懸命に動く篠を見た。
颯太が試合をじっと観戦していると、篠の場所にボールが飛ぶ。思わずステージから背を離し、背筋を伸ばした。
「お、ボール触った」
「あー……おしいっ! でも頑張ったじゃん」
直史と竜二の言うとおり、篠は自分のボールを取りに行けた。点には繋がらなかったが、ボールも打ち返せなかった頃に比べると、雲泥の差だ。
すぐにもう一度、篠のもとにボールが来た。
颯太が、一歩足を前に踏み出して篠の指先を見つめた時――
「せーのっ!」
「篠ちゃん頑張れー!」
観戦していた男子生徒から放たれた、野太い声がコートに響いた。
その瞬間、篠はびくりと体を震わせる。確実に受けられる球だったのに、完全にタイミングが狂ってしまっていた。
「篠先輩!」
気付いたら、颯太は声を張っていた。
篠はハッとしてすぐに体を倒した。地面に落ちる寸前で、ボールを拾う。
少しだけだが、ボールが上がった。
生き残ったボールを、他のチームメイトが繋ぐ。篠の友人でもある由貴が、見事に相手コートに打ち返す。
ボールが音を立てて地面にぶつかる。見ていた観客から歓声が上がった。
颯太の肩を、竜二と直史がバシバシと叩く。
篠はコートの中から一瞬、こちらをそろりと見た。
身を乗り出して観戦していた颯太の姿を見つけた篠は、息を乱しながらも、ふわっと笑った。
すぐに前を向き、篠は試合を続ける。
野太い歓声はその後、放たれることは無かった。
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