第9話 「肉。とにかく肉。他のは飾り」「わかった」


 外で弁当を食べている生徒は少ないが、皆無では無い。


 しかし日頃外で食べたことなど無い颯太は、何処に座ればいいかもわからなかった。篠が「こっち」と言って颯太のシャツの裾を引っ張るので、導かれるままについていく。


 少し歩くと、木陰になっている花壇があった。篠は花壇の縁に座ると、隣をぽんぽんと叩く。


 篠の隣に座る。椅子もテーブルも無い場所で座ると、体格差が歴然だった。颯太は少し背を曲げる。篠を怖がらせないように目線を低くした。


「あんまり上手じゃ無いけど、食べれないほどのは入れてないから」


 ランチバックを開け、弁当を取り出した篠が、珍しく早口で言った。二個の弁当の内、大きな方を篠から受け取る。


(よく男物の弁当箱なんか余ってたな)


 銀色のシンプルな弁当箱の蓋を開けると、思わず吹き出した。


「――ふっ、ははは!」


 堪えきれずに笑い出す。こんな風に声を出して笑ったのは久しぶりだったことに、後で気付いた。


「なんすかこれ」

「何って。唐揚げ、好きでしょう?」


 突然笑い出した颯太を、篠が困惑したように見ながら言った。


 弁当箱の中身の、半分以上が唐揚げだった。茶色い衣の唐揚げが、これでもかというほどみっちりと詰められている。


 残りは、オマケ程度の白飯と、卵焼き。


 可愛いピックを何本も刺して、プチトマトやアスパラや、色とりどりのおかずが入った、可愛らしい弁当が出てくると思っていた颯太は、完全に不意を突かれた。


「篠先輩っ……めちゃくちゃ繊細そうな顔してんのに……なんて言うか、強気っつーか――大雑把っすね」


「え……? なんで……? どこが……?」


 本気で不思議そうに篠が顔を引きつらせる。


 颯太は弁当に顔を戻した。見ると、笑いを堪えて、肩が震えてしまう。


「好きなのばっかりです。ありがとうございます」

「う、うん……」


 篠はこくこく、と小さく頷いた。そして自分の弁当の蓋を開ける。

 つい興味本位で覗いてしまった颯太は、また吹き出した。


 篠の弁当の半分は卵焼きで、残りが唐揚げと、白飯だった。




***




 いつも丁寧に一口ずつ食事を取る篠だったが、練習があるからと焦ったようで、いつもよりずっと早く食べ終えた。必死だったのか、食事中は一度も会話をしなかったため、颯太も大量の唐揚げをじっくり味わうことが出来た。

 篠が心配していた味は、普通に美味しかった。


 食べ終えた弁当箱を急いで片付けると、篠は「ちょっと待ってて」と言って、ランチバックを持って校舎の陰に隠れた。何をしているんだろうと座ったまま背を伸ばすと、スカートの下にジャージを履いた篠が現れた。


 戻って来た篠に、颯太はぽかんとしたまま尋ねる。


「――篠先輩。今、あそこで履いてました? ジャージ」


「うん。トイレで履いてこようって思ってたの、忘れてて……」


(やっぱ大雑把だ……)

 絶句した颯太は、手で顔を覆った。


「いや、今度から絶対トイレ、寄ってください。つーか寄ります。誰が見てるかわかんねっすよ」

「ちゃんと確認したよ」

「上まで?」


 上? と篠が空を見上げた。

 当然だが、校舎なので窓がある。今はどの窓も閉まっているようだが、誰かが窓を開けて下を見ていても、不思議では無い。


「……明日は、トイレに寄るね」

「そうしてください」

「でも、スカートの下からだから、本当は別に隠れなくても……」


 篠が珍しく、文句を言った。思えばこの人がこんな風に地の顔を出すのは初めてだったかも知れない。だが、颯太はそれどころじゃ無かった。


(何言ってんだこの人は)


 颯太は今までで一番びっくりして、篠を見た。


(女子が脱いだり履いたりしてるってだけで、アウトだろ)


 健全な男子高校生の性欲を舐めないでいただきたい。こちとら、なんだってそういった・・・・・ことに連想するプロである。


「トイレ、寄りますから」

「うん……」


 篠は何故か釈然としない顔をして頷いたが、釈然としないのはこちらも同じだった。




***




「ところでさっき、怒ってました?」


 一年の男子に囲まれていた篠が、いつもの篠と違ったことを颯太はずっと気にしていた。

 弁当を食べている時に聞こうと思っていたのだが、篠があまりにも必死に食べていたために聞けなかったのだ。


「さっき?」

「うちのクラス。騒がしかったんで」


 そのことか。という風に、篠は頷いた。

 少し考え込んだ後、篠は「気を悪くしないでね」と前置きした。


「怒ってたんじゃないの。ただ、見た目のこと言われるの、あんま得意じゃ無くて。どう反応していいかわからないから」


 篠は可愛い。百人いたら百人が可愛いと言うに違いない。颯太には確信があった。


 しかし、それを本人が望んでいるかは別だということに、颯太は初めて気付いた。


(バレーが強いって言われるのとは、多分違うよな)


 全く考えたことが無かった自分を恥じる。篠に違和感があったのには気付いていたのに、ついクラスの男子と共に面白がってしまっていた。


(俺が止めてやればよかった)


 後悔が胸をつき、颯太は頭を下げた。


「……すみません。さっき」

「え? 大丈夫。ナラ君は何もしてないよ」

「いえ、何もしなかったので」


 きょとんとした篠が、嬉しそうに笑う。


「次からは助けてくれるの?」

「そばにいる時なら」

「じゃあ見つけたら走って行くね」


(それだとあんま、今と変わんねー気がするけど)


 にこにこと嬉しそうな篠に言う気にもなれず、颯太は笑った。


(まあ言うこと無いだろうけど……俺も篠先輩には、可愛いとか言わないように気をつけるか)


 持っていたボールを颯太は上に向かって投げ、キャッチする。


「竜二にも言っときます。見た目のこととか、あんま言うなって」


「え? いいよ。森尾君は」


「――はい?」


 颯太は動きを止めた。投げていたボールを受け止めきれずに、トントンと地面に転がる。


 たった今、容姿のことを言われるのが嫌だと言っていたでは無いか。

 竜二だけが許される理由に思い至り、顔が引きつる。


(――まさか昼飯食いに来てたのも、竜二がいたから? え、篠先輩、趣味悪くない?)


 この天使が、竜二を? あまりに予想外すぎて、颯太は掠れた声で尋ねた。


「……なんでっすか?」


「だって友達でしょ?」


「……はあ」


(友達ならいいのか。……っつか、篠先輩と竜二って、友達だったんだ)


 転がっていたボールを颯太は片手で掴んだ。


(じゃあ、俺は何?)


 最近よくしゃべっているが、友達とは呼べるほどでも無い気がする。


 なんとなく聞けなくて、聞くのは止めた。





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