第7話 「学食とか珍しいね」「いるかもしれないから」

「ここ、座ってもいい?」


 学食の一角で、篠が小首を傾げる。


 颯太と篠が運命的な出会いをしてから、ひと月近くが経っていた。

 その間に、こうして一緒に食事を取るのは、もう四度目になる。


 颯太はいつもの三人で昼食を取っていた。篠の問いに「勿論です!」と大声で了承した竜二が、召使いさながらにいそいそと椅子を持ってくる。


 竜二は腕に、二脚の椅子を抱えている。篠の隣には、彼女の友人がいたからだ。


「私までお邪魔しちゃってごめんね」

「いえいえ」

「ご一緒できて嬉しいっす!」


 峯岸みねぎし由貴ゆきと名乗った女子を見て、颯太は人知れずため息を零した。


 彼女が、いつしか篠と玄関ピロティにいた女生徒だったと思い出したからだ。


(なんだ、よかった。飯食う友達、いんじゃん……)


 自分を見かける度に笑顔で駆けつけてくる上級生に、友人がいないのではないかと焦っていた颯太は、無事に一緒に昼食を食べる友人がいるのだとわかり、ほっとする。


 いつもにこにこと笑って対応する、この天使のように可愛い女生徒に友達がいないとは思っていなかったが――あまり友人といるところを見たことが無かったため、颯太は半ば本気で心配し始めていたのだ。


「ほら、見て。ナラ君」


 颯太の隣に座った篠は、ピックに付いた唐揚げを掲げ、やはりにこにことしている。見る者全てが癒やされる、天使のような笑みだ。


 颯太は頬杖をついて、唐揚げをじっと見た。


 こういうところは無邪気だが、篠は特別、子どもっぽいわけでは無い。

 動作がおっとりとしているからか、表情や所作を見ていても、クラスの女子よりも、落ち着いた振る舞いだと思う瞬間の方が多い。


 学食に入れば誰もが振り返る可憐な顔は、うっすらと施した化粧のためか、隣に座るのも憚られるほど大人っぽく見える。


「唐揚げだよ」

「美味そうすね」

「うん」

「またくれるんすか?」

「うん」


 にこにこにこ、と笑う篠に礼を言い、颯太は手を伸ばした。だが篠は、笑顔のままゆっくりと首を横に振る。


「……?」


 訝しんだ颯太は、篠と唐揚げを見比べた。篠はにこにことしたまま、颯太を見つめ続けている。


 もう一度手を伸ばす。やはり首を振られた。

 唐揚げはくれると言っているのに、手で受け取ろうとすると拒否される。


 何が楽しいのか、しまりのない笑顔でずっと笑っている篠を見て――颯太は唖然とした。


 周りを見ると、竜二は不思議そうな顔をしていた。直史は若干気の毒そうな視線を颯太に送っていて、篠の前に座る由貴は颯太を見極めるような目をして、こちらを見ていた。


 篠と唐揚げを見る。


(……まじかよ)


 割とやりたくなかった。


 もちろん元カノとも、やったことは無い。

 一度いたことがある彼女は女子バレー部員だったため、結局最後まで部員仲間のような、さっぱりとした関係性だった。


(――相手は二年。俺は一年)


 自分に言い聞かせた颯太は、渋面を浮かべる。そして、篠の指が摘まむピックの先に付いた唐揚げに食いついた。


 ピックを差し出していた篠は、唐揚げを頬張った颯太を見て、にこにこが、にこにこにこにまでなっている。どうやら正解したようだ。一口で食べた唐揚げを、颯太は咀嚼する。


 嫌だったはずなのに、にこにこにこな篠の顔を見ていると、ふっと笑みがこぼれた。


「他には好きなのある?」

 にこにこにこのままの篠が、颯太に自分の弁当を寄せる。


「篠先輩のが無くなりますんで」

「あと一個だけ」


 お願い、と目が語っていた。


(えええ……)


 面倒臭く思いながら、颯太は弁当を見た。


「じゃあ、卵焼きを……」


 食べやすそうだという理由で選んだ卵焼きに、ピックが刺された。そして、無言で卵焼きを差し出される。


「いえ……今度は……」


 ダメ元で抵抗してみたが、にこにこにこ顔に勝てずに、颯太は差し出された卵焼きをぱくりと食べた。


 にこにこにこ顔が、にこにこにこにこ顔にまでなっている。


 笑いすぎて、顔の何かのパーツが落ちてしまいそうなほどに、篠の顔が緩んでいる。


「ごめんねこの子、犬が好きで。それも大型犬が」

「……はあ」


 篠のフォローを由貴が入れた。「なるほど」と思った瞬間、「いや、なるほどか?」と自分で突っ込みを入れる。


 よくわからないが、ここ最近は常に篠に振り回されていることだけは、はっきりとしていた。



「うちらが来る前、皆は何の話してたの?」

 由貴が鯖の味噌煮を箸で崩しながら尋ねた。


「漫画の話です」

「先輩達って漫画読むんですか?」

 直史と竜二に、鯖の味噌煮を口に放り込んだ由貴が頷いた。


「普通に読むよ。アニメも見るし。篠もこないだ読んだよね」

「うん」


 枝豆を指で押し出しながら、篠が小さく頷く。

 俗世には疎そうだと思っていたので、颯太は「へえ」と声が出た。実際、あまり読んでいそうに思えない。


 直史と竜二も驚いたのだろう。二人とも興味津々に篠に話を振る。

「最近何読んだんすか?」

「鬼殺の刃」

「え! 篠先輩、少年漫画も読むんだ」

「皆が面白いって言ってたから」

「篠先輩は誰が好きです?」

悲鳴島ひめじまさん」


(それは予想外だ)


 颯太は、付け合わせのキュウリをポリッと囓る。

 篠の言ったキャラクターは所謂イケメンキャラでは無く、どちらかと言えば男性受けするタイプだと颯太は思っていた。


「え? ……悲鳴島ですか?」

「うん。優しい人だし、大きいから」


 竜二の質問に、篠がにこにこと答える。再び「へえ」と思いながら味噌汁を飲んでいると、篠が颯太を見上げた。その顔はまだにこにことしたままだ。


 味噌汁が変なところに入りそうで、小さくケホッと咳をする。

 颯太の隣に座る篠に、胡乱な目を向けた由貴が問う。


「篠、この間まで冨丘とみおかって言ってなかった?」

「そうだったかなぁ」


 はて? という顔をして、篠がミートボールを口に入れた。






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