第3話 「どうしたらいいの?」「ボディタッチ。これが正義」

「ナラ君はずっとバレーやってるの?」

「はい。小学生の頃から地元のチームに入ってました。兄がやってたので」

「お兄さんがいるんだ」

「はい。三つ上なので、大学でバレーやってます」

「そうなんだね。うちにも、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるよ」

「そうすか」

「うちも、お姉ちゃんは大学生」

「そうなんすか」


 バレーのことなら話せるが、それ以外となると、こんなに可愛い上級生と何を話せばいいのか、さっぱりわからなかった。


(だからってバレーの話しても……。篠先輩も、面白くないだろうな……)


 申し訳なさ過ぎて、十五分の道のりがやけに長く感じる。


 自転車を押しながら、颯太は篠を家まで送っていた。

 隣の天使から、甘いがスッキリとした、柑橘類のようないい匂いがする。


 すぐそばを歩く篠は、やはり小さい。

 こんなに至近距離で話したことのある女子といえば、女子バレー部の部員ぐらいだ。彼女達も女子だが、流石に小石に躓いたら死んでしまいそうな細さはしていない。


 こんなに小さな女子と並んで歩いたことなど無かった颯太は、篠が無事に真っ直ぐ歩けるか、内心ドギマギとしていた。


(あ、つむじ)


 見下ろせば、つむじも見える。じっとつむじを見ていると、篠がおもむろに顔を上げた。


 ばちり、と音がしそうな程、しっかりと目が合う。


「あ……えと」


 ばつが悪くなり、なんと言い訳しようか迷った颯太を、叱るでも照れるでも無く、篠はふんわりと笑った。


「バレーずっとやってたから、こんな体がしっかりしてるんだね」


「……えっと、はい」

「大きいから、びっくりした」

「ッス」


「ねえ、ちょっと止まって?」


 二年に止まれと言われれば、止まるのが一年である。


 颯太はぴたりと足を止めた。自転車の車輪が回り音も止まる。


 篠が颯太の背後に回った。何かあったのだろうかと、首だけを動かして後ろを向く。


 数秒間、颯太の背を見ていた篠は、まるで背中に抱きつくかのように、体全身でぴったりと颯太の背に触れた。


(……は?)


 驚きすぎて、颯太はぽかんとした。自転車のハンドルを握る手に力がこもる。


 触れる体は、ふにっとしていて柔らかい。抱きついているとは言えないが、体は完全にひっついている感触があった。


 篠のつむじだけが、鮮明に見える。


 しかしすぐに、篠のつむじが見えなくなった。篠の小さな手によって隠されたのだ。


 つむじを隠した手は、そのまま颯太の背に当たった。人の背後で敬礼のようなポーズを取っている篠に、何と声をかければいいのか全くわからない。


 まごついていると、篠が一歩足を後ろにずらした。

 くっついていた体温が、そっと離れる。


「……ここ」


 敬礼をしたままの手が、颯太の背をスッと撫でた。ぞわりと、部活後の濡れたシャツがこすれた感触に肌が粟立つ。


「私の身長、ここまでしか無かった。やっぱり大きいね」

「あ、はい……」


 動転していた颯太は、そんな返事しか出来なかった。

 肩の少し下あたりにくっついている手を、篠がぎゅっと颯太の背に押しつける。


「私の高さ、覚えててね」

「……はい」


 これ以外に何と返事をしたらよかったのか、わかるなら、誰か教えて欲しい。




***




 篠が家に入るのを見届けた後、颯太は自転車に乗って家まで帰った。篠の家は全くの反対方向というわけでも無かったので、自転車に乗れば五分程度しかかからなかった。


 寝る前に、もらった湿布を紙袋から取り出す。ぺたりと裸の肌に貼りつつ、紙袋に入っていた菓子を見る。


(……家族にやるの、めんどいな)


 可愛い飾り付けだ。女子にもらったとすぐにバレるだろう。


 女子にお菓子をもらったなんて言った日には、その日の晩ご飯が赤飯になるかもしれない。中学時代、一度彼女がいたこともあったが、そんなことを一々家族には話したりしていない。


(明日にでも食うか)


 甘い物は好きでは無いが、嫌いでも無い。

 篠も、わざわざどこかで買ってきたのは、何も本当に颯太の家族にあげたかったわけではあるまい。


 背中に湿布を貼ろうとして、ぴくりと手が止まった。つい数時間前、そこを篠に触られていたことを思い出したからだ。


『私の高さ、覚えててね』


 真顔で数秒停止する。忘れろと言われても、もう忘れられないだろう。もしかしたら、背中を意識する度に、思い出してしまうかもしれない。


 高さを覚えてしまった。

 匂いも嗅いでしまった。


(なんとなく――柔らかさもわかってしまった)




 湿布を手早く貼ると、肌の上で寄れてしまう。


 その日はいつもより、寝返りの回数が多かった。






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