エピローグ 二人で紡ぐ未来

「あ、みくるちゃん! いらっしゃい」

 階下から、姉の声が聞こえる。俺はそわそわと自分の部屋を歩き回っていた。

 何を隠そう、今日は初めて恋人を家に呼んだのだ。緊張するのも致し方ないであろう。

「柊人君。入るよー」

「あ、ああ」

 カチャ、と控えめな音を立ててドアが開く。現れたみくるは、アイボリーのセーターに、赤いタータンチェックのスカートという出で立ちだった。可愛い。そういえば私服を見るのも初めてだったなあ、と頭の片隅で考えながら、思わず凝視してしまう。

「もう、そんなに緊張しないでよ」

 みくるがくすくすと笑う。

 彼女はよく、というかいつも笑っている。そのせいで、クラスメイトからは感情が読めない、なんて言われていることもある。でも、俺は知ってる。彼女の笑顔は、その時々で微妙に色を変えるのだと。

 この笑みは、俺をからかうニュアンスを含みつつも、ちゃんと嬉しいのだと分かる。

「みくるが可愛かったから、つい」

「えへへ、そうかな」

 ああほら、今のは照れているときの笑い方。彼女の笑顔からその心の機微を察するのは、クラスの中で俺が一番得意だと断言できる。

「あの、お取込み中悪いんだけど、わたしも中に入れてくれませんか」

 と、その時、みくるの後ろから声がした。

「ああ、ごめん。どうぞ」

「いえ……初めまして、みくるの妹のゆうりです」

「初めまして。みくるの恋人の片瀬柊人です」

「知ってます。お姉ちゃん、いっつも貴方のこと話してるから」

 そう、今日俺たちが集まったのは、何も俗に言う「お家デート」をするためなどではないのだ。それも十分魅力的ではあるけれど。

 俺たちの目的は作戦会議だ。みくるの父親に、俺と彼女の交際を認めさせるための。みくるの妹を呼んだのは、俺たちだけでは議論が煮詰まってしまいそうだったのと、少しでも多く敵、すなわち彼女の父親の情報を得るためだ。

「まあ、お父さんが考えてるのは、お姉ちゃんに優秀な人をあてがって、その人に会社を継いでもらうってことだから。つまりは柊人さんがお父さんに認められるくらい、めちゃくちゃ優秀になればいいのよ。とりあえず、進路は東大にしておいたらいいんじゃないかしら」

「東大……これはまた、難易度が高いな」

 今まで楽な方へと流されてきた俺は、当然勉強もほどほどにしかしていない。伸びしろがあると思えばいいのだろうか……。

「ゆうり? 何、柊人君の事名前で呼んじゃってるの? 私は二か月かかったのに!」

 みくるが思いっきり拗ねてみせる。相手妹だぞ。

「何言ってるの。この人の名字は、将来お姉ちゃんと結婚して私たちと同じ日森になるのよ? なら、名前で呼んでおいた方がいいでしょう」

 俺は婿養子になるのが確定なのか。彼女と一緒に生きていけるのなら、不満はないけれど。

「みくる」

「なあに、柊人君」

「俺、頑張るからさ。そばで、応援しててくれないかな」

「勿論だよ。ずっとずっと、隣に居させてね」

 ゆうりに生暖かい目で見守られながら、俺たちは決意を新たにする。

 明日も、明後日も、その先も。ずっと君が幸せでいられますように。願わくは、その隣に寄り添うことができますように。

 この願いを叶えるためならば、俺はどんな事だってしてみせる。

 彼女の笑顔に、そう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出の欠片をかき集め 青井音子 @cl_tone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る