第1話 ドッカーン☆ 誕生! マキナスパーク!!⑨

 「え……」

 なぜ、目の前の"それ"が自分の名前を知っているのか、マキナにはその理由がわからなかった。対する自分は身分を問いかけてくる相手が、何に分類される存在かも全く把握できていなかったから、精神的劣位に立たされてしまった。

 「肯定反応を検知。キりタちマきナ、は、優先駆除対象です」

 マキナは"それ"の問いかけに対し、言葉で返答することは出来なかった。しかし、全身がわなわなと震え、あわや失禁寸前まで追い詰められたマキナの表情は、怒る父親を前に嘘を吐くことのできない子供の様に、語るよりも確かにイエスと答えていた。

 人型の"それ"はマキナを上方へ放り投げると、人体であれば口腔部に当たる箇所から衝撃波を発し、燃え盛る庁舎の方角へマキナを吹っ飛ばした。

 ーー中学のころ修学旅行でいったテーマパークーーそこで乗ったジェットコースター? もっと昔、小さい時にお父さんに投げ飛ばされて床に落ちた時ーー? 猛スピードで地面に叩きつけられたマキナは、湖面を水切りする石の様に三回バウンドしながら、こんなことを考えていた。

 ーーやっと止まっーー、痛ぁー……。もう体動かないし、死……かなぁ……ーー。

 全身の筋機能が不全となったマキナは、完全に失禁していた。

 ーーこんなことならーー。

 マキナは後悔に打ちひしがれていた。おつかいを投げ打ってでもキッカと一緒に帰らなかったこと。何度進められても知能パンを食べなかったこと。高松を適当にあしらい続けてきたこと、父の稽古に付き合わなかったこと。ナヲと真剣に向き合わなかったことーー。

 ーーもっと生きられたらーー。

 全部ちゃんとやろう。マキナはそう心に誓ったが、その虫の息さえ完璧に絶つべく、"それ"は猛スピードでマキナめがけて飛来する。強烈な破裂音と、それに伴うソニックブームがマキナの下肢を斬り飛ばした。

 「ぁぁーーっ‼︎」

 もう満足に発声もできず、ただ口から空気が漏れた。

 「生存を検知。駆除行動を継続」

 "それ"がマキナに向かい、長い手を伸ばす。

 先程まで、武術に長けたマキナでも目で追えない程高速で行動していた"それ"だが、とどめを刺そうとするその手はやけにゆっくりと近づき、止まっている様にさえ見えた。

 ーーあ、これ、ゾーンだーー。



 窮地により発揮された究極の生存本能と、護身を極めた類稀な肉体が、マキナの身に奇跡を宿した。

 ーーなんなら元気な時に来て欲しかったなぁ……感覚鈍いけど、痛みは続いてるしーー。

 動かない"それ"と、動けない自分。おそらくは神より賜りし奇跡の時間。マキナはその意義を探していた。

 「生きたいかい? 桐立マキナ」

 闇に包まれ火を吹く街にはとても似つかわしくない甲高い声だった。マキナはこれが幻聴と信じて疑わなかった。

 「闘いたいかい? 桐立マキナ」

 ーーこんな様なのに何を言っているの? もう生きられないし、闘えないよ。私がどれだけ願ってもーー。

 「大切な人たちを守るために、生きたいかい? 桐立マキナ。 大好きなこの街を救うために、闘いたいかい? 桐立マキナ」

 "それ"を放っておいたら、おそらくは"蛇"とかいうのを見つけるまで、何人でも殺し、この街を壊すだろう。マキナはそう考えた。

 愛するモノたちの事を想うと、大粒の涙が止め処なく溢れた。

 「当たり前‼️ ーーえっ⁉️」

 諦観、他力、絶望、逃避、受容ーー。様々な思考が決意を鈍らせる前に、マキナは答え、図らずも発せられた己の声に驚いた。

 「キミが願うなら、ボクが叶えよう。 大丈夫、ボクがついている」

 アスファルトに投げ打たれ動かなくなった左手に、何かが触れるのを感じた。それは、燃える庁舎の熱を受けてなお、ひんやりと心地よい肌触りだった。

 マキナは覚えのある感触に安心し、多少の平静を取り戻した。

 ーー目、動く……。何……? 誰ーー?

 僅かに動かせた眼球が、手に触れた物の正体を確認した。

 「ワン……ちゃん?」

 マキナは、ロボット犬の頭に手を置いていた。

 「ボクが犬に見えるなんて、やっぱりマキナってヘン」

 ロボット犬は、悪態をつきながらブルブルと振動していた。

 「ワンちゃん、私のこと知ってるの?」

 「知っているよ。ずっと昔の未来から」

 「ーー何言ってるの?」

 「今のキミに残された時間は少ない。皆を救いたいなら、"桐立マキナ"を再起動ーマキナライズーして。起動(ブート)コードは[Deus EX]だよ」

 「ーーデウス・エクスーー?」

 瞬間、ロボット犬が更に激しく振動し、三者を照らすどの稲妻よりも激しい光を放った。

 マキナにはロボット犬の指示を聞き、"ブートコード"を口にしたつもりは無かった。ただ、不明な単語の意味を訊ねただけだった。

 マキナは突然の閃光と光に驚き、左手を反射的に引っ込めた。

 「あれ⁉️ 手、動く‼︎ ーー何これ!」

 先程までロボット犬の頭に触れていた左手の指先が、無数の小さい変わり高速で回転している様に見えた。マキナはその回転を見つめているうちに、自分がこれから何を為すべきか、直感と、突如芽生えた使命感により理解した。それは運命と呼び換えても良いだろう。

 「わかった、今の私がやるべきこと」

 回転する歯車は、皮膚や筋繊維を引き裂き、巻き込んでゆく。そこに痛みはなく、噛み込まれた細胞たちもまた歯車に変わっていった。

 「マキナ。早くブートコードを! 君の意思で!」

 ロボット犬は飛び上がり、マキナを急かした。

 「うん! デウス・エクス‼︎」

 歯車の回転が、急激に加速し、全身を歯車に変えてしまった。歯車が断ち切れた太腿の端部まで達すると、そこから新たな歯車が生じ、しなやかな脚部を形成していった。

 「マキナラァーイズ‼️」

 歯車は高速を突破した。強烈な熱量を放ち、マキナは七色の光に包まれた。

 「さあ、マキナ! なりたい自分をイメージして‼️」

 ーーなりたい自分ーー?

 あいつを討ち倒し、皆を守れる強い自分。

 ーー私にとっての強さって何ーー? 一番強い存在ってーー。

 父かーー? いや、違う‼️ これだ‼️



 刹那、"最強"としてマキナが思い起こした記憶は小学六年にまで遡る。空空学院女子中学へ入学すべく受験勉強に励む日々。

 父の夜稽古のため自主学習に勤しめるのは、深夜十一時を回ってからだった。ーー小学生には相応しくないハードスケジュールーー。

 そんな彼女がふとテレビに憩いを求めると、プロレス中継の番組をやっていた。

 "不壊圧倒"ーー決して相手を傷つけず、体機能や戦意を奪うことで無力化する究極の護身を信条とする桐立流を叩き込まれたマキナにとって、破壊的な暴力に塗れたその世界や、血みどろの展開に狂喜乱舞する観客たちは非常に汚らわしく映った。

 しかし、確かにプロレスラーたちの技巧は目を奪われるものがあり、気がつけば食い入る様に展開を見つめていた。

 血と汗に塗れながら、何度強烈な攻撃を受けようとも立ち上がるプロレスラーの姿は美しかった。

 その日からプロレス番組が週で一番の楽しみになった。父に見つかれば、浮気を迫られるかの様に責め立てられることは明白だったので、隠れて視聴していた。

 当時のマキナは無駄な体力を労せず、手も汚さずに相手を圧倒する桐立流の強さを疑わなかった。しかしプロレスラーの哲学に心惹かれるうち、桐立流の信条がズルいものに思え、様々な言い訳をつけ敬遠する様になってしまった。

 だから、マキナにとっての最強は、父ではなく、プロレスラーだ!


 歯車が結びつき、形を成す。腕が、脚が、胴体が、より屈強な何かにすげ変わっていくのを感じる。全身が変貌を遂げると、マキナを包んでいた光が弾け飛んだ!

 光弾は悪しき者を貫き、その外皮を僅かに溶融させた。

 「力が漲る、迸るーー! これが"アタシ"⁉️」

 セーラー服に黒髪ショート、身長百六十八センチメートルの少女"桐立マキナ"はそこに存在せず、ただ使命を全うする戦士の姿がそこにはあった。

 煌々と光を放つ金髪のポニーテール(超ロング!)に、ライダースーツ風の衣装。編み上げのブーツが大地を踏みしめ、真っ赤なマントをたなびかせる姿は、まさに救世主の出で立ちであった。

 希望と自身が全身を駆け巡る。既にマキナの表情には慈母のごとき余裕が満ち、生存本能は鳴りを潜めていた。

 迫る"それ"の腕をチョップで上空へ撥ね飛ばすと、跳ね起きるーーつもりだったが、次の瞬間、マキナは雲の上から地球を見下ろしていた。

 「えっ! えぇーーーッ⁉️」

 新たな体躯が齎した驚異的な身体能力により、マキナは寝転がっていた場所に畳大のクレーターを残し、宇宙まで跳躍したのだった。

 「驚いてる暇はないよマキナ! ここからならまだ引力で元の場所に戻れる!」

 平静を取り戻したその目で改めて地球を眺めると、空空町の周辺だけが雷雲に包まれていた。明らかに異様だ。

 「早く戻らないと!」

 "早く戻ること"をイメージすると、マキナの体は一筋の閃光と化し、瞬く間に空空町に降り立った。

 「未来導く稲妻の戦士! マキナスパァーク!」

 打倒すべき敵を目の前にしたら、意図もせずにポーズを決め、独りでに名乗りを上げていた。

 「稲妻だったら、"サンダー"とかの方が良かったんじゃない?」

 「うるさい!」

 肩に飛び乗り、茶々を入れたロボット犬をマキナは優しく払い落とした。

 「やれやれ、毎度のことだけど、性格まで変わるんだもんなぁ」

 ロボット犬はピョコピョコと跳び、ビルの陰に隠れた。

 「がんばえー!」

 "それ"の吹き飛んだ肩部から煙が吹き出す。

 「あんた、機械だったんだね……道理で冷たいわけだよ」

 落下する"それ"の腕を空中で掴み、燃え続く庁舎へ投げ捨てる。

 「マキナドールを検知。右肩部の損傷を確認。修復プロセス始動」

 「修復だって?」

 マキナが質問を終えるより先に、"それ"の右腕が生え変わっていた。

 「修復完了。破壊プロセスに移行」

 "それ"は腰を落とし、狩りを行う獣の様な動きで、マキナめがけて突進を繰り出した。

 「へえ、タフなんだ」

 マキナは向かい来る"それ"を右手にいなし、横に並ぶや否や胸部に右腕を潜り込ませた。そして驚異的な腕力で"それ"の体をひっくり返し、両腕を肩下から上方に潜り込ませ、胸部と頸部を同時に締め上げる。"桐立流・熊締(くまじめ)"の完成である。

 マキナは気づいていた。桐立流ではこの機械を倒し、斃すことは出来ない。しかしマキナには既に次が見えていた。以前にも増してしなやかな双腕で胸部と頸部を同時に極めながら、目にも留まらぬ速さで思いきり仰け反った! タンカー船のスクリューをも凌ぐ遠心力で叩きつけられた"それ"の頭部は、見るも無残に爆裂四散! "マキナ流・ギロチン・ジャーマン"誕生の瞬間である!

 アスファルトに新たなクレーターを残し、地面から生える形となった"それ"は、遂に動かなくなった。

 「どうよ?」

 「それじゃあダメだよマキナ」

 ビルの影から声が聞こえた時、"それ"の首からは新たな顎部が生成され始め、その体を地面から押し上げていた。

 「ーーマ?」

 人間であれば、熊締の時点で絶命しているはず。その上、"原爆固め"の日本名にも恥じないほど、強烈なジャーマンも決めた。完璧な攻撃だったはずだ。

 「今のは、"人間"の斃し方だろう。機械には機械の斃し方がある!」

 ロボット犬が二足歩行でビルの影から表れた。そして、短い四肢を駆使したボディランゲージも用いてその方法を説明した。

 「キミの両手、両足は、強烈な電撃を放てるんだ! そこから極性の異なる電撃を、"あれ"に二点同時に注ぎ込めばーー」

 「大体わかった! やってみる!」

 マキナの両手が激しくスパークした。試しにその両手を近づけてみると、ボウリング玉大の空間を開けたまま猛反発し、肩から腕がもげてしまいそうなほどだった。

 「たまんない」

 マキナは爽やかな笑みを浮かべ、起き上がりつつある"それ"に両掌をくっつけた。

 「マキナ・スパーク・スパーキングッッ‼️」

 独りでに必殺技の名前を叫ぶと、両手が弾け飛びそうなほど猛烈にスパークした。その瞬間、"それ"に触れる感覚がバターを切るかの様に緩くなり、"それ"は砂よりも小さな光の粒になって弾け飛び、その光は空空町に満ちた雷雲を払った。

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ウチらは! マキナガァール!! 稲苗野 マ木 @Maki_Inaeno

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