第1話 ドッカーン☆ 誕生! マキナスパーク!!⑧

 コールタールをぶち撒けたかのように、空が真っ黒で塗りつぶされた。星の光さえも完全に遮り、空空町は闇に包まれた。絶え間なく各所に落ちる稲妻が、辛うじて視界を担保する光となっている。

 喧騒が、ただならぬ事態であることを暗示していた。

 「ソらカら町の皆さん、こんばんは」雷鳴にも遮られず、その声は全ての空空町民の耳に届いた。特に空から駅前に居た者にあっては、その声が、燃え上がる空の字から発せられていることも感じ取ることができた。

 マキナとて例外ではなく、その異様な声の正体を突き止めるべく、燃え盛る炎に目をやった。

 見ると、炎の中心には既に焼け落ちた看板の他に、何かの影が見えた。

 マキナには始めその影が円の様な形に見えたが、次の瞬間縦長の楕円に変化した様に見えた。キッカの目ならあの影の正体を見定められただろうか。

 「蛇を探しています。ご存知であれば差し出して下さい」

 駅前の群衆は皆一様に事態を飲み込めず、その場で硬直するだけだった。しかし、その沈黙を破り、赤ら顔で浮浪者風の男が声を上げた。

 「おーう、何だかしらねえけどよぅ、どーっから喋ってんのかぁ……しらねぇけどよぅ、蛇なら、俺の寝床の児童公園にいーっぱいーー」

 きょろきょろと顔を振り回しながら、男は必死に謎の声の質問に答えていた。その様子を駅前の群衆は奇異の目で見つめていたが、誰もがその蛮勇を讃えていた。

 男が児童公園のある方角を指さした刹那、突然の閃光が視界を奪い、強烈な破裂音が群衆の耳を劈いた!

 間も無く、人々は雫が地面を打つ音を聞いた。通り雨でも振ってきたのだろうか。誰もがそう思った。

 否。眩んだ視力が取り戻された時、誰もが日常の終焉を予感した。

 皆の視線の先、浮浪者の体から頭部が消えていた。落雷が彼の脳天を直撃、破壊し、その鮮血が辺りを真っ赤に染め上げていた。

 恐怖と絶望に支配された群衆は、声帯の許容範囲を遥かに逸脱する悲鳴を上げ、散り散りに逃げていった。ただ一人、マキナを除いて。

 「それは"蛇"ではありません。"我々"は、この時代、このソらカら町に"蛇"が居ることを掴んでいます。早急に差し出すことをお勧めします」

 マキナは、眼前の悲惨な現象を引き起こしたのが声の主であることを理解した。

 「さもなくば」

 背後に猛烈な雷鳴が響き、三度何かが破壊されたことを知らしめた。空空町行政の要、空空町庁舎の全体が炎に包まれていた。しかしマキナはそれに目もくれなかった。恐怖ですくみ上がり、動けなかったからではない。

激しい雷光が、煌々と燃ゆる庁舎が、今まさに睨みつける炎の中の影を強く照らし出したからだ!

 顔や格好などは識別できなかったが、あの火の中に、身長二メートルくらいの人が居る。

 「やめろォーーッ!!」

 マキナの怒号が空空駅舎とビル群にこだました。

 気がつくと、マキナは人影の元へ駆け寄り、飛びかかってその拳を振るおうとしていた。そして、届く。

 硬く握られたマキナの拳は間違いなくその者の頭部を捉えていた。桐立流の足運びと恵まれた体躯より繰り出されたその拳は、鍛錬を積まない一般成人男性程度であれば一撃で絶命を免れない威力であった。しかしーー。

 ーー硬っーー! 人間じゃないーー!?

 "それ"は微動だにせず、反動によりマキナの右拳が破壊された。

 「あぁーーッ、あッ!」

 思いも寄らぬ激痛に一瞬怯みつつも、マキナは進撃を止めなかった。今度は後ろ足刀。鞭の様にしなやかな軌道を描き、マキナの右脚が"それ"の右脚に内側から絡みつく。柔道の"内股"の効果を組まずに実現する技"桐立流・蜘蛛取(クモドリ)"。驚異的なまでに柔軟性を磨き抜いた健脚にのみ繰り出せる技だ。

 マキナは歴戦の経験から、この技であれば何者でも倒せると確信していた。

 相手が人間であれば。

 「そんな……」

 またも"それ"は、ピクリとさえ動くことはなかった。対するマキナは、右足の膝から下がすっかり潰れていた。

 「"我々"に歯向かう者が居るとは」

 右半身がほぼ利かなくなったマキナだが、その闘志は潰えていなかった。再び"それ"を睨みつけ、身を翻し左手で殴りかかろうとした。

 "それ"はマキナの左腕を掴み、地上二メートルの己の顔とマキナの顔を付き合わせた。

 「あなたは、キりタちマきナ、ですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る