第37話 波乱の幕開け
春がやって来て、王立学園最後の一年が始まった。
この一年が終われば、ゲームの話は終わる。
そのとき、この世界はゲームだと思っていた人達は、きっと現実に戻ることになるだろう。
三年生になり、生徒会会長に就任した俺は、新入生の入学式で在校生代表として激励の言葉を贈った。
その言葉は俺達が入学してきたときに先輩方からいただいたものであり、そう思うと、月日が経つのは早いものだと感じてしまった。
モニカと出会ってから五年以上が経過した。
その間、俺は一日たりとも退屈な日を過ごしたことはなかった。モニカが隣にいれば、きっと退屈することはないだろう。その確信がどこか俺の中にはあった。
「生徒会で最初の大仕事は無事に終わりましたわね」
同じく生徒会役員に選ばれたモニカが隣で笑いかけてきた。そうだね、と俺は笑顔を返す。
生徒会役員にはその学年で優秀な人物が選ばれることになる。そうなると、必然的に最上位のクラスから選出されることになるのだ。
他に選ばれた生徒会の役員は、アルフレッド、ギルバード、ブルックリン、カイエンといういつものメンバーだった。
ロランは学年が一つ下だから選出はされていないが、なぜか生徒会のサポート役として席が設けられていた。これもゲーム内補正なのだろうか?
疑問に思いつつも学園側が決めたことなので、特には気にしなかった。
「モニカ、生徒会にはヒロインも選ばれそうな気がするんだけど、違うのかな?」
「条件がそろっていれば、もちろん選ばれますわ」
「つまり、今回は条件が満たされなかったというわけだね」
「そういうことですわ」
どこかホッとした表情をしているモニカ。ヒロインが生徒会に選ばれるかどうかは、かなり重要な要素であったようだ。
ヒロイン生徒会選出イベントが起こらなかったことで、残り二人のヒロインは、誰とも結ばれることのない『ノーマルエンディング』のルートを進んでいるのだろう。
そしてそのことで、俺は油断してしまった。
前期授業も順調に滑り出し、木々に青々とした葉が生い茂ったころ、それは突如として起こった。
「何だって? モニカがいなくなった!?」
突然の知らせに俺は動揺し、急いで知らせてくれたブルックリンに掴みかかった。
「殿下、落ち着いて下さい! 今、学園中を捜索中です」
三年生になり、学園の授業は多岐にわたった。その結果、どうしてもモニカと違う授業を受けざるを得ない時間帯があった。どうやらその隙を狙われたようである。
俺はブルックリンから手を離すと、急いでシャーロット達の元へと向かった。
「シャーロット、いるか!」
「こっちよ、殿下。今みんなで話し合ってるわ」
声のする方向に行くと、すでにミーアとオリビアが集まっている。
「ごめんなさいね、ワタシ達がついていながら」
済まなそうにシャーロットが謝った。
「状況を説明してもらえるか?」
「もちろんよ。トイレに行ってる間に連れ去られたのよ。さすがのワタシ達でもモニカ様のトイレにまではついて行けないわ」
高位貴族には専用のお手洗いが各所に用意されていた。当然モニカはそこを利用することになるのだが、さすがにその中にまで一般階級の彼女達がついて行くのは、はばかられたようである。
そして、その隙にモニカがどこかに連れ去られたようだ。
「似たようなイベントはないのか?」
「ワタシ達も油断してたわ。それがね、逆バージョンがあるのよ。つまり、モニカ様がヒロインをトイレに連れ込んで連れ去るイベントがあるのよ」
「何だって!?」
なるほど。本来のゲームでは、悪役令嬢のモニカがヒロインに嫉妬し、何かしらのトラブルをふっかけるイベントがあるのか。
モニカはそんなことはしないと思って、油断していた。
犯人はそれを逆手にとって、モニカを連れ去ったのか。
「でも心配はいらないわ。そうと分かればこっちのものよ。今、情報を突き合わせたから、このイベントがどこで起こっているのかがハッキリしたわ。でも、いくつか問題があるわ」
「問題?」
「ええ、そうよ。そのことについては移動しながら話しましょう。他の攻略対象ちゃん達も集めないといけないわ」
こうして俺達はシャーロットの指示に従い、即座に行動を開始した。
俺にこのゲームの知識があれば。これほどまでに例のゲームをプレイしておけば良かったと思った日はなかった。
モニカがいると思われる場所は、今では使われなくなった学園内の古い演習場だそうであり、ゲームではそこで魔族と呼ばれるものと戦うことになるらしい。
「魔族だなんて生き物は聞いたことがないんだが?」
演習場に向かう道すがら、シャーロット達に尋ねた。
この世界の情報を集めるためにある程度の本は読んできたつもりだったのだが、そのような記載を見たことは一切ない。
「そうなの? てっきりワタシはこの世界には普通に存在するものだと思っていたのだけれど、違ったのね。ゲームでは封印されている魔族を解放することを条件に、自分の手下として利用していたわ。魔族にとっては百年くらい人間に従ったところで、暇つぶし程度にしか思っていないはずよ」
なかなか厄介な魔族のようだな。これに味をしめて、暇つぶし感覚で人間社会に関わってこられると、大変なことになるだろう。この機会に何としてでも討伐しなければならないな。
次々に仲間が合流し、魔族の存在を話すと、さすがに予想外のことだったのか、みんなの顔色が悪くなった。
「殿下、魔族に対抗する手段はあるのですか?」
アルフレッドが緊張した面持ちで聞いてきた。俺は事前にシャーロット達から聞いていた情報を流した。
「聖女のモニカが「聖女の祈り」という周囲にある悪意あるものを弱体化することができる魔法を使えるはずだ。それを使えばたとえ相手がよく分からないものであっても、対抗できるはずだよ」
それでも完全ではない。こんなときにゲームでよくある聖剣でもあれば良かったのだが、どうも聖剣は存在していないらしい。
しかし俺は、シャーロットからとてもヤバい情報を聞いていた。
どうやら俺はゲーム内設定でレベルが99に固定されているらしい。しかも、俺以外のキャラクターの最高レベルは50。
以前から、なんか自分、強いんじゃないかなと思っていたのだが、まさかそんなことになっていたとは。
つまり、言うなれば、魔族ごとき、楽勝で倒せるとのことである。
ちなみにラスボスにはちょびっと苦戦するらしい。
ラスボスが存在するのか。これはこの騒動が終わった後も、油断ならないな。となれば、今まで以上にモニカとベタベタ、もとい、目を離さずに一緒にいなければならないな。
ようやく目の前に演習場が見えてきた。
俺は我慢の限界に達し、他のみんなを置き去りにし、一陣の風となって演習場内へと駆け込んだ。
「モニカ、大丈夫か!?」
「レオ様!」
すぐにモニカを見つけた俺は、一目散に駆け寄って、その華奢な体を抱きしめた。
華奢だが、必要な場所には必要なだけのお肉がついているその体を抱きしめて、ようやく俺は安堵した。
ああ、モニカ、俺の大事な人。もう二度とこのぬくもりを離さないからな。
「レオ様! サラを止めて下さい!」
モニカの必死な声に、俺は我に返った。
なんだか、凄く悪い予感がする。
「どうなっているんだ、あれ?」
後から追いついてきたメンバー達が口々に言った。
そこには、魔族の頭を鷲づかみにして、赤いオーラを発しながら、無言で魔族をボコボコに殴り続けているサラがいた。可哀想に、魔族はどんどんとサラによってその身を削られて行っていた。
魔族が何か言っているようだが、遠く離れていたため、何を言っているのか俺達には全然聞こえなかった。唯一聞こえるとすれば、その近くで青くなっているヒロイン候補のソフィアだろう。
魔族のことを知っていて、モニカが起こすイベントを知っている。そして、ヒロインであるソフィアは、そのイベントに巻き込まれることになっている。
誰が魔族の封印を解くかは問題ではない。魔族、モニカ、ヒロインの三つの存在があれば、発生させることができるイベントだったのだ。
内容がどうであるのかは全く関係がないのだろう。
「レオ様! 何とかして下さい!」
「モニカ、あれはもう無理なんじゃないかなぁ? まあ、一応やってはみるけど。ピーちゃん!」
虚空より、フェニックスのピーちゃんが現れた。彼女ならきっと何とかしてくれるはずだ。頼んだぞ、ピーちゃん。君に決めた。
【お任せ下さい】
ピーちゃんは確かに請け負い、サラの元へと飛んで行った。
そして、サラと共に無言で魔族を殴り始めた。
「ダメでした」
「もう! レオ様!」
てへっ、と舌を出した俺にモニカが食ってかかった。
そんなこと言われても、あれはもう無理でしょ。
ピーちゃんの参戦によってダメージが加速した魔族はみるみる小さくなって行き、ついには虚空へと消えていった。
やり遂げた、という表情で二人がこちらへと戻ってきた。
「ふ、二人とも、お疲れ」
引きつった笑顔で二人を迎えたものの、その場にいたメンバーは「見てはいけないものを見てしまった」という表情をしたまま、身動き一つしなかった。
向こうに見えるソフィアは放心状態のようであり、周囲の地面は湿っていた。
俺はこの件に関して、細部までしっかりと調査するようにと命令した。
ちょっとサラとピーちゃんによって戦意を削がれたものの、俺はこの件に関しては怒り心頭に発していた。
俺の大事なモニカに仇をなす者は何人たりとも許さない。それを知らしめる必要があった。
ことの次第は予想していたようであり、魔族と契約したソフィアが、魔族に頼んでモニカを誘拐していた。
未然に防いだため、魔族に何をさせるのかは分からなかったが、どうせろくでもないことに違いない。
取り調べを受けた後、公爵令嬢を誘拐し、危険な目に遭わせた罪でソフィアは国外追放になった。
魔族を利用した件については、すでに魔族が消滅してしまったため、信憑性が薄いとして、罪には問われなかった。
魔族がこの世界に存在している、何てことが、世界中に広がることはよろしくないと判断し、魔族は存在しないものとして処理させた。
これで魔族を探す者は現れないだろう。
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