第31話 ミーア

 私の名前はミーア。このガレリア王国の一般的なごく普通の家に生まれた。

 私の住んでいる町は決して大きくはなかったけれども、かと言って小さすぎることもなく、前世で庶民だった私には本当にちょうど良い場所だった。

 私が前世の記憶を思い出したのは三歳か四歳のころ。何度となく夢の中で見た「現実世界と全くことなる世界」の物語が、実は本当に自分が体験したことだったとようやく気がつくことができたのだ。

 私はそのことを誰にも言うことができなかった。それはもちろん「変な子」として見られることを恐れたからだ。

 前世の私はいつもひとりぼっちだった。原因は分かっている。私に一歩を踏み出す勇気がなかったからだ。

 そのころの私は「誰か私を見つけて!」とひたすら誰かが見つけてくれることを願っていた。そして、その願いは叶うことはなかった。

 自分から動き出さなかった私は、ずっとひとりぼっちだったのだ。

 生まれ変わったのなら、同じ失敗を繰り返すまい。そう思って、今世ではなるべく人に関わり合おうと積極的に動いた。しかしそれは「自分の中での積極的行動」に過ぎなかった。

 何とか友達を数人作ったものの、前世の知識のためか、前世を引きずって子供になりきれなかったためか、何かあればすぐに壊れるような関係にしかなれなかった。

 そんなある日、事件が起きた。いや、起こしてしまった。

 この世界に魔法があることを知った私は、狂喜乱舞した。魔法が使えない世界から来たものにとっては、魔法という存在はとてつもなく魅力的なものだった。魔法使いになりたいと思ったことは、一度や二度だけではなかったのだ。

 そして、やりすぎた。

 私は親から習った生活魔法をすぐに習得し、町で一番の魔法使いのところに弟子入りした。そして、アッサリと師匠を追い抜いた。

 もちろん、両親や師匠は喜んでくれた。天才だ。千人に一人の逸材だ、と言ってくれた。私は自分が認められたことがとても嬉しかった。自分が誇らしかった。

 しかし、子供達の間ではそうはいかなかった。私が才能を開花させるとすぐにみんなは離れていった。そして誰もいなくなった。

 そう。普通の子供は今の年齢では魔法を使うことなどできないのだ。いや、私より年齢が上の子でもほとんど使える子供はいなかった。そしてそれは、大人も同じであったのだ。

 魔法を自在に操ることができる私は、完全に町の中で浮いた存在になっていた。

 そんなとき、師匠がある提案をした。

 

「ミーア、あなたはこの町の学園ではなく、王都にある王立学園に通うべきです。このままここで、あなたの才能を埋もれさせておくのはもったいない」

 

 その日から、私の猛勉強が始まった。と、言っても、前世の知識のお陰で全く苦労することなく勉強は終わった。

 前世とは教育水準の差がありすぎるのだ。この国の歴史さえ覚えてしまえば、あとはどうとでもなった。師匠と両親は天才だ! と喜んでくれた。私の心の支えは師匠と両親だけだった。

 

「ミーア、寂しくなるわ」

「大丈夫よ、お母さん。すぐに立派になって帰ってくるわ」

 

 私は笑顔でそう言った。またひとりぼっちになってしまった悲しみを見せないように。


 

「ミーアさん、ちょっとよろしいかしら?」

「は、はい! な、何でしょうか!?」

 

 何、なにごとなの!? 何で公爵令嬢様が私なんかに声をかけてくるの? 意味が分からないわ。平民なんて、いないものとして見るのが高位貴族の嗜みなんじゃないの?

 

「ミーアさん、私のことはモニカと呼んで下さい」

 

 モニカ公爵令嬢様はそう言うと、私にその美しい顔で微笑んでくれた。

 心臓が、トクン、と音を立てた。

 もしかして、私がコッソリとモニカ公爵令嬢様を盗み見ていることがバレたのかしら? そして、そのことを追求しに来たのかも知れないわ。でも、それならなぜ私に笑顔を向けたのかしら。

 何もかも分からないこと尽くしの私は、ひとまず言われた通りに名前をお呼びすることにした。

 

「モニカ公爵令嬢様、私に何かご用でしょうか?」

 

 私の震えた声にびっくりしたのか、モニカ公爵令嬢様が一瞬目を見開いた。

 

「あ、あの、ミーアさん、公爵令嬢はいりませんわ。そのままモニカで結構です」

「モニカ、様……」

 

 やだ、何これ恥ずかしい! まさか愛しの人を名前で呼ぶのがこんなに恥ずかしいことだなんて、初めて知ったわ! どうしましょう!

 そのとき、モニカ様の隣に皇太子殿下がやってきた。

 ヤバい! ここだけ高貴なオーラが凄いことになってる! どうしてこうなった!?

 

「随分と緊張しているみたいだね、ミーア嬢。心配しなくてもいいよ。モニカはいつもひとりぼっちのミーア嬢のことが気になって仕方がないみたいなんだ。良かったら、話し相手になってくれないかな?」

「レオ様! そんなストレートに言ったらミーアさんに失礼ですわよ!」

 

 皇太子殿下の言葉にモニカ様が吼えた。本当に二人は仲が良い。とても羨ましくて、もっと傍で見ていたかった。

 

「モニカ様、私のことはミーアと呼び捨てにして下さい。私なんかにさん付けは不要です」

「ミーア……」

「モニカ様……」

 

 モニカ様と目と目が合う。そしてちゃっかりモニカ様に名前を呼び捨てで呼んでもらった。嬉しい。

 

「それじゃあ、私のこともレオンハルトと呼んでくれないかな? ミーア嬢」

 

 え? 今なんと? レオンハルトと呼んでくれ? 王族を名前呼びして大丈夫なの?

 アワアワする私にモニカ様がすかさず助け船を出してくれた。

 

「大丈夫ですわよ、ミーア。レオ様の許可が出たのですから、お呼びしても不敬罪にはなりませんわ」

 

 さすがはモニカ様。優しい。

 イザベラさんが皇太子殿下に不敬を働いて退学になったという話は、王立学園中に知れ渡っていた。

 もちろん、これ以上皇太子殿下に不敬を働く者が出ないように、との配慮からくるものであったが、殿下に不敬を働く人がいたことに、一時、学園は騒然となった。

 

「そ、そうでしたのね。それではレオンハルト殿下、私のことはミーアとお呼び下さい」

「分かったよ、ミーア」

 

 殿下は私に微笑みを浮かべてくれた。ウットリと見とれるほどの笑顔だ。こんな人物はそうそういないだろう。

 それでも、モニカ様の微笑みにはとても敵わないけどね。

 

「それでは、ミーア」

 

 コホン、とモニカ様が一つ咳をした。

 

「一緒にお昼を食べましょう」

 

 その言葉に、これからの時間がお昼休みであったことを思い出した。どうやら今日からはボッチ飯ではなくなることになりそうだ。


 

「ここは王族専用の食堂だよ。みんなが使う食堂に王族がいたら、色々とみんなが気を使うからね。それに、暗殺の可能性もあるから、こうして専用の食堂があるんだよ。無料だからミーアも遠慮せずに好きなものを注文していいよ。お勧めは、この赤牛のステーキだよ」

 

 案内された木製の椅子は、見事な鳥の彫刻が施されており、万が一壊しでもしたらと思うと目眩がしそうだった。

 慣れた様子で注文する二人。私は緊張のあまりしっかりとメニューを見ることができなかったので、モニカ様と同じのを頼んだ。

 しばらくすると目の前に見たことがないような豪華な食事が並ぶ。

 これ、お昼ご飯よね? 私はモニカ様と同じものを頼んだことに、早くも後悔しはじめた。

 それはそうだ。公爵令嬢が口にするものが、その辺のサンドイッチなどでは済まされるはずがない。バカバカ、私のバカ。

 うんうん唸る私に気がついたのだろう。モニカ様が声をかけてくれた。

 

「どうしたのですか、ミーア? 全部食べる必要はないですよ。残しても大丈夫ですから、無理はしないで下さいね」

「はい、モニカ様。まさかこんなに豪華な食事が出てくるとは思わなかったものですから、気後れしてしまいましたわ。私にはサンドイッチくらいがちょうど良かったです」

 

 優しい優しいモニカ様に、はにかんで答えた。

 あれ? なんか「え?」って顔をしているけど、どうしたのかしら? 私、何か変なことを言ったかしら。あ、殿下も同じような顔をしているわ。

 もしかして、不敬罪!?

 

「いや、ミーア、そんな顔をしなくても、不敬罪にはしないからね?」

 

 良かった、違ったらしい。いや、それよりも、どうして分かったのかしら? そんなに顔に出てたの?

 その後は特に何も言われることなく、食事は進んでいった。

 美味しい。それはもうメッチャ美味しかった。語彙力なんていらなかった。

 

「ミーアはどうしてこの学園を選んだのですか? 王立学園を受験するのは簡単なことではないと、以前聞いたことがありますわ」

「この学園には、私に魔法を教えてくれた師匠に薦められて受験しました。私の師匠はこの学園の卒業生で、優秀な生徒だったそうです」

「なるほどね。ミーアは昔から魔法が得意だったんだね。同世代の子供達がミーアに憧れたんじゃないの?」

「いえ、逆に誰も寄ってこなくなりましたわ」

「なんかごめん」

 

 殿下が謝ってきた。いや、別に殿下が悪いわけではないので大丈夫ですよ。

 

「それならこの学園に来て良かったですわね。ここは優秀な生徒ばかりがそろっていますから、ミーアが浮くこともありませんわ」

 

 モニカ様が励ましてくれた。

 

「そうだね。ここでは魔法を使えることは当たり前で、勉強ができるのも当然のことだからね。ミーアが優秀な成績を収めて卒業することができたら、モニカの傍仕えに推薦してもいいかも知れないね」

「私、モニカ様のためにがんばりますぅ!」

 

 モニカ様の傍仕え! なんという甘美な響き! 今から酔いしれそうだわ。

 あ、なんか殿下が残念そうな子を見るような目でこちらを見ているような気がするわ。どうしてかしら?

 

「ところで話はガラッと変わるんだけど、ミーアは気になる子はいないのかな?」

 

 気になる子、それはモニカ様……。

 

「ええと、その……」

 

 どうしよう。殿下の問いに嘘をついたら、不敬罪になっちゃうのかしら? これは困ったぞ。

 

「あ、男性で気になる子ね」

「いませんわ」

 

 私はキッパリと答えた。殿下は「お、おう」とやや引きつった声を出していたけど、大丈夫よね? 不敬罪にならないよね?

 目の前ではモニカ様と殿下が顔を合わせてコソコソとなにやら囁き合っている。

 本当に仲睦まじい。私の癒やしだわ。

 

「ミーア、きみ、転生者でしょ?」

「はいぃ?」

 

 思わず声が裏返った。なぜバレた。


 

「まさかそんな、この世界がゲームの中の世界だなんて、信じられませんわ」

 

 二人に聞いた事実に、私は動揺を隠せなかった。

 

「ミーアはこのゲームをやったことはないんだね?」

「ありませんわ。でも名前なら、どこかで聞いたような気がしますわ」

 

 私の発言にモニカ様が立ち上がった。

 

「この素晴らしいゲームを知らないだなんて! ミーア、あなたは前世で大きな損をしてますわ!」

「ごめんなさい」

 

 まさかモニカ様に怒られるとは。ゲームをやっておけば良かった。とんだ失態だ。

 

「まあまあモニカ、落ち着いて。それじゃあ、モニカを害する気はないんだね?」

「モニカ様を害するだなんてとんでもない! ああ、でもモニカ様は悪役令嬢でしたのね。そんなの許せませんわ。モニカ様ファンクラブの会員ナンバー1として、絶対にそんなことさせませんわ!」

 

 私は決意を新たにした。

 

「待った、ミーア。ファンクラブ会員ナンバー1は俺だからね?」

 

 な、な~に~? いくら殿下でも、こればかりは譲れない。

 私は殿下を睨んだ。負けじと殿下も睨み返してくる。

 

「ちょっと二人とも、何つまらないことで争っているのですか!? 恥ずかしいからやめて下さいませ!」

 

 王族専用の食堂にモニカ様の声が響いた。

 その後、私達は一緒に行動することが多くなった。

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