第30話 避暑

 王都に夏がやってきた。

 石畳が並ぶ王都は、日の照り返しが強く、とても暑い。

 貴族達が住む屋敷の庭には、防犯のために高い塀が建てられており、風の通りは非常に悪くなっている。

 そしてそれが、さらに王都での夏の暮らしを過酷なものにしていた。

 夏の王都は暑い。それがこの国での一般常識だった。

 この時期、貴族の多くは涼を求めて、避暑地へとこぞって出掛けた。

 そして、それに合わせるように、王立学園も夏期休暇へと入っていた。

 

「モニカ、リバイア湖へ涼みに行きませんか?」

「湖ですか? いいですわね! ぜひ行きたいですわ」

 

 あの出来事からしばらくは元気がなかったモニカも、今ではすっかり元気を取り戻していた。

 あのペンダントはやはりゲームのイベントに関連していたもののようであり、レオンハルトルートでは、あのペンダントがキーアイテムとなっていたそうだ。

 ペンダントをヒロインにあげることで、貴女に気があることを伝え、ヒロインはそれを持つことで、皇太子殿下の隣に立つ勇気をもらう、という流れだったらしい。

 その話を聞いて、例のペンダントが呪いのアイテムにしか見えなくなった俺は、結局そのペンダントを買うことはなかった。

 モニカには別のプレゼントを用意したい。

 大丈夫、まだ焦る時間じゃない。


 

 夏の日差しに照らされた馬車の中は非常に暑かった。

 サラに冷却の魔法を使い続けてもらうことで何とかなったが、これは冷房の魔道具を搭載した馬車を作る必要があるのかも知れない。

 そんな話をモニカにしたら「馬車一台にそんな高価なものを取り付けていたら、お金がいくらあっても足りない」と苦言を言われた。

 ほとんどの車にクーラーがついていたことは、実はとんでもないことなのかも知れないと、前世に思いを馳せた。

 生い茂る木々が増えたことで影ができ、馬車の熱が少し弱まったようである。

 サラが冷却魔法を弱めた。小さな森の中にある湖はもうすぐそこだ。

 

「とても涼しげで素敵ですわね」

 

 窓からはすでに湖が見えている。

 俺達と同じことを考えている人達も多かったようで、湖の近くには何台もの馬車が列をなして止まっていた。

 

「湖から吹いてくる風がとても心地よさそうだね。でも、思った以上に人が多くて、ビックリしているよ。もう少し静かで落ち着いた場所を想像していたんだけど、どうもそうではなくて、少し騒がしいところになっているみたいだね」

 

 苦笑いする俺をモニカがクスリと笑った。

 そうこうする間に湖へと到着した。

 馬車を降りると、湖の上を渡ってきた涼しい風が俺達を出迎えてくれた。

 相変わらずギラギラと太陽は俺達を照らしていたが、思ったほど暑くはなかった。湖のそばだと言うのに、湿度が低いのかも知れない。

 日本の夏のようなジメジメのムシムシ感は全くなく、まるでハワイのようにカラッとしていた。行ったことないけど。

 湖の畔を二人で歩く。もちろん護衛が後ろや前にいるので、湖に来ていた人達の注目を集めた。

 俺はモニカと秘密の話をするために二人きりになりたくて、何かないかと辺りを見渡した。すると俺の目の前に貸しボート屋の看板が目に入った。

 

「モニカ、一緒にあれに乗りませんか?」

「あれ?」

 

 俺が指差した方向を見たモニカは、納得したかのように頷いた。

 

「もちろんですわ。湖の上はもっと涼しそうですわね」


 

 首尾良くボートを借りることができ、リバイア湖の水面へとボートを滑らせた。

 ボートは流れるように進み、湖の中央付近まで進んだ。

 周囲にはお供のボートがいるものの、俺達の話す声は聞こえないだろう。

 借りたボートは、前世で言うところの四人乗りアヒルボートのようになっており、太陽の日差しを遮ることができる屋根と、足こぎ用のペダルがついていた。

 俺とモニカは懐かしくなって、二人してワーワー言いながらペダルをこいだ。後ろに乗っているピーちゃんとサラには残念そうな人を見るような目で見られたが、気にしない。

 しばらくはしゃいだ後、俺は本題に入った。

 

「アルやギル達に、ヒロインとの接触がなかったかを聞いたんだ」

 

 そう切り出した俺の声に、ビクリとモニカが反応する。

 

「どうやらクラスメイトの女性陣達から何かしらの接触を受けていたみたいでね。どうやらBLルートには入らずに済んだようだよ」

 

 ブフッとモニカが吹き出した。それにつられて俺も笑った。

 

「レオ様以外の攻略対象者をターゲットにしたのでしょうか? ということは、もしかして本当にヒロイン全員が転生者なのでしょうか?」

「そこはまだ分からないね。聞いたところだと、話しかけられたり、お茶に誘われたりしたのはヒロイン候補だけではなくて、貴族のご令嬢も含まれるらしい。それもそうだよね。彼等全員が結婚相手としてはかなりの優良物件だからね。女性陣が殺到しているらしいよ」

 

 あらまあ、と言わんばかりに、モニカが口に手を当てた。そして、頭に浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「それではレオ様もお茶会のお誘いがたくさん来ているのですか?」

 

 ちょっぴり顔が曇ったモニカに、俺は答えた。

 

「それはないよ。だって、俺にはすでに婚約者がいて、しかもラブラブアピールをいつもしているから、お互いに仲が良いことはみんなが知っているからね。それで、つけいる隙がないと判断したのか、お茶会の誘いはないよ」

 

 キッパリとイイ笑顔で言い切った。

 モニカが慌てて赤くなった顔を隠そうとしてうつむいた。本当に可愛いな、俺の嫁は。

 

「そんなわけで、他の対象に集まっているんだと思うよ。他のクラスからもやって来るから大変だって言ってたよ」

「そうなのですね。大変そうですが、私達にはどうすることもできませんわね。ところで、イザベラさんのように問題を起こす人はもういませんよね?」

「今のところは問題ないみたいだよ。イザベラが突然いなくなったことを不審に思っている人はいるみたいだけどね」

 

 クラスの平民全員が別世界から来た転生者の可能性がある、だなんてことを俺達以外の人に言っても、こちらに不信感が募るだけだろう。

 俺とモニカは運良く転生者同士だから話が分かるけど、純粋なこの世界の人間は、恐らく転生者など理解できないだろう。今のところは黙っておくに限る。

 

「モニカは気になるヒロイン候補はいないのかな?」

 

 俺と同じく、モニカもヒロイン全員のことは注意して見ているだろう。

 何か俺が気がつかなかった問題を、同じ女性のモニカならば何か気がついているかも知れない。

 

「それが、一つだけ気になることがありますわ」

 

 モニカが顔を伏せる。こんなこと言って良いものか、と悩んでいるようだ。

 

「大丈夫だよモニカ。ここで話したことは誰にも言わないよ」

 

 俺が微笑むと、それに勇気をもらったようで、モニカが話し始めた。

 

「ミーアさんをご存じですか? その、あの、ミーアさん、いつも一人なのですよ」

「えっと、それはボッチということなのかな?」

「多分そうかと思います」

 

 王立学園でボッチ。

 王立学園に入学する目的の一つに「優秀な人との人脈を築くこと」という大きな側面もあるのに、それを完全に無下にしているボッチ行動は、それはそれは目立つことだろう。俺は全然気がつかなかったけど。

 

「ボッチ行動は、ゲームでは可能だったのかな?」

「いえ、無理ですわ。だって廊下を歩いているだけで、教室にいるだけで、何かしらのイベントが発生するのですよ? 何も起こらないのは無理ですわ」

 

 なるほど、と俺は腕を組んだ。

 

「ということは、ミーア嬢は自分の意思でボッチになっているということだね? それはイベントを起こす気がないととるべきか、それとも、転生者でも何でもないただの一般市民で、学園生活に適応できないのか、もしくはもっと別の意図があるのか」

 

 うーん、と二人して考えてみたが、結局良い案は見つからなかった。

 

「そうだ、モニカ、一つ聞きたいことがあるんだけどさ。ライバル令嬢はモニカだけなのかな?」

「いいえ、他にもおりますわ。アルフレッド様にはビーナス様、ギルバード様にはマドンナ様、ブルックリン様にはクイーン様がいますわ」

「うーん、なかなか濃い、じゃなかった、優秀な人が婚約者候補になっているみたいだね」

 

 どれも有名な貴族のご令嬢である。とても平民のモブが勝てるとは思えない。

 そうなると終盤で逆転勝利が転がり込んでくるであろう俺を狙ってくるのかな? 最後の卒業イベントが終わるまでは気が抜けないと言うわけか。

 そう考えると、今この場でそのことに気がつくことができて良かったと思う。

 やっぱりモニカに全部話して、協力体制を構築しておいて良かった。俺の判断に間違いはなかった。

 

「有力な情報をありがとう、モニカ。これは何かお礼をしなければならないね」

「お、お礼だなんて。当然のことをしたまでですわ」

 

 モニカがアワアワしだした。

 フフフ、モニカもそろそろ気がついたかな? 自分の逃げ場がなくなっていることに。

 ここはリバイア湖の水の上。そう簡単には逃げられない。

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