第29話 まずは一人目②

 冷風の魔道具が設置されているのか、店内はそれなりに人がいるにも関わらず、とても涼しかった。

 ショーケースには色とりどりの宝石が並んでいる。その宝石のいくつかは、前世で見かけたものと名前と形が同じであった。

 

「昔に見たことがあるような宝石がいくつも混じっていて、何度見ても不思議な光景だね」

 

 数ある宝石類の中でも、学園内でも身につけられるようにと、俺はネックレスをモニカにプレゼントすることにした。

 

「本当ですわね。時々、本当に別世界の話なのかと思うことがありますわ。えっ、これは……」

 

 何かを見つけたモニカは、ピタリとその動きを止めた。

 

「どうしたんだい? これは、ピンクプラネット? あまり見かけない宝石だね」

 

 それはピンクの色をしたハート型のペンダントトップがついた可愛らしいネックレスだった。

 もしかして、これが欲しいのかな?

 

「レオ様ではないですか。このようなところで会えるなんて、これはもう運命ですわね!」

 

 その声に、隣にいるモニカが、ガバッ! と音がしそうな勢いで振り向いた。

 方や俺は、極めてゆっくりとその声の主の方へと振り向いた。

 何事か、と護衛達が俺達の前に立ち塞がった。その手はすでに剣の柄が握られている。

 振り返った先には、ヒロイン候補の一人、イザベラがいた。

 ここは、貴族の中でもそれなりに爵位が高い人でないと、入るのに躊躇するような高級宝石店。

 そこに庶民であるイザベラがいるのは、何とも違和感のある光景であった。

 イザベラは俺達が何を見ていたのか、知っているのだろう。突如として俺達が見ていたネックレスのことを話し始めた。

 

「まあ、さすがはレオ様! そのピンクプラネットのネックレスを選ぶだなんて。そのネックレスには、プレゼントした相手と結ばれるというジンクスがあるそうですのよ。意中の相手にプレゼントしてはどうですか?」

 

 なんだこいつ。自分の立場が分かってないのか? 仮に彼女が転生者だったとしても、少なくとも十五年はこの世界で生きてきたはず。今の自分の発言がどれだけ危険なものなのか、分からないはずがあるまい。

 店長のモーリスは顔が真っ青になっている。それはそうだ。このイザベラの失態が自分に振りかかってくる可能性があるのだ。

 俺はイザベラに一言いうべく、一歩踏み出した。ところが。

 

「あなた、一体何様のつもりですの! あなたのような身分の者が、皇太子殿下のことを名前で、しかも、愛称で呼ぶことなど、許されるものではありませんわ!」

 

 モニカが吼えた。

 その顔には、いつもの「おっとり」とした垂れ下がった目ではなく、まるで悪役令嬢のようにつり上がった鋭い目があった。

 そのあまりの剣幕に、イザベラが一歩下がった。しかし、その口を閉じることはなかった。

 

「ああ、嫌だわ。さすがは悪役令嬢ね。間近で見ると凄い迫力だわ。こんな人よりも私の方がよっぽど魅力できだわ。そうですよね、レオ様?」

 

 その言葉にモニカが怯んだ。顔は深い海のように青ざめ、体もガクガクと震え出した。

 俺は電光石火の如く、華奢な腰に手を伸ばし、グラリと力なく体が傾いたモニカを抱いた。

 

「三度目だぞ。モニカがお前のためにわざわざ警告をしたと言うのに。不敬罪だ。連れていけ」

「ハッ!」

 

 俺の出した指示に従って、護衛の何人かが、イザベラを連行して行った。

 イザベラは事態がつかめていないのか、ギャアギャアと騒いでいたが、その声もいつの間にか聞こえなくなった。

 心優しいモニカは、このような事態にならないように、あえてあのような警告を発したのだろう。だが、それはイザベラには届かなかった。モニカのせいではない。

 この国の皇太子という立場上、公衆の面前で、庶民の、しかも、許可も出していない相手に名前で呼ばれることを許すわけにはいかなかった。

 皇太子の名前を気安く呼んでいいのは、許されたごく一部の人達のみ。それは王国を名乗るすべての国で、常識的なことであった。

 

「モニカ、しっかりして下さい。息はしてますね?」

 

 連行されたイザベラよりも、腕の中のモニカが気になる。呼吸は荒く、顔色はとても悪い。力なく俺にしなだれかかりながらも、俺を安心させるかのように弱々しく首を縦に振った。

 これは一大事だ。

 俺はモニカを抱えると、一目散に外で待たせてある馬車へと向かった。


 

 俺はデートのプランを大きく変更して、貴族御用達のカフェへと向かった。本当は今日のデートの午後に来るつもりだったのだが、そんな悠長なことは言ってられなくなった。

 とにかく、今はモニカのことが最優先だ。それ以外のことはどうでもいい。

 急ぎその店に先触れを出し、席を用意してもらった。

 カフェに着いたとき、時刻はまだ午前十一時を少し過ぎたくらいだった。

 俺達が十五時ごろに予約を入れておいたお陰で、その店では一日中その席を用意しておいてくれたようだ。後でしっかりとお礼を言っておこう。こういうことはキッチリとやっておかないといけない。

 案内された場所は、このお店の屋上テラス席だった。

 屋上には緑の鉢植えがそこかしこに並んでいた。そのどれもが青々とした葉を大きく広げており、ここだけ都会の中にある小さなオアシスのような空間を作り出している。

 もちろんこの屋上テラス席は特別席であり、一般庶民は立ち入ることすらできない。だから安心してモニカと話すことができる。もちろんサラがモニカのすぐ後ろに控えているので安心だ。

 注文した飲み物と食べ物が運ばれてきたころ、モニカもようやく落ち着いたのか、顔色も大分よくなってきた。

 

「ご心配をおかけしてしまって、申し訳ありませんわ。レオ様に馬車まで運ばせてしまって、本当にごめんなさい」

 

 モニカがうつむいて頭を下げようとした。

 

「モニカ、頭を下げないで。俺がそうしたくてやっただけだからさ」

 

 俺の思いが通じたのか、途中で頭を下げるのをやめてくれた。うんうん、それでいい。

 俺とモニカはそれぞれ出された飲み物を口にした。

 一口飲んだモニカは目をカッと見開いた。

 

「これは、コーヒーですか!?」

「フフフ、そうだよ。驚いたかい? 最近この店で出されるようになったんだよ。まだあまり流行ってはいないけど、きっとすぐにでも広まるんじゃないかと思っているよ」

 

 モニカに目を向けると、懐かしそうにもう一口コーヒーを飲んだ。

 とりあえず、サプライズは成功かな?

 

「これは、シュークリームですか?」

「そうだよ。巷で有名な「モニカ令嬢のシュークリーム」だよ」

 

 俺が笑うと、モニカは恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「もう! どうしてそんな名前で流行らせたのですか。恥ずかしくて、しょうがありませんわ」

 

 ここから見えるモニカの耳は真っ赤になっている。この名前で流行らせたのはお母様だが、グッジョブと言わざるを得ないな。GJ、お母様!

 出されたシュークリームを一口食べた。

 うん、まごうことなくシュークリームだ。だがしかし。

 

「やっぱり、モニカの手作りシュークリームには勝てないね。何かが物足りない気がする。愛情かな?」

 

 同意を求めるようにモニカを見つめると「またそうやってからかって」と言ってそっぽを向いて口を尖らせた。

 それでも「本気なのに」と食い下がると、モニカは「もう、もう、もう!」と牛のようになっていた。大分本調子に戻ってきたかな?

 

「アイツに言われたことなんて、気にする必要はないよ。俺はそんな目でモニカを見てはいないからね。モニカは悪役令嬢なんかじゃない。俺の大事な大事な婚約者だよ」

「レオ様、ありがとうございます」

 

 お礼は言ったものの、どこかまだ暗い表情をしているモニカ。

 

「レオ様、イザベラさんはどうなるのですか?」

「ああ、公衆の面前だったので、処罰せざるを得ないよ。これはモニカのせいじゃない。彼女の責任だよ。もう責任を取らされる年齢だからね」

 

 そうですか、と呟いたモニカは足元をジッと見つめている。

 

「でも、投獄されたりすることはないから、そこは安心して欲しい。王立学園を退学になって、王都への出入りを禁止するくらいで済むと思うよ」

 

 俺のその言葉にようやく顔を上げた。

 

「とても残念ですわ。イザベラさんは転生者だったのでしょうか?」

「何とも言えないね。そうかも知れないし、誰か他の転生者に利用されたのかも知れない」

「利用された、ですか?」

「うん。あれだけライバルヒロインがいるんだ。自分がヒロインであることを証明するために、他のヒロインを蹴落とすくらいはするんじゃないかな?」

「なんてことなの」

 

 俺の見解に、心優しいモニカの顔からスッと血の気が引いた。これ以上、この話は良くないな。

 

「後で宝石店の店長に詳しい話を聞いてみるよ。だから、この話はここで一旦終わり。いいね?」

「……分かりましたわ」

 

 返事までにやや間があったが、モニカはそう答えた。

 その日以降、学園でイザベラの姿を見ることはなかった。

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