第28話 まずは一人目①

 季節は春から、青々と緑が生い茂る夏へと向かっていた。

 心地よかった風が、少し熱を帯び始めたころ、ようやく学園生活にも慣れ、俺達に気持ちの余裕が出始めていた。

 入学式の後、お母様に借りた暗部達に色々と調べてもらった。

 そこから得られた情報をモニカと共に精査した結果、新たにいくつかのことが分かった。

 まず一つ目が、ヒロインとして名が上がっていた二十四人全員が王立学園に入学していたという事実だった。

 そのうち半分の十二人は最上位クラスに選ばれていなかった。要するに、学力不足ということだ。そして、残りの十二人のうちの半分が別のクラスになっている。

 ゲームのヒロインとして成り立つのは、俺達と同じクラスの六人だけだと思うが、念のため、後でこっそりと顔を確認した。

 その結果分かった二つ目が、二十四人全員が普通の顔、すなわちモブ顔だったということだ。

 残念なことに、私がヒロインです、と顔に書いてあるのは、誰一人としていなかった。

 そこで俺は改めてモニカに聞いた。

 ヒロインならば、頭がいいとか、魔法が得意だとか、運動神経がいいとか、そういった特徴を持ち合わせているのではないか?

 モニカの答えはノーだった。

 入学当初のヒロインはごく普通の女の子。それが、学園で過ごしていく間に努力して、少しずつ力をつけていくのだそうだ。

 最上位クラスに入れる時点でかなりの努力が要ると思うのだが、まだ序ノ口だったらしい。

 しかもとんでもないことに、そのパラメーターをどのように振るのかは、プレイヤー次第らしい。

 学力に振るか、運動に振るか、美貌に振るか、恋愛に振るか、それともバランス良く振るか。

 自由度が高いにも程がある。

 そして、パラメーターの上昇は大成功、成功、普通、失敗、大失敗の五パターンがあり、必ず成功するわけではないらしい。

 さすがリセット前提なだけはある。おバカプレイもできるというわけか。奥が深い。

 そのため俺は、何度も深いため息をつかざるを得なかった。


 

「レオ様、そんなにため息をついてばかりでは、老け込んでしまいますわ」

 

 モニカが心配して声をかけてくれた。確かに最近、ため息が多くなっていた。それは認める。

 

「それならモニカ、今度のお休みの日にデートに行きませんか?」

「で、デート!? もしかして、城下町に行くのですか?」

 

 何故かモニカがビックリしている。城下町デートはよろしくない?

 

「あ、嫌なら別に」

「そんなことありませんわ。ぜひ、デートに行きましょう!」

 

 嫌なら別にいいよと言おうとしたら、その言葉を遮ってモニカが言った。

 ありがたいことに、モニカはモニカで俺に気を使ってくれているようだ。

 デートをすることで俺の気分が晴れるなら、と思ってくれているのだろう。

 それにしても、一瞬ビックリしていたが、何かあるのかな? うん、あると言えばゲームイベントだな。

 これまでモニカに聞いた話を総合すると、もうランダムイベントに関してはどうしようもないと思う。

 どうせ避けられないし、それならいっそのこと気にしない方が、俺達の学園生活も楽しめるんじゃないだろうか。

 だって目に見えない恐怖にいつまでも怯えていてもしょうがないじゃないか。

 

「モニカ、ランダムイベントのことはもう諦めよう。諦めて、学園生活を楽しもう。どんなイベントが起ころうとも、俺はモニカを手放さない。約束する。レオンハルト・ガレリアの名前に誓うよ」

「レオ様」

 

 モニカの目に微かに涙が浮かぶ。

 俺は周りに邪魔者がいないことを確かめて、モニカにそっと優しく口づけをした。


 

 今日は週末デートの日。ルンルン気分でいそいそと馬車に乗り込む俺を見て、サラが訝しんだ。

 

「モニカお嬢様、この頃、皇太子殿下の機嫌が良すぎる気がするのですが、何か心当たりはないですか?」

「ひぇッ!? な、何もありませんわよ? デートが楽しみなだけだと思いますわよ?」

「怪しい」

 

 ジットリとモニカを見つめるサラ。

 目を逸らすモニカ。何かあったことは明白であった。

 本当にモニカは顔に出やすいタイプだな。逆に言うと、素直な子なんだろうけどね。ちょっと心配ではあるかな。

 休日の街は朝から賑わっていた。

 ゴトゴトと石畳を進むと、多くの馬車とすれ違う。中には大きな荷物を載せている荷馬車もあった。

 国外からの輸入品なのだろうか? 見慣れない商品や、服装をしている人達を、最近多く見かけるような気がする。

 それらはすべて、この国が活気づいていることの証しであり、何だか嬉しくなってきた。

 

「まだ朝なのに、ずいぶんと賑わっているみたいだね」

 

 隣で仲良く並んで座っているモニカに声をかけた。

 

「本当ですわね。中世のヨーロッパでもこのような光景が見られたのかと思うと、何だかタイムスリップしたようですわ。あれ? あれはもしかして和服でしょうか?」

 

 モニカが指差した方を見ると、なるほど、和服の着物にそっくりな服を運んでいる人達がいた。

 あれが東国の人達だろうか? 確かにこの辺りではあまり見かけない姿ではあるな。

 

「どうやら、噂の東国は、俺達が住んでいた日本とよく似た国のようだね」

「そのようですわね。お米なんかもあるのでしょうか?」

「あったらぜひ、食べてみたいね」

 

 フフフと二人で笑い合った。


 

 ゴトリと小さな音を立てて馬車が停まった。

 

「どうやら最初の目的地に着いたみたいだね。さあ、お手をどうぞモニカ姫」

「もう! レオ様ったら。また私をからかっておりますわね?」

 

 そう言いながらも、素直に顔を赤らめて、モニカの手が俺の手の上に添えられた。

 馬車を降りると、そこには王都でもっとも大きくて、格式の高い宝石商の正面入り口があった。

 建物の入り口には真っ黒で頑丈そうな扉があり、その左右にはガードマンのような屈強な男達が数人、周囲を行き交う人達に目を光らせていた。

 扉の向こうから支配人らしき人が小走りでやってきた。

 

「これはこれは皇太子殿下。ようこそいらっしゃいました。お隣の方は噂のモニカ公爵令嬢様でごさいますね。私はこの宝石商の店長、モーリスでごさいます。以後、お見知りおき下さい」

 

 そう言うと、白髪が幾分か混じっている男性が深々と頭を下げた。

 

「れ、レオ様、ここに入るのですか?」

 

 モニカの顔が引きつる。どうかしたのかな? こういう宝石を買ったりするのには、もう慣れてしまっていると思っていたのだが。

 現に今も、その耳と首、それに指には、それぞれとても立派な宝石が輝いている。

 

「モニカに似合う宝石をデートのプレゼントにしようと思っているんだけど、もしかして、迷惑だったかな?」

「そ、そんなことありませんけれど、私はもう十分にお父様から宝石をいただいておりますわ」

 

 首を左右に振り、俺の発言を否定するモニカ。どうやら、モニカの身につけている宝石類はモニカのお父上がプレゼントしたもののようだ。

 

「私がプレゼントしたものを、モニカが私のものだという証明として身につけてもらいたいと思ってね」

 

 ニッコリと笑いかけると、ソウデスカ、とやや呆れたような、緊張したような声が返ってきた。

 

「もしかしてモニカ。こういうの、慣れてない?」

 

 俺はモニカの耳元に囁いた。

 

「当然ですわ。こんな高価なものをバンバン買ってしまう感覚にはついていけませんわ」

「フフフ、モニカはとっても庶民的なんだね。でも、少しは慣れておかないといけないよ」

 

 ボソボソと耳元で話すと、モニカがくすぐったそうにしている。耳まで真っ赤になって、可愛い。

 

「どうしてですの?」

「それはね、こうして買い物をしてお金を市場に回すことも、貴族の大事な仕事だからだよ。貯めてるだけでは、誰も儲けることができないからね」

 

 なるほど、とモニカが頷く。

 

「それではレオ様、一つ何かプレゼントして下さいませ。私も一つ、レオ様にプレゼント致しますわ」

 

 目を合わせ、二人で笑い合う。

 

「いや~、噂通り、本当にお二人は仲がよろしいようですな!」

 

 モーリスの大きな声が周囲に響き渡り、多くの人がなんだなんだ、とその足を止めていた。

 店に入る前から結構目立ってしまったが、俺は何ともなかったかのような顔でモニカを店の中へとエスコートした。

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