第3話 ビターチョコレートシンドローム

 これは自分が大学3年の時。就活前の最後の夏休みだと言うことで友達と海に繰り出した。体育会系の友達はしっかりと泳ぎに、チャラついた友達はナンパに向かっていった。自分はと言うと、基本的に荷物番。日差しを浴びるのは嫌で、日焼けは肌が赤くなるから基本的にしたくない。なぜ海に来てしまったのかと言うと、半強制的に連れてこられた。部活でバスケをしていたので体はかなりしっかりしていて、水着になるのは恥ずかしくはないが、日焼けが嫌なのでしっかり日焼け止めとパーカーをフードまでかぶって日差しから身体を完全防備していた。しばらくすると、ナンパに向かった友達が数人の女の子と帰って来た。

「お前は遊びに行かなくていいのか?」

「日差しが苦手って言ったじゃん。日焼けすると肌赤くなって痛いし、カナヅチだし。無理やり連れて来てよく言うよ。」

「すまんて。どうせ放って置いたらお前家から一歩も出ないだろ。外に出ればお前も何かしたいことも見つかるかと思ったんだよ。」

「それでお前がやりたかったことってナンパか?」

ナンパをして来た友達は稲垣と言って、かなりのイケメンでチャラチャラしている。基本的にこう言った人間は苦手だが、なぜかこいつだけは友人としても人としても好きだ。ちなみに、海でガチ目に泳いで他の人を引かせている友達は田口という。

「海といえば女の子がいないと始まらないだろ。ほら、お前もフードかぶってないで挨拶しろよ。」

ハァ〜とため息をつき、フードを取る。夏の眩しい太陽に目をやられたか、まぶしくて目をしょぼしょぼしたが、ある子に自分の視線は持っていかれる。女の子たちの人数は3人。明らかに遊んでそうな子と焼きそばをすすっている子、後には自分と同じように無理やり連れてこられたような感じの気の弱そうな子がいた。自分の視線は前にいる2人を見向きもしないでその2人に隠れている気の弱そうな子に目を奪われた。


 珍しく興奮したのか、勢いよく立ち上がった。

「進って言います。よろしく・・・。」

自分の口が回らなくなっていくことがわかった。世界がねじ曲がり、上が下、下が上になり目の前が真っ暗になった。

どのくらい意識がなかったのだろうか。気づいた時に友達の騒ぐ声が聞こえた。隣からは良い匂いがする。日焼け止めの匂いだろうか。香水の嫌な匂いではなく落ち着く匂い。少しずつ目を開ける。目にはタオルがかかっていてこのクソ暑い浜の中、冷たかった。タオルを少しずつずらし、外の様子を確認する。空はまだ青くて、太陽が容赦無く照らしていた。

「大丈夫ですか?」

自分が起きたことに気づいたのか、おそらく隣で自分のことを見てくれていたであろう人の声が聞こえた。女性の声だった。あの子なら良いな。

「はい。大丈夫です。」

自分はタオルを目から完全に外し、その人の顔を見るために、起き上がろうとする。すると、たまたまその時、その子が自分の顔を覗き込んでいたみたいで、勢いよく頭と頭がぶつかった。

「イッテェ。」

ぶつかった衝撃で自分の頭は再び地面に戻り、その子は頭を戻し、当たった部分をさすっていた。

「ごめん。そこに顔があるの気づかなかった。」

「いいえ。大丈夫です。私石頭なんで。」

再び身体を起こし、その子の顔を確認する。あの子だった。目を奪われた子。自分は恥ずかしくなって顔を伏せた。

「頭大丈夫ですか?よく見せてください。」

顔が近い。自分の顔を覗き込むように確認をしている。

「顔近いです。」

自分は我慢できなくなり、つい口に出してしまった。

「すいません。」

そう言って彼女は顔を離した。本当に心配してくれてたみたいで、顔を近づける行動は未意識だったみたいだ。

「熱中症だったみたいなので、はいこれ。スポーツドリンクですけどしっかり水分とってください。」

彼女から手渡しで飲み物をもらう。そういえば、なぜここに連れてこられたかを考えていて、悶々としており水分を取ることを忘れていた。

「ごめんね。せっかく海に来てるのに。こんな看病任せちゃって。ありがと。もう起きたから遊びに行って良いんだよ?」

「良いんです。私強制的に連れてこられたので。あまり外で遊ぶのは好きじゃありませんから。」

「そうなんだ。俺と同じだね。」

「おっ、起きたか。貧弱少年。」

稲垣が遊んでいるのを切り上げて飲み物を飲みに来た。


 「貧弱じゃない。急に立ってふらっと来ただけだけど。」

「ふらっと来ただけでしっかり倒れる奴がいるか。友梨ちゃんが心配して救急車呼ぶか否かってあたふたしてたんだぞ。」

「うん?友梨って誰だ?」

「お前らまだ自己紹介もしてないのかよ。お前の看病をしてくれたその子だよ。友梨ちゃん。」

そういえばまだ名前を聞いてなかった。友梨っていうのか。

「まだ、お前動けなそうだから、友梨ちゃんにしっかり面倒見てもらうんだぞ。俺は女の子たちが呼んでるから行ってくる。友梨ちゃん、手のかかる奴だけどよろしくな。」

彼女は稲垣に向け笑顔で答える。

「楽しいお友達ですね。」

「うるさいだけですよ。」

ふらつきもおさまったところで海の方を見ると、田口と一緒にガチ目に泳いでる子がいた。

「あの泳いでる子って友達だよね?」

「そうですね。あの子水泳部でお友達と会った瞬間、意気投合して2人でああやって泳いでます。もう、1時間ぐらい。」

こんなクソ暑い中、よくそんなに泳げるなと感心した。周りに迷惑もかかってないっぽいからほっといたら疲れて戻ってくるだろう。稲垣はもう1人の子と仲良く砂浜で遊んでる。こうしてみると、綺麗に2人ずつの3組になっている。しかも、男女で。


 日が傾き始めた頃、遊び疲れた2組が戻って来た。

「御三人さんはこのあとどうするの?」

稲垣が女の子3人に聞く。

「普通に解散かな。疲れちゃったし。」

「じゃあさ、俺たちのところにこない?いいよな進。」

ナンパの常套句みたいな感じで俺にふらないでほしい。まあ、もう少し友梨ちゃんといたかったから内心は稲垣ナイスって感じだった。

「いいけど、うち3部屋しかないよ。大丈夫なの?」

「まあそこらへんはさ。なんとかなるでしょ。」

へんなジェスチャーで自分に答えるが何を言いたいのかさっぱりわからない。

「うん?どういうこと?」

いまいち状況が掴めていないもう1人の女の子が田口に問いかける。ずいぶんと仲良くなっているみたいだ。

「今日俺たちは進の家の別荘で泊まることになってたんだよ。」

「え?別荘?お金持ちなの?」

「親がね。自分のお金じゃないから。頭下げて借りたんだよ。」

自分の親は一応誰もが聞いたことある一流企業の社長でおじいさんは会長。家族で会社を経営してる。会社を継げとうるさいからあまり家族間は仲良くない。でも、自動的に継ぐことになるとは思う。大学では一応経済学部に入っているし。

「いいの?急にこんな人数?」

隣で友梨ちゃんが心配している。

「問題はないよ。すぐに人数いえば準備してもらえるから。」

「すご。お手伝いさんもいるの?」

「まあ、そうかな。だから心配しなくていいから。すぐに用意させるよ。」

というと自分はスマホで連絡をとった。

しばらくして自分が戻ってくると、何か話していたらしく、5人とも慌てて話をやめた。

「何話してたかは知らないけど、一応許可はとったから。いつでも来てくださいだって。」

「おうそうか。サンキューな。それにしてもお前何か気づくことはないか?」

急になんだ?別に変わったことはないし、自分の荷物が荒らされた形跡もない。

「別に、何も。何かいたずらしてたら追い出すからな、お前だけ。」

「それだけは勘弁だわ。まあ気づかなくても後々わかることだからいいっか。」

稲垣の言動に疑問を持ちながらも帰る準備を始めた。女の子三人衆と別れて待ち合わせ場所で待つ。


 待っていると稲垣から、

「綺麗に3組に分かれるもんだな。」

それに答えるようにニヤニヤしている田口は、

「そうだな。」

と、返答する。

「お前気持ち悪いぞ顔。いいか、あまり面倒かけるなよ。今日行くところは父さんが交渉とかに使う大切なところだから。それを条件に1番良いところ借りたんだから。」

「わかってるって。こう見えても育ちはいい方だから、そこらへんは弁えてるよ。」

チャラチャラした稲垣のことを自分が嫌いにならないのはそういうところだと思う。こんな感じでしっかり礼儀作法とかしっかりしていて、前に父さんたちと会ったときに偉く父さんが褒めていた。成績も優秀なのが偉いギャップになっている。

「そうだ田口。言われてたジムの件。使って良いって言われたから使って良いぞ。ただし、掃除はきちんとするようにだって。」

うち別荘の地下にはジムがあって父さんが運動不足を解消するために一応作ったは良いものの、基本的に自分と、高校生で野球をしている弟しか使っていない。

「助かるよ。泳ぐだけじゃ物足りなかった感じだからさ。」

そんなこんな話しているうちに友梨ちゃんたちが来た。

「遅れてごめんなさい。」

「いいのいいの。女の子はいろいろ準備があるでしょ。」

「稲垣くん優しい。」

少しチャラついている女の子が稲垣の腕に抱きつく。

「はいはい。そんなんことしてないで乗って。自分の運転でいくから。すぐに夕食も食べれる状態で待ってるって言われたから早く行かないと。」

稲垣たちが何かブウブウ言っているが知らんぷりをして、車のエンジンをかける。

「おいてくぞ。」

と、2人を脅すと大人しく車に乗った。全員が乗ったことを確認して自分は車を走らせた。


 「スッゲー。」

思わず口から出たような感じで稲垣が外を見る。他のみんなも何も言わなかったが呆然としていた。静かな田舎道を少し行ったところに急に大きめの門が出てくる。自分たちを迎え入れるように門は自動で開き、その中を進む。しばらく車を走らせると大きな建物が見えてきた。

「お前ん家どんだけでかいんだよ。」

「東京ドーム3つ分って言ってたかな。じいさんが田舎で土地も安かったから勢い余って買っちゃったって言ってた。」

何言ってるんだこいつみたいな目で見られても買ったのは俺じゃないし。ここまででかいのはいくらお金を持っていても自分なら買わない。というかここまで大きな建物にしたくせに宿泊できるところが3部屋しかない方がおかしい。

「ほらもう着いたから自分の道具預けて。洗濯もしてくれるから。」

みんな戸惑いながらもお手伝いさんに荷物を渡す。

「待ってたよ。予定より遅かったから、心配したじゃないか。」

「すこし道が混んでたんだよ。ご飯は?」

「もう準備できてるよ。皆さんうちの進がお世話になってます。ここで雇われている隆と申します。」

隆が深々と頭を下げる。みんな戸惑いながら挨拶をする。隆がみんなのかをを確認すると自分の耳元でささやいた。

「進の好みの子がいるじゃないか。すみにおけないね。おぼっちゃま。」

「うるさい。早くみんなのこと案内して。」

隆はいつも自分をからかうとき、自分のことをおぼっちゃまと呼ぶ。自分はこれが嫌で他のお手伝いさんも自分にはタメ口で呼び捨てにしてもらってる。

「では、皆さん。ご飯の準備ができてますんでたっぷり食べていってくださいね。遠慮はいりませんよ。」

「なんか、面白い人だな。」

「本当はしっかりしてるやつなんだけど、今日は一段とふざけてるな。」

ご機嫌な隆に案内されてなぜかリビングではなく、ベランダに案内された。


 「学生の夏の食事といえばこれ。BBQでーす。」

隆にしては気が効くなと思った。バカみたいに高いコース料理よりもこっちの方がテンションも上がる。大量の肉と野菜、氷の入ったプールにはスイカまで用意されていた。

「私が全部焼くので、皆さんはどうぞ座ってくださいな。進、準備手伝ってくれ。」

仕方なく自分も手伝いに行こうとすると、友梨ちゃんに手を握られた。すこしドキッとした。

「私も手伝う。」

「いいよ。大丈夫。みんなと話してて。」

「いいの。今は進君と話してたいから。」

途中で恥ずかしくなったのか顔を逸らしてしまった。そんな自分たちのやりとりを見ていた他のみんなはニヤニヤしていた。隆までも。

「何見てんだよ。」

「いいや。何も。」

わざとらしく口笛を吹きながら稲垣が答える。隆はいつの間にかキッチンにいた。

「ほら、お二人さん。そこでイチャイチャしてないで手伝うなら早くしてくれ。」

「はぁ。友梨ちゃん。いこっか。面倒なのが増える前に。」

観念した自分は友梨ちゃんの手を握り返してキッチンに立った。

自分たちが手伝っている横では他の2組が楽しそうに遊んでいる。自分的には友梨ちゃんと話している方が楽しいので別に気にならない。

「楽しそうだね。」

「いいんだよ。別に、手伝わなくて。」

「うんん。いいの。私はこっちの方がいいから。」

3人で準備をしたため、その分早く終わることができた。友梨ちゃんの手際は隆が褒めるくらい良かった。そのあとは、隆がほとんどやってくれたため全員で食事を楽しむことができた。


 食後はそれぞれ別行動ということになった。

稲垣たちは家の中を冒険だといって騒いだり、田口たちは地下にあるジムに向かって行った。自分は隆の片付けの手伝いを友梨ちゃんとしてから、特にやることもなかったので、友梨ちゃんを連れてうちにある書斎に向かった。夕食の時、聞いたのだが友梨ちゃんはどうやら本が好きみたいで、年間に何百冊も読むという。それならと思いつき、いろんな本がある書斎に案内した。

「本当にいろんな本があるんだね。」

「じいちゃんが本が好きで集めてたからね。自分も子供の頃はじいちゃんと一緒にここにきてよく絵本とか読んでもらってたよ。」

年配の人の書斎には珍しく様々な絵本が並んでいた。弟はあまり本には興味を示さずに外で遊ぶことが好きだったみたいで、絵本は自分に使われてこの場所での役目を終えた。部屋には他にも小説から赤本まであった。この赤本は自分が使ったもので、大学受験の時はここでよく勉強していた。

「適当に手にとって読んでいいよ。でも、かなり古い本は破れると悪いからあまり触らないで欲しいな。」

「わかった。」

じいちゃんの趣味の一つに古書を集めることがある。かなり年季が入っているものだったり、中には歴史的に価値のあるもの、有名な文豪の初版本まである。下手したら数百万のものまで。それにはさすがの自分も触ることを許されていなかった。でも、こんなところに置いておく方もどうかとは思う。

友梨ちゃんは3冊ほど持って適当な椅子に座って読み始めた。自分も数冊手に持って読んでいた。30分ほど立った時にうるさい連中が書斎を訪れた。

「何だこんなところにいたのか。2人仲良く。」

「お前らほどじゃないよ。探検はいいが、下手にいろんなもの触るなよ。バカみたいに高いやつだったりするからな。特にこの書斎のものは自分の許可なく触らないこと。」

「そんなことわかってるよ。前からよくいってたもんな。書斎の中は歴史的なものがあって自分でも触らせてもらえなかったって。さて、ここにいても本しかなくて俺たちはつまらないから退散しますか。」

稲垣は自分に近づいてきて、耳元で囁いた。

「お前本当に気付いてないのか友梨ちゃんのこと。よく見てみろ。今の彼女なら気づけるはずだぞ。」

稲垣はそれだけ行って部屋を出て行った。稲垣の言った通りに少し恥ずかしいが友梨ちゃんのことをよく見る。さっきまでかけていなかったメガネをかけて2人が来たことを意に返さずに黙々とページをめくっていた。メガネをかけていても可愛いなと見惚れていたが、よくよく見るとどこか見たことあるような不思議な感じがした。


 違和感を感じながらもその違和感の正体はわからない。仕方なく、友梨ちゃんに直接聞くしか方法はなかった。

「友梨ちゃん?」

「はっはい。」

本に集中していたのか自分が急に話しかけたことでびっくりして目をパチクリさせながら自分の方を向いた。

「ごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど。一つ聞いていい?」

「はい。」

「もしかして、俺たちってどこかで会ってるのかな?メガネをかけてないときは気づかなかったけど、メガネをかけたらどこか見たことあるような感じがして。」

自分の質問に対して怒ったのか、急に立ち上がり自分の顔をじっと見つめて迫ってきた。

「ごめん。なんか失礼なこと聞いちゃったかな?」

「稲垣くんが言ってたみたいに本当に周りのこと見えてないんですね。私は結構、進くんの近くにいましたけど?」

正直身に覚えがない。稲垣の名前が出てきたということは2人は元々知り合いだということだけがわかった。

「ごめん。まだわからない。」

「そうですか。なら大学の最初のゼミでの自己紹介を改めてしますね。友梨って言います。進くん同じゼミです。少しは思い出してくれましたか?」

急にドアが開き、4人が入ってきた。

「まさかここまで気付かないなんて思わなかった。」

「鈍感な男は本当に嫌ね。」

「バカでも流石に同じゼミの人間の顔くらいは覚えてるもんだぞ。」

「いくら性格が良くてカッコよくても覚えられない人はモテませんよ。進くん。」

入ってくるや否や4人からの集中攻撃が飛んでくる。

「そんなに一度に言わなくてもいいだろ。ていうかずっと聞いてたのかよ。」

「廊下でスタンバってるの疲れたわ。」

「まあまあ、みなさん許してくださいな。この男は基本的に興味の無いものは目に入らないんですから。こうして強制的に目の前に持ってこないと。特に人間とかはね。」

稲垣の後ろからひょこっと隆がでてきた。

「何で、隆までいるんだよ。」

「面白そうだったんでついね。」

自分はため息をついて、稲垣から事情を聞くことにした。その時も隆は終始ニヤニヤしていた。


 書斎だとこの人数が座れる場所はないのでリビングに移動した。

「さて、聞かせてもらおうか。稲垣くん。」

隠されていたことにすこしイライラしていた自分は威圧的に稲垣を問い詰めた。

「いいのか?そんな威圧的で。悪いのはおそらくお前だぞ。むしろ俺に感謝しなきゃいけないはずだ。」

稲垣の横柄な態度にイライラは増すばかり。ここでキレたら、人間として浅くなってしまうためぐっと堪えた。

「なら、何でこんなことしたのかな?聞かせて欲しい。」

「お前まだキレてるだろ。顔に出てるぞ。怖い怖い。友梨ちゃんこんなやつだけど本当にいいの?」

友梨ちゃんに問う意味がその時の自分にはわからなかった。

「いいんです。そういうところも含めて好きですから。」

友梨ちゃんの口から躊躇なく発せられる言葉に戸惑う。

「ななな。何言ってるの?友梨ちゃん。」

「もう、こんな感じでいうとは思ってませんでしたし、進くんから言って欲しかったですけど、今の私は怒ってますから、もう関係ありません。ここまで鈍感な人だとは思いませんでした。なら、こうして目の前に突き出してやろうかなって。」

さっきまでの大人しくおしとやかな感じの友梨ちゃんはどこへやら。

「友梨ちゃんがこんなに怒ってるところ見たことないよ。俺でも。」

「どういうことだよ?」

「あれ?言ってなかったけ?俺と友梨ちゃんはいとこで、小さい頃から知っているんだよ。同じ大学に入ったときに友梨ちゃんがお前に一目惚れして、たまたまお前と友達だった俺がキューピットを名乗り出たわけ。それで夏休みのついでにナンパを装って友梨ちゃんとお前を合わせていい感じにしようとしたわけさ。田口はもちろん知ってるぞ。だって、俺たちはそれぞれ恋人を連れてきたからな。そうすると自然にお前と友梨ちゃんが2人っきりになる。お前の好みは知ってたし、友梨ちゃんがドンピシャっていうのもわかってたからな。どうだ、感謝する気になったか?」

要するに全部仕掛けられていたことで、まんまと自分は稲垣たちの作戦に乗っかってしまっていたということだ。

「てか、お前たち、恋人いたのかよ。言ってくれたらよかったのに。」

「何言ってんだお前。言ったらこの作戦は使えなかったし、何よりお前興味ないだろ。友達の恋路なんて。」

ぐうの音も出ない。確かに聞いたところで興味はなかっただろう。自分の好みの女の子が近くにいても全く気付かないくそ鈍感な男には。自分の情けなさに少し落ち込む。

「で、どうなんだよ。お前。返事は?ずっと、待ってるぞ友梨ちゃん。」

友梨ちゃんは稲垣と話している間も自分のことをじっと見つめていた。改めて目を合わせるのは少し恥ずかしいものがあるが、これ以上自分のことを情けなく思いたくないので友梨ちゃんの目の前に跪き、

「ごめん。気付かなくて。こんな自分でよければお付き合いをお願いしたいです。よろしくお願いします。」

「わかりました。なら、今度は私のことをしっかり見てくださいね。私も進が嫌でも私のこと見てもらえるようにします。」

こうして自分と友梨ちゃんは付き合うことになった。


 みんなから祝福されたものの、稲垣は俺に感謝しろとうるさいし、近くで見ていた隆は告白が堅苦しいと、ダメ出しをしてきた。隆の言葉がよっぽどツボだったのか自分を除いた5人は爆笑して、何度も自分の真似をしていた。その輪の中心は意外に友梨だった。

一通り自分のことをいじるのに飽きたのか、それぞれ部屋に別れて時間を過ごすことになった。こっちに来るまでは3つしかない部屋をどうするのか迷っていたが、結果的には何も悩まなくて済む感じになった。

各部屋それぞれに分かれてからはみんな疲れていたのかすぐに静かになった。さすがに隆などがいるので下手なことはできない。隆からは声を抑えなよと茶茶を入れられたがそんなこと誰も疲れてできない感じで、みんなぐっすり眠っていた。

そんな中でも、自分はいまいち眠りにつくことはできなかった。一足先に友梨は寝てしまっていて、話し相手もいない。自分は落ち着くために書斎で1人、思い出の本を読むことにした。じいちゃんが1番大切にしていた古書。じいちゃんが学生時代に亡くなったばあちゃんとしていた交換日記だった。それを、幼い頃に自分はココアを飲みながら読んでいたら、それを溢して汚してしまった。じいちゃんは剣幕を変えて自分を叱った。そのことがトラウマで自分はココアみたいなカカオを使った商品が食べられなくなった。その時の自分は恋人なんかできたことなかったし、今日までそういう経験はなかった。今の自分なら少しでもそのときんじいちゃんの気持ちがわかるかもとその交換日記を開いた。

「滲んじゃって読めないね。」

いきなり登場した友梨にびっくりして思わず声を上げてしまった。

「部屋を出て行ったことに気付いて付いてきちゃった。びっくりさせてごめんね。」

「いいよ。こっちこそごめん。起こしちゃったかな?」

「うんん。いいの。私もなんか実感がなくて眠れてなかったから。そんなことよりこの本は何?」

「ああ。これ?これは、昔、じいちゃんがばあちゃんとしていた交換日記。」

「へぇー。おじいさん、ロマンチックな方なんだね。」

友梨の言葉に耳を傾けながらページをめくっていく。

「大切にしてたものだったらしいくて、小さい頃に自分が読んでたらココアこぼして怒られたんだ。その時は、なんでそんな怒られなきゃいけないのかわからなかったけど、今日初めて恋人ができたから今の自分ならなんかわかるかなって。」

部分部分読めるところはあるものの、内容までは理解できない。

「わかるわけないよ。まだ私と一緒になって1日もたってないじゃない。これから私と一緒の時間を過ごして少しずつわかってくるんじゃないかな?どう?おじいさんたちの真似して交換日記でもしてみる?」

じいちゃんたちとは状況も時代も違う。小さい頃の記憶の中で残っている日記の内容の中には戦争のことが書かれていた。会いたくても会えない状況、いつ死んでもおかしくない状況だからこその言葉。言葉の重みが違う。でも、

「そうだね。やってみようか。」

自分は机の中をあさり、1つのスケッチブックを出した。

「いい日記帳がなかったから、これでいいかな?」

「いいよ。白紙のほうがいろんなこと書けるしね。」

自分は書斎の椅子に座り、友梨はその隣に腰をおろした。

「じゃあ今日だけは、2人で描こうか。」

そうして自分たちは、それぞれ筆を動かし始めた。


 2人で書いた最初の日記は、それぞれ自己紹介などで終わった。これからよろしくお願いしますと、取ってつけた感じの言葉で両方が締め括り、最初は友梨の方が書くことになった。この書斎に来てからすでに2時間はたっている。いい加減眠たくなってきたのか友梨はうとうとし始めた。

「もう眠いでしょ。寝てきていいよ。自分はもう少し、ここで本読んでるから。」

「そんなこと言わないで。別に眠くないよ。」

「わかった。なら、こっちおいで。」

自分は書斎にあった2人がけのソファーに座り、膝を叩いた。

「やったことはないけど、膝使っていいから。これなら一緒に入れて、いつでも寝ることができるでしょ?もし、眠っちゃってもちゃんと運ぶからさ。」

「うん。」

友梨はすこし恥ずかしそうに自分の隣に座り、自分の膝に頭をおく。

「硬くない?」

「大丈夫。ちょうどいい。」

そんなやりとりをしながら自分は再び本に目を落とす。

「ねえ。おやすみ。」

「うん?おやすみ。」

「違う。おやすみ。」

自分は何が違うのかさっぱりわからなかった。いつまでたってもわからない自分に焦ったくなったのか、友梨は顔を急に上げて、

「こう!」

自分の顔の近くにあった本を下げて自分の口に触れた。急なことだったので頭が真っ白になった。触れていたのは数秒だったが、しっかりとその記憶は自分の頭の中に刻まれた。友梨は何も言わずに再び自分の膝に頭を乗せ、顔を合わせないようにしていた。自分は初めてだったので、もう本を読むどうこうの話じゃない。とても集中できる状態じゃなかった。でも、やられっぱなしは嫌だったので、友梨の頭をこっちに向けさせて、今度はこっちから。最初より長く、目を合わせて。


 友梨はいつの間にか自分の膝の上で寝てしまった。自分に仕返しをされた時は顔を赤くして目を合わせてくれなかったが、今は顔を自分の体の方に向けて眠っている。自分も、自分からしたことで恥じらいはなくなり、普通に本を読みはじめていた。

「やっぱりここでしたか。」

夜もかなり深くなった頃、隆が書斎を訪れた。

「彼女さんはおやすみですか?」

「そうだね。」

「可愛い顔して眠ってらっしゃいますね。本当に、お母様に似てらっしゃる。」

「そうだな。」

自分が友梨ちゃんに目を奪われたのは、おそらく、母さんに似ていたからだろう。もともと、そういったタイプの人が好きだったのだが、2年前に母さんが死んでから余計に意識するようになった。自分が家業を継ぎたくないのは母さんの影響もある。金はあった。たくさん。大きな家に住んで、いいものを食べて、何苦労なくここまできた。でも、家族揃って、食事はした記憶がない。いつも、母さんと2人っきり。母さんはいつも悲しそうだった。そんな経験、自分の家族にはして欲しくない。

「また、悩んでるんですね。まだ後1年あるじゃないですか?ゆっくり考えましょ。家を継ぐかどうかは。」

「いや、早めに決めないとって、今、感じてるんだ。家をつぐとなったら、すぐに結婚の話になる。父さんも大学卒業の時に、当時付き合っていた母さんと結婚してるから。一生の選択を、大学卒業の時に迫るのは本当に友梨にとっていいことなのかなと思ってね。こういうことを避けてきたからさ。初めて恋人ができて改めて考え込むことになったんだよ。」

「そうですね。少し酷かもしれませんね。」

「だから、早めに決断を出してどうするのか投げかけなきゃいけない。考える時間も必要なんだ。」

いつから自分たちの会話を聞いていたのかわからないがゆりがむくっと体を起こした。


 「どこから聞いてた?」

「最初から。」

「そっか。聞かれちゃったか。」

友梨が起きたのでそっと部屋から出ていこうとした隆のことを引き止めた。

「隆さんはここで私たちの会話ちゃんと聞いて、証人になってください。」

「わかりました。」

何か察した隆は大人しく扉の横に立った。

「実はね。最初からわかってたの。稲垣くんが進のことよく話してくれてたから。最初の頃は、色々と悩んだけど、私は大丈夫だから。どんな決断だったとしても受け止める覚悟はあるよ。じゃなきゃ、こんなこと稲垣くんたちにも頼まないでしょ?」

友梨から出た言葉が余計に母さんと重なる。

「色々覚悟した上で、進と恋人になることを決めたの。結婚とかはまだわからないけど。」

「いいさ。そう言ってくれるだけで自分は嬉しい。できるだけ早く決断するから、そういうことも視野に入れて考えてくれるかい?」

「はい。わかりました。待ってるね。」

いつの間にか隆はいなくなっていて、2人だけの部屋になっていた。

「じゃあ、もう寝よっか。明日も、あいつらうるさそうだし。」

「賑やかって言おうよ。ああいう雰囲気も私は嫌いじゃないけどなぁ。」

寝室に行っても結局、1時間ほどは眠れずに2人で話していた。色々と自分のことを話したからか、リラックスして話すことができた。友梨の方が先に限界になり、ソファーで横になって寝てしまった。自分はそんな友梨をベットに運びそのまま、横になり眠りについた。


 次の日。昨日よっぽど遊び疲れたのか、自分以外は11時になっても起きてこない。予定ではここに3日間いる予定なので、いくら遅く起きてこようと別に問題はない。自分が優雅にコーヒーを嗜んでいると、稲垣が起きてきた。

「どうだ?友梨ちゃんとはうまくいってるか?」

「初日なんだからうまくいくもないだろ。」

「いやあの後、2人が話してるのを見たからさ。どうせあのことだろうから、大丈夫だったのか心配になっただけだよ。」

「ああ。心配ないよ。お前のおかげでスムーズにことが進んだ。」

「なら、感謝くらい述べたらどうだ?減るもんじゃないだろ。」

「そうだな。ありがと。感謝してるよ。色々と、手間もかけさせたみたいだから。」

「なんか素直にお前から感謝を伝えられると気持ち悪いな。」

「言えっていたのは誰だよ。」

稲垣と言い合ってると友梨が起きてきた。

「おはよう。」

「おっ。嫁さんが起きてきたぞ。」

また変なからかい方をする。

「うるさい奴には朝食出さないぞ。」

「残念。もう昼だから問題ないです。」

そこから続々と人が起きてきて、さっきまで自分しかいなかったテーブルは賑やかになっていた。隆が人数分のご飯を用意してみんなで食べ始めた。自分は一足先に食べていたのでその輪の中には入らずに外からみんなの様子を見ていた。

「入らなくていいんですか?」

隆が話しかけてくる。

「いいさ。こっちのほうが好きだからな。」

「そうですか。なら、私は進と一緒にコーヒーでも嗜みますか。お変わりは入りますか?」

「ああ。頼む。」

「かしこまりました。」

隆はキッチンにコーヒーを煎れにいった。


 「隣いいですか?」

隆がコーヒーを煎れに行っているときに食事を終えた友梨が隣にきた。

「いいよ。どうぞ。」

2人で座るには少し狭いが、友梨が細いので問題なく入った。

「むこうでみんなと話してなくていいの?」

「私も一歩引いたところからみんなを見るのが好きなんです。」

「そっか。」

隆が戻ってきた。友梨が来たが見えたのかしっかり3人分のコーヒーを煎れてきた。

「友梨さん。コーヒーはいかがですか?ミルクもお砂糖も用意がありますよ。」

「じゃあ、砂糖とミルクもお願いします。」

「かしこまりました。進はブラックでよかったよね。」

「ああ。ありがとう。」

3人での静かな時間が流れる。隣では4人が騒いでいたが、その光景を見ながら3人で笑い合う。

4人の食事が終わり静かな時間は終わりを告げた。その後は、隆の勧めで近くのアクテビティ施設に連れて行ってもらったりして、夏休みを満喫した。友梨とは自然に距離が縮まり、もう何年も一緒にいたような錯覚さえ覚えるほどだった。シンプルに性格とか好みが一致していたからだと思う。昨晩のこともあり、自然にこの人ならと思い始めた。でも、友梨にも夢があるかもしれないし、自分の家の事情で振り回していいとも思わない。もし、自分がこの家の人間じゃなかったらもうすこし余裕を持って決断できたかもしれない。昨晩の友梨の言葉から、おそらく、友梨は自分の決断についてきてくれると思う。でも、それじゃいけない気がした。

その夜。自分は誰にも言わずに夜風にあたりながら悶々と考えを巡らせていた。案の定、自分のことを探していた友梨に見つかる。


 「何悩んでるの?」

何かを察したように、自分に問いかける。

「私はどんな決断も受け入れるって言ったはずだけど?」

「いいや。それじゃあ、自分自身が納得しないんだ。しっかり、時間をかけて決断したいし、自分の都合だけで友梨を振り回すのは良くない。」

「なら、どうするの?別れるの?」

自分の顔を涙目で見ながら、訴えかける。

「それはない。その選択だけはないよ。まだ短い期間だけど自分は友梨しかいないって思ってる。だからこそ、しっかり時間をかけたいんだ。友梨の夢もあるだろうし。それを自分の都合で奪ってしまうのが許せないんだ。」

自分は友梨の手を引き、強く抱きしめる。

「もう少し待ってて。絶対に決断して見せるから。」

「うん。待ってる。でも、私以外を選んだら許さないから。」

「問題ないよ。もともと、他の人なんか自分の視界になんか入らないから。わかるでしょ。」

自分の胸の中で頭が上下する。

夕食を食べて、みんなが寝静まった頃。自分はいつも通りに書斎にいる。昨日と違って寝れないんじゃない。正直疲れてるから、眠りたい。でも、何か行動してないといけない気がした。大量の本に囲まれているこの状況は明日まで。何かヒントが欲しいと本の世界に助けを求める。

そこでもなぜか自分はじいちゃんの交換日記を手に持っていた。多分ここに何かあると、思っていたのだろう。

じいちゃんはばあちゃんが死んでからも、ずっと結婚はしなかった。自分には心に決めた人がいるからと。もちろん自分はあったことないし、父さんも幼すぎて記憶にない。どんな人だったかはじいちゃんの話の中でしかわからなかった。自分は日記をゆっくりとめくりながらじいちゃんの話を思い出していた。

もともとうちは、ばあちゃん側の会社で、ばあちゃんは社長令嬢だったらしく、じいちゃんとは住む世界が違う人だったらしい。学生時代に出会って恋に落ち、周囲の反対を押しのけて結婚。父さんを産んでからすぐにばあちゃんが亡くなった。ひいじいちゃんからはかなり責められたらしい。幼かった父さんを奪われても、必死に毎日謝罪をしに行っていた。どんな暴言も暴力にも耐えて、じいちゃんに根負けしたひいじいちゃんは、じいちゃんを受け入れて、それからは自分の後をつがせるために、あまり学のなかったじいちゃんを1から教育したらしい。

うちのルールはもともとばあちゃん側の家柄のもので、古くからの言い伝えみたいなのを守っている感じだった。一度その言い伝えを破ってしまったじいちゃんがそれを守ろうとするのは少しわかる。なら、自分の気持ちもわかってくれるだろうか。自分はここで一つ決断した。


 別荘で過ごす最後の日。自分はみんなと離れたところに友梨を呼び出した。

「どうしたの?」

「決めたんだ。聞いてくれるかな?」

自分の真剣な面持ちに友梨の顔に緊張感が走る。

「わかった。聞く。」

自分たちがいきなりいなくなったことを不審に思った隆が家の影に隠れているのが見えたがいずれ知る話なので問題ない。

「俺は友梨を家族に紹介しようと思う。そこで、時間がもらえなければ、自分は家を出る。時がきたら、友梨の家に婿入りして一家とは一切縁をきるよ。」

自分が出した答えに少し困惑している感じだった。ふられるとでも思っていたのだろうか。前日にも言ったがその選択肢だけはない。

「本当にいいの?」

「ああ。お金よりも大事なものがあるって俺は知ってる。父さんがいなくて俺と母さんは寂しかった。そんな気持ちに好きな人をさせてしまうならそれは俺にとっては間違った選択だから。まだ、家を出るって決まったわけじゃないし、受け入れてもらえるのならこれからも父さんたちと一緒にいたいからね。そこで盗み聞きしている隆ともまだ、友人でいたいしね。」

「バレてました?」

「わざと少しだけ姿をいせてたくせによく言うよ。俺の決断はこうだから、今度父さんとじいちゃんにアポイントお願いしていいかな?」

「その心配はないと思いますよ。ですよね。旦那様。」

隆の後ろから父さんが出てきた。

「そうだな。始めまして友梨ちゃん。進の父です。」

急な父親の登場に少し戸惑っていたが友梨は一応お辞儀をした。

「なんでいるんだよ?」

「いい友達を持ったな。」

父さんのさらに後ろから稲垣が姿を現す。

「隆さんにお願いして、お父様に連絡を入れてもらってた。進の家の事情も知ってたし、友梨がいざとなったら身を引こうとしてたのもわかってたからね。だろ、友梨?」

自分の隣にいる友梨はうなずいている。


 そうだとは思っていた。自分が家を出ることを友梨はよく思ってないって。自分と同じように友梨も自分のこと思って身を引くことも考えていたらしい。

「進は自分1人で抱え込んで私には何も相談してくれなかったから。私だって進が私のせいで家を出ることは望んでない。」

「そっか。そうだよね。ごめん。何も言えなくて。」

「いいの。私も相談してなかったから。お互いさま。」

自分たちのやりとりを静かに3人は聞いていた。

「終わったかい?進に本題を伝えたいんだけど。」

自分と友梨は父さんの方を見てうなずく。

「なら、本題に入ろう。進が何に悩んでいたのかは稲垣くんからあらかた聞いてたからわかるよ。結論から言うと、別にそんなに急いで決断する必要なはないよ。俺も父さんも、お前が傷つくのはもう見たくない。母さんが死んでから自分なりに考えてきた。お前のことを考えるとどの選択が正しいのか。確かに古い風習もときには必要になる。でも、それが今の時代にあってなかったら変えて行かなきゃいけない。父さんたちはたまたま、早く決断できたから自然に風習に則ったみたいな感じ位になったけど、父さんと母さんはもともと幼なみだったからお互いを知ってたからこの決断ができた。昨日今日で付き合った2人とは違う。いいさ。いくら時間をかけても。お前の爺さんだって、そんなこと気にしてたのかって驚いてたぞ。」

隆が後ろでうなずいている。

「お前知ってただろ?父さんとじいちゃんが気にしてないってこと。」

「なんのことでしょうか?まあでも、お二人がどんな子を進が連れてくるか楽しみにしてたのはよく知ってますよ。まあでも家族は似ると言うか、DNAは嘘をつかないと言うか、3人とも同じような人を好きになるとは少し驚きましたけどね。」

隆と稲垣が顔を合わせて笑いあっている。

「そう言うことだから、気にしないでしっかり関係を作っていけ。幸せにしてやれよ。」

「言われなくても。」

この5年後、たくさんの人に祝われながら2人の挙式は行われた。自分はまだ1社員だがいずれは父さんの後を継ぐ。友梨も夢だった幼稚園の先生になった。ちなみにこの幼稚園はうちで経営しているもので社員の子供がほとんど。挙式にはいっぱい子供が来ていて、賑やかなものになった。

挙式から1ヶ月後に、じいちゃんが末期の癌でなくなった。挙式をあげたのはじいちゃんのためでもあった。じいちゃんとばあちゃんが大切にしていた日記は常に自分のそばにある。自分たちの交換日記はもうすでに6冊を越えた。それはじいちゃんと自分が大好きだった書斎の中に大切に保管されている。



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夏のすき間 有馬悠人 @arimayuuta

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