カフェは森の奥に…。

宇佐美真里

カフェは森の奥に…。

「だから、本当に素敵なカフェなんだって…」

彼は言い訳する様に、何度目かの説明をした。

「だって、森の中歩いて随分経ってるよ?道…間違えたんじゃない?」

「いや、合ってるって!何度も来てるんだから…」

「こんな森の奥にカフェがあるとは思えないんだけどなぁ」

ぶつぶつと言いながらも私は彼について行く。

「もう、すぐ其処だよ…。五分も掛からないはず…」

そう言っている傍から、前方に小さな小屋が森の中に姿を現した。

「ほら、あそこだ!」


歩みを幾分早くさせて、ようやく小さなカフェの前に辿り着く。

とても小さなカフェだ。山小屋の様な雰囲気。窓には蔦が絡まり、屋根の向こう側に少しだけ頭を出している煙突からは煙が立っている。

風が吹く。森の木々が一斉に音を揺らす…。その音と共に、煙突からの煙が私の脇を抜けて行く。鼻に香るチーズとパンの匂い…。


彼が扉を開ける。ギギッ…と云う小さな音と共に、カランカラン…と扉についたベルが鳴り、店内に響いた。


「いらっしゃいませ」

声はするが姿は見えない。少し間をおいて、エプロンをした男性が手を拭きながら、カウンターの奥に姿を現した。彼がマスターなのだろう。優しそうな人だった。

店内は…と云うと、奥の壁に壁掛け時計が振り子を揺らし、カウンターの隅には一輪挿しに薔薇の花が一本挿してある。カウンターの後ろの壁は書架となっていて、絵本が幾つか表紙を此方に向けている。


「こんにちは。また来ちゃいました。居心地好いから、ついつい…」

「ははは。そう言って貰えるのが一番嬉しいですね」

かなり馴染みな様子で彼はマスターと話を始めた。

「あれ?いつものあのコは?」

「彼女は今日はお休みですよ…」


「カノジョ?」

そう言うと私は少しきつい目をして彼を見る。

「手伝ってくれている女の子です。しっかり者で此方も大助かりなんです」

マスターは宥めるようにして言うと、メニューを差し出した。

何だか少し面白くなく感じながら私は「ふぅ~ん…」とだけ口を尖らせながら言うと、軽くマスターに会釈してメニューを受け取った。


彼はメニューには目を遣らず、お道化ながら言った。

「いつもの…と言って伝わります?」

マスターは笑顔を見せて答えた。

「もちろん分かりますよ。いつもありがとうございます。よっぽど気に入ってくれたんですね?」

「ひとつ気に入るとそればかりなんです…いつも」

肩を竦めながら彼は笑った。

「冒険できないんだよね…」と私はメニューから顔を上げずに言った。きっと悪い顔になっていたと思う…。


「私も同じでお願いします」

私は言った。

「うん、それがいいと思う。間違いないからね…"アレ"は」

そう言う彼の顔が何だか遠い。私の知らない楽しみを知っていた彼。

「此処はチーズケーキも美味しいんだよ」

「じゃあ、チーズケーキもお願いします」と私は言った。

「分かりました。少々お待ちください」

マスターはメニューを私から受け取るとカウンターの奥へと消えて行った。




しばらくすると、"温かい"匂いを私は感じた。クンクン…と鼻を鳴らす。

「本当に美味しいんだよ」

こんなに嬉しそうな顔をするんだ…と彼の顔を見て私は思った。


カウンターの奥からマスターが姿を現すと、お盆の上にオーダーした料理を乗せて遣って来る。

「お待たせしました」

ひとつずつ手に取ると私、彼の前へと順番に料理を置いた。

「オムライス…」



目の前に置かれた料理に私は呟いた。

湯気を立てるオムレツの上にはケチャップではなく、ホワイトソースが掛かっている。ホワイトソースにはミックスベジタブルが散りばめられていた。


「ホワイトソースは天の川をイメージしているんだとか。夜の森で見る天の川は、星が沢山見えて素晴らしいんだって。散りばめられたミックスベジタブルは星のイメージらしいよ…」

まるで自分が作ったかのように得意げに彼は言う。

「だからミルキーウェイって云うンだよ…此れ。ファンシーだよね」

ケチャップの代わりにホワイトソースを使ったオムライス。よくあるとは言い難いけれど、けっして見掛けないワケではない。

彼が其れ程に気に入る理由が何かあるのだろう…。私は天の川の真ん中にスプーンを立てて中を割った。


スプーンで左右に広げられた谷間をホワイトソースが流れて行く。星空と謂うよりは雪山で雪崩を見る様だ。一瞬でその渓谷は白く中を閉ざしてしまった。流れ込むソースを掻き分けて、山の内部に探索のスプーンを進めた。


「あ…」


ホワイトソースが掛けられていたので、中身はケチャップライスではないだろう…バターライスかな?…とは思っていた。だが、スプーンのひと掬いで姿を見せたのは、私の好きなパスタだった。キノコとベーコンがスプーンの上で此方を見ていた。其のまま口に含む。バターによるコクとキノコによる薫りが喉の奥から鼻へと抜けて行く…。ベーコンも塩辛過ぎるコトもなく加減は絶妙だった。


「どう?」

まるで自分で作ったかのように得意気な表情で訊ねる彼。

「美味しい…」

ホワイトソースもしつこ過ぎるコトはなく、優しかった。

「優しい味でしょ?」

「うん…」

何処かずっと尖っていた気持ちまでも包み込んでしまうかの様な、優しい味が口の中に広がっていく。

「パスタ好きな君に食べさせたくて…」と彼。


「私に教えてくれる迄に、何度此れを独りで食べたの?」

小さく舌を出し彼は答えた。

「何度も…」

先程迄の私だったなら、また此処で面白くなく思ったことだろう…。

私は目の前で雪崩れた白いソースの"オム"パスタをひと匙掬うと、口に入れた。

再び優しい気持ちに私は包まれる。

「もう…。早く教えてくれたら好かったのに…」

「ごめん…」彼は頭をポリポリ…と掻いて笑った。



「ごちそうさまでした!パスタ…とっても美味しかったです。あ…もちろんチーズケーキも。またお邪魔しますね!今度は独りで来てみようかな?!」

「どうして独りで来るなんて言うんだよ?また二人で来ればいいじゃないか?」

フフフと私は笑った。


彼との他愛無い遣り取りが終わるのを待って、マスターは言った。

「こんな森の奥なので、気軽に…とはなかなか言いにくいけれど、いつでもお待ちしていますよ。またどうぞ、いらっしゃってください」


微笑むマスターの表情は、ひだまりの様に温かかった…。



***



■ 森の夜空のミルキーウェイ ■ -キノコとベーコンのオムパスタ-


ホワイトソース(ベシャメルソース)って"玉"になり易いので、気持ち敬遠しがちだったりするンですが、ネットで簡単なレシピを見つけました。


1.耐熱ボウルに小麦粉とバターを入れレンジでチン(30秒/ラップなし)。

2.レンジから一度取り出してよく混ぜながら、牛乳を少しずつ足し全体的に馴染ませる。馴染ませながらコンソメスープの素を足す。

3.よく掻き混ぜたら再度レンジでチン(30秒/ラップなし)。

4.一度取り出し、再度よく掻き混ぜレンジに再投入(30秒/ラップなし)。

5.レンチン終了後、再度よく掻き混ぜて出来上がり。


※ネットのレシピではそれぞれレンジ加熱の時間が30秒/1分/1分となっていましたが、初めて試したトキ…加熱し過ぎて滑らかさを失ってしまいました…。短めに何度かチンして、更に短時間加熱…を繰り返しながら様子を見た方が失敗しないかと…。


1- パスタを鍋で塩をひと摘まみ加えて茹でる。同時に冷凍のミックスベジタブルを解凍しておく。茹でる際にパスタは後で食べ易い様に折って短くしておきます。

2- キノコ、ベーコンを適当な大きさに切っておく。オムライスとは違いパスタなので、具材の大きさはオムライスのトキに比べて小さめにカットする方が宜しいかと。大きいとパスタを口に入れたトキにゴロゴロ感がパスタの邪魔になる気がします。

3- フライパンにバターを落とし、溶けたらキノコとベーコンを炒める。

4- パスタが茹で上がったら、炒めたキノコ・ベーコンのフライパンに投入し継続して炒める。

5- 別のフライパンでオムレツの準備。バターを溶かし、溶き卵を落としオムレツを。バターはケチらずたっぷり使います。

6- 炒めたパスタ・キノコ・ベーコンを、オムレツの上に置き包む。

7- 包んだモノを丁寧に皿へ…。オムレツが崩れないように注意。

8- レンジでチンしたホワイトソースをオムレツの上に。更にその上からミックスベジタブルを見映え好く晒して出来上がり。

9- オムパスタの脇にレタス・カットトマトなど添えると尚、見映えもサマになるでしょう。


※ストーリーの都合上、スプーンを使用して食べておりますが、フォークでないと食べづらいです…実際のトコロ。



-了-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェは森の奥に…。 宇佐美真里 @ottoleaf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ