3. 歓談

『なに今更...イリスに言われて探しに来たってワケ?』



独り言を聞かれた恥ずかしさもあってか、意図せず悪態をついてしまう。私の悪い癖だ、自分の気持ちに素直になれない。


『違うよ。僕の意思でリズを探さなくちゃと思ったんだ』


歩く速度を落とし、一歩一歩を噛み締めるように歩いていく。***は何も言わずに私の隣をゆっくり歩いていた。


『さっきの答えの続きだけどね、リズは一番な仲間で、ベンは一番な仲間だと思ってるよ』


手に力が入る。

彼の大切な仲間たちの中に、一人だけ言及されていない人物がいるから。



『...イリスは...?』


『っえ?』


『イリスはアンタの何なの?』


卑しいかもしれないけど気になって仕方がない。大切という言葉は、愛という言葉から最も遠いものだ。


私の事を大切な存在だと思ってくれることは嬉しいけど、私はそれ以上の存在になりたい。唯一無二の相棒のように...側にいて彼の考えを理解できる存在でいたい。



『イリスは...一番頼れる存在だよ。彼女以上に今の僕を理解してる存在はいないからね』



...分かっていたのに悔しさがこみ上げる。


『だから最近はイリスとよろしくやってたワケね、二人でいつもコソコソと』


『リズ?』


『アンタは大切な仲間だって言うけど...私はアンタのことを何も知らない...。大切な仲間なのに』


私の気持ちはたったの一言で表すことが出来る。「私もあなたのことが知りたい」、たったそれだけ。


だけど、それを飾り付ける言葉が多くなって結局言いたいことは伝わらない。その度に一喜一憂して、素直になれない自分がキライになって...面倒くさいな私は。



『仲間なんだったら教えてよ』

『勝手に私を隷属させて、大好きだったイリスを嫌いにさせて、私にこんな感情抱かせて...それなのにまだ私をめちゃくちゃにする気?』


静かに声を震わせる。

ここで大声なんて出したら目立ってしまう、今までのことが無駄になる。感情のままに行動してるわけじゃない、私だってアンタのために考えることが出来る。



『仲間なんだったら私たちにも罪を一緒に背負わせて。アンタが辛いと思ってること...私にも背負わせて』


素直な気持ちも言えない私だったけど、今回は勇気を振り絞ってそう言いだす。そんな私の姿を見て、***は呆気にとられたような表情をしていた。



『リズ、僕の名前を言ってみて』


突然何を言い出すのかと思ったら...この期に及んでまだ話を逸らし続けるの?


『***、***・****でしょ? 今更何言って...』



『違う』


『僕は確か******だったはずだ。名字が二文字で名前が四文字、リズの呼ぶ名前は文字数が違う。今まで君は別の人間の名前を口にしてたんだよ』



開いた口が塞がらなくなる。

第一、なぜ「確か」とか「名字や名前の文字数」という言葉が出てくるのか分からない。自分の名前なのに。


『...じゃあ、なんで訂正しなかったの?』



『訂正するだけ無駄だと思ったから』

『呼んでいる名前が違うと分かっても、それを正しく訂正することが出来ない。頭に靄がかかって思い出せないんだ。辛うじて思い出せたのは名字が二文字で名前が四文字ってことだけ、それ以外は全部忘れた』


日が落ち見慣れない街並みを街灯が仄かに照らす。唖然として立ち尽くす私を、通行人が次々避けていくのが見えた。


『この世界の人たちは僕の名前を正しく認識できない、出来たとしても言葉として発することは許されない、言葉にした瞬間理解できない文字列に置き換わるんだ』


『なんでそこまで...』


『さあね、神様の意図なんて僕にはわからないよ。ただ分かるのは、僕たちは神様から生み出された存在だってことと、僕と同じような存在がもう一人いるってことだけだ』


情報が濁流のように流れ込んできて整理ができない。特定の人間だけに作用する力なんて聞いたことないし、それが誤った認識を植え付けるならなおさらだ。


『少し場所を変えよう、歩きながらじゃ整理もつかないだろうしね』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



周りを見渡すと、三つの異なる景色が目に入ってくる。

極東の国『倭国』の艶やかな街並み、南国の聖地『メリッサ』の質素ながらも美しい街並み、商業玄関として名高い『エルクレイア』の厳かな街並み、その全てがとても美しくて、考えるのを止めて見惚れてしまう。


国の中心にあるこの時計塔は、国の中立性を守るために無人になってるらしい。当然厳重な警備がなされているわけだけど、彼にそんなの効くはずない。気が付くと目の前には息を呑むほどの夜景が広がっていた。



『どう? しばらく経ったけど整理ついた?』


『...まだあんまり。私たちが神ってのに作られたってことがどうしても信じられなくて...』


『仕方ないよ、生まれてきたんだから』


アイツはどこか達観してるような面持ちで夜景を見つめる。


『絵本に出る登場人物がさ、「僕は絵本に出てくる登場人物だ」なんて考えると思う? 普通はそんなこと考えないよ、この目で見るものが真実なんだから』




いつの日かのことを思い出す。

アイツがベンのことを「自分に似ている」と言った時の事、今ならその意味が分かる気がする。


あの神父がいた村と同じことが起きてるんだ。私たちは神っていう存在に生み出されて、自分の存在を疑うこともなく今まで生きてきた。扱いやすいように飾り付けられて...。



もし、もし仮に私の全てを神が創り出したって言うなら...




アイツに抱いてるこの恋心も、はじめから決められてたモノだったの?



だとしたら

私はどんな気持ちでこれを受け止めればいいんだろ。







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メアリー・スーの殺し方 一水素 @Monohydrogen

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