2. 貫通

国中に轟音が鳴り響き、曼荼羅によって発生した黒煙は開戦の狼煙となる。私たちはその光景を時計塔の頂上から見下ろしていた。



『確認だけど、本当にその時計塔は無人で大丈夫だよね?』


『ここに来るまで誰とも会ってないから無人のはず』


『そっか。ありがと、リズ』



『疎通』の効力が途切れ、私は再び眼下で起こる惨劇へと意識を向けた。


「セルピエンテに曼荼羅、それに白狐...禁忌種三体揃い踏みじゃねぇか。アイツも相当本気みたいだな」


何も知らない人たちの悲鳴が聞こえ、思わず耳を塞ぎたい気持ちに駆られる。煙の合間からは、涙を目に溜めながら死んでいる人が多く目に映った。


、潰れるぞ」


「...うん」


私の様子を見ていたベンがそう忠告する。



『人を殺した時点で、私たちは人間と同じ立場に居られない。生きる世界が変わるんだ』


『よくある牢獄や更生施設なんて人間の善性を信じてのものだ、極論を言うなら罪人は殺してしまった方が皆の為だと思う。真の意味での更生は不可能だから』



『いくら反省して改心したとしても、人を殺したことに変わりはないからね。刑期を終えたとしてもそういう目で見られ、同様に憎しみも向けられる。嫌なもんさ』


何日か前、気負いしていた私にイリスがそう語ったのを思い出す。


『今から私がすごい対処法教えたげる』



『ズバリ! ! そうすれば辛くない、魔法の言葉でしょ?』


イリスは大体長い前口上を言ってから本題に入る癖がある。最近気づいたイリスの癖、今もその癖が愛おしいと感じてしまう。


『悪名高い人達って総じてこう言うんだよね、って。でも実際そう思ってみると案外気が楽になる、つまりはそういうことさ』



いくら狂人と呼ばれる人間でも、正面から罪悪感を背負い込んだらダメになる。冷酷な判断ができる人間というのは、人間のこと。


イリスは私たちにそういった人間になれと言っている、アイツのようになれと。



「...よし」

「行くよ、勝ちに」


私の顔を見たベンは清々しい程の笑みを浮かべる。



「お前、いい顔するようになったじゃん」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『もうじき僕のところにも執行局が来る、できる支援はここまでだ』


『あとは頼んだよ』


そう言い終わると同時に目の前の景色が大きく変わる。そこは先程までいた時計塔の頂上ではなく、荒々しく破壊された家屋が目につく住宅街だった。




そして気づく。



目の前に...矢尻...?

あと瞬きを一回すれば当たるだろう距離に矢尻がある。死を確信させるのには十分過ぎる速度で向かってくる。


「っえ?」


状況を理解できないまま立っていると、ベンに手を掴まれ強引に引き寄せられる。反動で髪が少し揺れ、向かってきた矢は髪を『貫通』していった。



「あ、ありがと」


「礼は言うな、一回死なせちまった」


ベンは拳を強く握る。

そして私は辺りを見渡し、さきほど矢を放った敵を探し始めた。



私たちを仕留め損ねたと分かった瞬間、即座に場所を移動してる。短絡的だけど狩りの仕方は染み付いてるみたい、厄介な相手だ。


「13時方向、三階建ての家屋の二階」


「あいよ」


ベンは手に持っていた丸い球体へと火をつけ、指示した場所へと投げる。球体は家屋の外壁へとぶつかり、そして爆発した。




私とこの兄弟は力の相性がとてもいい。



この兄弟の戦い方はこう。

弟の『透視』によって敵の位置が常に分かり、兄の『貫通』によって遮蔽物関係なく敵を射抜くことが出来る、というやり方。


でも裏を返せば、私だけは彼らの照準がどこを向いているか分かるということ。



だからアイツは対抗馬に私たちを選んだ。


「見えた、大当たりだ」


家屋の外壁が爆発によって崩れ、土煙の合間からは特徴的な赤髪と青髪が見える。と同時に煙から一本の矢が飛び出し、私たち目掛けて勢いよく向かってきた。


「っと」


少ない動作で向かってくる矢を避け、もう一度家屋の方を見据える。



「さ、これで来るかどうか...」


さっきベンが投げた爆弾が攻撃の合図、本当にが私たちの言う事を聞く存在だったらもしくは...。


「...きた」

「お出ましだ」





家屋の屋根を跳ねるように飛び、その存在はやってくる。


無慈悲な武力を携えて、無邪気な笑みを浮かべながらやってくる。


合図というよりもに反応した『覇王』が、音の出処を見つけ好奇の眼差しを向ける。ソレは煙の向こうにいる二人を発見し、飛び付くように襲いかかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『覇王』は必ず二体で生まれる。


『彼の報告だと、完璧な使役は出来ないが敵味方の識別は出来るらしい。だから君たちに害を与えることは無いはずだ』



曼荼羅による先制攻撃の後に生まれた二体は、住民や執行局の生き残りを虐殺しながら散り散りに移動していた。


一体は執行局最大のの方へ、そしてもう一体は私たちの方へ向かっていた。


『弾け』


『覇王』が二人の元へ向かったのを確認し、手元にある球体を上へ弾く。イリスが信号弾と呼んでいたそれは、一定の高度に達した瞬間眩い光を発した。



依然として家屋内部の状況は分からない。

『覇王』との戦闘によって至る所で煙が上がる。土煙の向こうからは愉悦に浸るような呻き声と物が壊れるような音がしていた。




「...ちっ。うぜーなコイツ」


その声がした後、煙の中から一本の醜悪な腕が飛んでくる。それに呼応するように『覇王』もまた煙の中から姿を現した。


「兄様、使う?」


「まだ使わなくていいよアベル。こんな雑魚にソレは勿体ない」




煙が流れ去り、二人の姿が露わになる。


「おいおい、執行局はこんな売女どもにやられる程マヌケだったか?」


は...?

『悪魔。リンゴ三個と引替えに、下品な言葉を聞こえないようにして』


「お前みたいなガキは嫌いだよ。シーツを▲▲▲で▲▲▲してる様なやつが俺たちを殺せると思ってる」


「性別なんて関係ないとかほざいて殺し合いにまで出張ってきやがるのも嫌いだ。■■■で■■■■■してるのがお似合いなのにな」



あまりの下劣さで声が出ない。


「挑発にのるなよ。あまりの口の悪さに俺もビビっ...」


「黙って、ベン」




「アイツら、ぶっ潰す...」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る