ペペの目覚め

ひどい悪夢を見ていた気がする。熱風でじっくり焼かれたような、重い何かにのしかかられたような、やるせない気持ちを何度も味わったような、とにかく救いの無い夢を。


ぼんやりと夢の情景を思い出したすぐ後に、男は自分に起きた異常に気づいた。長く帰っていないハズである実家の、自分の部屋に寝かされている。部屋に飾られた抽象画、漫画から小説まで読み尽くした本の数々、学生時代から使い続けている蓄音機。布団は新調されているが、それでもこの場所がここ4~5年程見ることの無かった自分の部屋であることに変わりは無い。

何がどうしてこんな所にいるのか。男は寝起きの頭を働かせて、最後の記憶を呼び起こした。1番ハッキリしているのは長く滞在していた○○国の難民キャンプを出た時。付近の市街で大規模な戦闘が始まったと増援要請が来たので、部下を引き連れてキャンプを出ていったのだ。

しかしそこからの記憶が殆ど無い。辛うじて瓦礫の間を彷徨していた記憶があるくらいだ。目の前には常に小さな女の子がいて、自分はひどく子供っぽい振る舞いをしながらその子を追いかけていて…。

男はふと、自分の隣に人の気配を感じ目を向けた。そこにはスゥスゥと品の良い寝息を立てる20歳前後の女性の寝顔。年齢や体格こそ違うが記憶の中の女の子と同一人物であることは顔つきから察せられた。

関係性を殆ど覚えていないながらも、無性に愛しさが湧き上がってくるこの女性の名前を男は知っていた。


「…ポヤ。…ポヤ。…ポヤァ」


噛み締めるように名前を呼びながら、女性─ポヤのそばに寝転び、両手で頭をくしゃくしゃと撫で回す。ポヤは 重そうな目蓋をゆっくり開くと、半ば鬱陶しげに「何だよ」と返した。


「ポヤ、ポヤ。愛してるよ。ポヤァ」


「えー何?どこで覚えたの、そんな言葉。気持ち悪い」


毒づきながらもポヤは照れ臭そうに笑い、男の首元に顔を埋めた。男は「気持ち悪いって何だよ」と口を尖らせつつ、ポヤの華奢な身体を包むように抱きしめた。


ポヤはまだ男─ぺぺの目覚めに気づいていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポヤとペペ むーこ @KuromutaHatsuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ