第99話 ご覧下さい

私は駅のホームに立っていた。私の背後や横には仕事帰りのOLや学生などが3〜4人立っており、目の前の線路は電車がひっきりなしに通過していく為に向こう側が見えない。

この線路を越えて向こう側へ行かねばならないのに。着実に焦燥感が募るのを感じながら電車が切れるのを待っていると左方向、30m程先からベージュのトレンチコートに身を包んだ女が長い黒髪を振り乱し、ヒールパンプスを履いた脚をフラフラと動かしながら歩いてきた。その顔には能面のような笑み。

あの人、何か変。辺りから女を不審がる声が囁かれる。それが聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、女は我々に向かって声を上げた。


「ごらんくださぁぁぁい」


その声はうがいをしている時のような、ゴボゴボという音と共に我々のもとへと響いた。周囲の人々は皆固まっており、私も動揺で身体が動かず女の動向を見守るのみ。


「8番出口をぉぉぉ、ごらんくださぁぁぁい。そこにいますぅぅぅ」


女の言葉に従い、私の背後にあった8番出口へと顔を向けた。我々方向から見て上り階段になっているその出口の先、射し込んでくる陽光で白く染められた外部から人が覗いている。スキンヘッドの初老の男で、女と同じような笑顔を向けて我々を見ている。

すると間もなく男がこちらに向けて歩み寄ってきた。ゆっくりと1段ずつ降りてくるその男の様子を見ながら、ふと嫌な予感に襲われた私は弾かれるようにその場から駆け出した。目指すは8番出口よりも20m程先にある7番出口。

私は一目散に走った。背後から足音が複数聞こえたが、それが誰のものなのかは確かめられなかった。男のものなのか、トレンチコートの女のものなのか、はたまた他の人達のものなのか。とにかく追いつかれなければ良いと思って走り続けた。

そうして7番出口に辿り着いた。7番出口も8番出口と同じく、長い上り階段があった。私は階段を駆け上がり、倒れ込むように外へと飛び出した。

幸いと言っていいのか外には誰もおらず、閑静な住宅街が広がっていた。それでも油断はできまいと私はスマホから地図アプリを呼び出し、今いる場所の地図を検索して人が沢山いそうな通りを探す。

そこへタッタッタッと迫りくる足音。一緒に並んでいた人々だった。彼等は1歩外に出るなり背後を振り返り、誰もいないことを確認すると安心したように力の無い笑みを浮かべそれぞれ別々の方向へと進んでいった。

私は相変わらずビクビクとしながら地図アプリを頼りに住宅街を進んでいたが、やがて誰も追ってこないことを悟るとホッと胸を撫で下ろし、同居人にお土産でも買って帰ろうかなと心躍らせながら住宅街を進むのだった。




以上は私が見た夢である。最近特に怪奇にも見舞われず平穏な日常を過ごしているので、たまには夢の内容をそのまま書くのも良いかと思った。

夢から覚めた後、スマホを起動したらどこぞの駅で起きた人身事故のニュースが目に飛び込んできたのはただの偶然ということにしておきたい。

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